第十六話 賢者セロ
俺が目を覚ますと、エレナはお湯を沸かしてコーヒーの用意をしてくれていた。
「おはようアレン! よく眠れた?」
「おはようエレナ、キミこそよく眠れたかい?」
「ええ、アレンが守ってくれていたから、ぐっすり眠れたわ!」
エレナはそう言って、コーヒーを注いでくれた。
俺が夜明けまで見張りをしていたのを知っていたようだ。
朝はゆっくり眠っていたので、丘を降りてカルデラ湖に着いたのは、陽もだいぶ高くなってからだった。
カルデラ湖の周りは切り立った絶壁になっており、湖の奥へ行ける道は人が一人通れるだけの狭い岩場であった。
ゴツゴツとした溶岩の道を進み、湖の半ばぐらいに差し掛かった時だった。
前を歩いていたエレナが急に立ち止まった。
「アレン見て、あそこに誰かいるわよ!」
エレナに言われ目を凝らして見ると、確かに湖の一番奥に人らしき姿が見える。
杖を持った老人のように見えたので、俺たちは警戒する事もなく先へ進んだ。
近づくと、立派な白い髭を蓄えた、かなり高齢の老人が湖を眺めていた。
俺たちでもここまで来るのが大変だったのに、どうしてこんな所に・・・。
不思議に思った俺は、すぐさま老人に声を掛けた。
「おじいさん、こんな所で何をしているのですか?」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・・。
あれじゃよ!あれを見ておるのじゃよ」
そう言うと、老人は湖の一点に向けて杖を指した。
見るとその場所には、湖の底でうごめく不気味な大きな影が見える。
エレナは驚いて声を上げた。
「え!? あ、あれは何?」
エレナの問いに、老人はあっさりと答えて見せた。
「あれはクラーケンじゃ!魔王の降ろした恐ろし魔物じゃよ!」
「ええ!?魔王の手下だって?」
俺は驚いて、老人に聞き直した。
「あの・・・。おじいさんは誰ですか?
どうしてそんな事を知っているのですか?」
エレナは老人にその理由を尋ねた。
老人はエレナの顔を見ると、愉快そうに笑って答えてくれた。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・。
ワシの名はセロといってな、この谷の入り口に一人で住んでおる変わり者じゃよ」
(あっ!この人が賢者のセロ様)
俺とエレナは同時に顔を見合わせた。
「さて、さて・・・・。今度はお前さんたちの番じゃぞ。
見たところ旅人のようじゃが? ただの旅人が、このような危険な場所までやって来るとは思えんがの・・・」
セロは楽しそうな顔をして、俺たちに質問してきた。
「俺たち、テローペに行く途中なのです」
「でも、私たち道が分からなくて・・・」
「何と!!おまえさん達、テローペに行くというのか?」
「はい、この谷へ続く道を進めば、きっとテローペに着くと思って、ここまで来たのですが・・・」
「ふむ、ふむ・・・」
「でも、道も無くなってしまっているし、これでは先に進めないわ」
エレナが困った顔で答えた。
セロは何度も頷いてから、
「なるほどのう・・・。
ところでおまえさん達、間違ってもこの湖を泳いで渡ろうとしてはならぬぞ。
この湖に足を踏み入れでもすれば、たちどころにあのクラーケンの餌食となってしまうからの」
そう忠告してくれた。
「誰か渡ろうとした事があるのですか?」
そんな無茶をする人はいないだろうと思ったが、試しