第二十二話 テローペの巫女
アレンはボルグと少し話をした後、真っすぐ街の宿屋に戻った。
みんなそこに居ると思っていたのだが、部屋にはリサが一人ですやすやと眠っているだけだった。
「今日は色々とあったから、疲れているんだな・・・」
アレンはリサを起こさないようにそっと部屋から出ると、街をブラブラと見て回った。
悪魔の沼での戦いで体力を酷使したので、久々の骨休めと言ったところか・・・。
ただドワーフの兵士たちだけは、遠征の準備のため忙しそうに街の中をバタバタと走り回っている。
そんな中、ネイルは酒場でのんびりと酒を飲んでいた。
「おお、アレン!おめえも一杯やらねえか?
むさ苦しいドワーフのおっさんばかりでつまらねえけどよ、ビールの味は一級品だぜ!!」
そう言いながら、悪魔の沼で手に入れたエルフのムチを、店の客相手に見せびらかして自慢していた。
何だかんだ言いながらも、おっさん相手に盛り上がっているようだ。
街の外に出ると、遠征に使う荷車が何百台も並び、それに復旧作業のための道具や食料を大量に積み込んでいた。
大軍勢が出発するため、三日の猶予は兵士たちにとってはあまりに短すぎるのだ。
大慌てで仕事をしている兵士の邪魔をしないように、道の端を歩きながら地底湖のある庭園へ向かった。
ここなら兵士たちも来ないので、ゆっくり出来ると思ったのだ。
地底湖の庭園には、思った通り誰も居なかった。
美しい光を放つ幻想的な地底湖の庭園を、のんびりと散策しながら奥へと進んでいくと、滝から流れる落ちる飛沫を眺めているエレナの姿があった。
「エレナ、こんなところで何をしているの?」
「あ、アレン!ちょっと考え事をしていたの・・・。
あ、そうだ!おでこの擦り傷見せて!お薬、塗ってあげる」
「あ、これならもう大丈夫だよ」
「ダメよ!化膿したらどうするの?一生傷が残っちゃうよ!!」
エレナは薬草をすり潰して調合した軟膏を袋から取り出した。
「でも、その薬・・・。傷にメチャクチャしみるんだよな・・・・」
アレンは思わず体に力を入れて身構えた。
「動いちゃだめよ、じっとしていてね!」
「いてて・・・・」
「あ、すごい!たんこぶも出来ている!!
も~~っ!あの人、乱暴なんだから!!アレンの事バシバシ叩くし!!」
エレナは髪の毛で隠れていたアレンのおでこの傷を見て、腹を立てていた。
「ボルグのおじさん、力が強すぎるんだよ。
別に悪気があってやっているんじゃないんだ」
「それは分かっているけど・・・・」
「それに、あの人たちが仲間に加わったら、きっと王の道を通れるようになるよ!」
「そうね・・・」
「俺たちと、どちらが早くテローペに行けるか、競争だよね。
いてて・・・」
「ちょ、ちょっと、じっとしていてよ!
もうすぐで終わるから・・・・」
エレナがおでこに薬を塗ってくれている最中、片目を明けたアレンはふと気づいた。
「あれ?エレナの手首、変わった形の小さなアザがあるね・・・」
「え? ほんとだ・・・・・」
意識しないと気づかないような小さなアザが、ブレスレットの隙間から見えた。
だが、それを見た瞬間!エレナの瞳が怪しく輝いた・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「ど、どうかしたのかい、エレナ?」
アレンはエレナの異変に気付き、慌てて声を掛けた。
だが、エレナにはアレンの声は聞こえていないようだ。
「ア・・・・・ザ・・・・・。
月と・・・・・・墓標のマーク・・・・・・」
エレナの失われていた記憶。
昔の記憶がよみがえる・・・・。
テーロペのエレナの家。
赤く燃える暖炉。
大理石で出来た大きな立派なテーブル。
そのテーブルを挟んでエレナの母が・・・・。
母の前には年老いた立派な身なりの司祭がいた。
「それでは、この事をエレナ様に伝えておいてくだされ」
「はい・・・」
「なあに、心配する事はない。
まだ、まだ、その時は訪れんじゃろうて・・・。
それに、これはワシら一族の宿命じゃからのう・・・」
「娘を持つ親には、むごい宿命です」
「一族の王位継承者に選ばれた娘は、契約の儀式を受けなければならない。
一体、この儀式はいつまで続くのやら・・・。
いや、この儀式の終わる、その時は・・・」
そこまで話した司祭は、おもむろに立ち上がり、
「その時は、大きな悲しみとともに、我らの一族も伝説の世界へと消えゆく時じゃ」
大きなため息と共に、そう言い放った。
「・・・・・・・・・・・」
エレナの母が何かを言おうとした時、ドアの開く音がして、エレナが入ってきた。
「あ、これは司祭様。いらっしゃいませ」
「おお、エレナ様。帰ってこられましたか・・・。
さてと・・・・。では、そろそろワシは帰るとするかな・・・・」
「えっ!もう、お帰りになるのですか?」
「おぉ、もう用事はすんだのでな・・・」
そう言うと母の方を向き、
「では、頼みましたよ」
そう言い残し、司祭は帰っていった。
司祭の帰る姿を見送ったエレナは、母の方を向き、挨拶をした。
「お母さま、ただいま帰りました」
「お帰り、エレナ・・・・」
「司祭様は、何のご用でいらしたの?」
「・・・・・・・・・・」
「どうしたの?お母さま・・・・」
何か思いつめた表情でたたずんでいる母に、エレナは心配そうに声を掛けた。
「エレナ・・・、あなたは、いくつになりましたか?」
「はい、もうすぐ16です」
「エレナ、あなたはこの町の・・・。
テローペの長の娘です」
「はい、お母さま」
「この町の長・・・・キングラムの王位継承者の娘は、16歳になった時、儀式を受けるのがしきたりです」
「はい、存じております。
テローペの巫女になるための儀式ですね?」
「・・・・・・・。」
「お母さま、どうして、そんな悲しい顔をなさるの?
テローペの巫女になる事は、悲しい事なの?」
「エレナ・・・・」
「お母さまもテローペの巫女だったのでしょ?教えてお母さま、巫女になると言う事は、どういう事なの?」
母はエレナの元へ歩み寄り、そして彼女の手を取って話した。
「エレナ、巫女になると言う事は、邪悪な者から世界を守る役を担う事なのです」
「邪悪な者から、世界を救う・・・」
「ええ、でも・・・。
強大な邪悪な者と戦うためには、とても大きな力が必要なのです」
「大きな力・・・・」
「そう、その大きな力を得るため、巫女になる者は、冥界の王との契約を交わさなければならないのです」
「それが、巫女になるための儀式なのですね?」
「ええ・・・・」
「お母さま、その儀式をうけると、わたくしはどうなるのですか?」
「だ、大丈夫よ。
巫女になっても、見た目には何も変わらないの。
ただね、巫女になっている間は、他の人と少しだけ違う事があるの・・・」
「違う事?」
エレナは少し不安そうな顔で、母を見つめた。
「魔法を・・・」
「えっ?魔法!?」
「そ、そう。ある魔法を覚えるの・・・。
あ!で、でもね。その魔法は使う事がないのよ!」
「えっ?使う事がないって?」
「ええ、そうよ!わたくしも、わたくしのお母さまも・・・・。
まだ、誰も使った事がない魔法なの!だ、だからきっと、あなたも使う事がないわ!!
ええ、きっとそうよ!!
もう二千年もの間、一度も使われた事がない魔法だもの。
だから、だから・・・。
きっと使わなくて済むはずだわ!!」
母はまるで自分に言い聞かせるように、エレナに説明した。
「まだ誰も使ったことのない魔法・・・・。
使わない魔法を覚えるなんて、へんなの・・・・」
「それとね・・・。
体のどこかに、小さなアザが出来るの」
「アザ?」
「ええ、少し変わった形の・・・。
で、でも本当に小さなアザだから、気にしなくても大丈夫よ。
それに、巫女でなくなれば、消えてしまうの」
「・・・・・でも、そのアザは、また次の巫女に・・・・・」
「お母さま・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
*エレナは巫女の呪文”祈り”を思いだした
「大丈夫かい?エレナ・・。」
エレナの肩に手をかけ、心配そうに見つめるアレンの声で、エレナは我に返った。
「アレン!わたし、お母さまの事を思い出したの!!」
「えっ!!本当!?よかったじゃないかエレナ!」
「うん・・・・。でも、少しだけで・・・・。
お母さまの顔もハッキリ思い出した訳じゃないの・・・・。
それに、なんだか夢の中の出来事のような感じで・・・。
全体がね、なんだかボヤ~っとしていて・・・・」
「そっか・・・・。
でも、きっと思い出せるよ!!それに、テローペに行けば、お母さんにも会えるし!
その時には全部の記憶が戻るさ!!」
「そうね、きっとそうなるよね!!」
「もちろんだとも!!オレが絶対そうしてみせるよ!!」
「ありがとうアレン!」
「あっ!」
「どうしたの?何か別の事も思い出したの?」
「うん!あのねアレン・・・。
実は・・・・・・。わたし、ひょっとしたら・・・・」
「ひょっとしたら?」
「わたし、ひょっとしたらテローぺの・・・・」
巫女と言おうとしたエレナを、遠くから二人を呼ぶ声が遮った。
「お~~~~~~~~~~い!!」
ネイルとリサが、息を切らして駆けて来た。
そして二人の前まで来ると、
「あ~~~~っ!なんだ!!デートかよ!!」
「みろ!だから心配しなくてもいいって言ったんだ!!
せっかく気持ちよく酔っぱらっていたのに!!」
二人の姿を見るなり、ネイルがリサに文句を言った。
「そんな事言ったって!!もし二人に何かあったらどうすんのよ!!」
「ある訳ねえだろ!!この二人はおめえと違って、もう大人なんだぜ!!
しかも!こいつらメチャクチャ強いんだぜ!!
見ろ!!せっかくのデートを邪魔されて、二人とも怒っているぜ!!」
突然の乱入に、あっけにとられている二人を指差し、ネイルが怒鳴った。
「あ!ご、ごめんね!!」
リサが慌てて二人に謝った。
「べ、べつに怒ってなんかないから・・・。
ねえ、エレナ」
「うん、うん、怒ってない!怒ってない!ねえ、アレン!!」
「ちぇっ!あほくさ!!この二人、熱くてやってらんねえぜ!!
オレはもう一度飲みなおすぜ!じゃあな!!」
そう言うと、ネイルはプンプン怒りながら帰っていった。
そんなネイルの後ろ姿が見えなくなると、
「じゃ、じゃあ、わたしも帰って寝ようかな~!」
リサが二人にそう言った。
「あ!そうだね!子供はもう寝る時間だし・・・」
「そ、そうね。もう夜も遅いし・・・」
二人は口を揃えてそう返事をした・・・・・が、なぜかリサはニコニコと笑顔で二人見ているだけで、一向に帰る素振りを見せない。
「・・・・・・・・・」
(ダメだ、リサは絶対一人で帰るつもりはないな・・・・。)
「お、俺たちもそろそろ帰ろうか・・・・」
「そ、そうね、そうしましょうか・・・・・」
諦めてそう言うと、
「じゃあ、一緒に帰ろうか?」
リサが嬉しそうに寄って来た。
「そ、そうだね・・・・。」
アレン達は三人仲良く宿屋へ帰り、結局エレナはアレンに告げる機会を失ったまま、旅立つ日が訪れたのである。
ドワーフ軍がドリガンに向かって出発する前夜、ボルグはアレン達のために盛大な宴会を開いてくれた。
その席で、ボルグはアレンに一緒に行くよう勧めたが、アレンはそれを断った。
そしてその理由をボルグに説明したのだった。
「なるほど!そのために悪魔の沼へ入ったのか!!
いや、そうと分かっておれば、我らも協力したであろうに・・・。」
ボルグは残念そうにそう言うと、一気にグラスの酒を飲み干した。
同胞をカルデラ湖の怪物に殺されているボルグにとって、出来れば自分の手で仇を打ちたい相手であった。
「アレンよ、本来ならワシもお前に同行し、同胞の仇を取ってやりたいのだが、今は軍を率いてテローペに入る事が第一なのだ」
「分かっています!
カルデラ湖の怪物は必ず俺たちが倒し、ボルグのおじさん達の無念を晴らしますので、安心して軍を進めてください」
「すまんなアレン!頼んだぞ!!
そしてテローペで落ち合おう!!」




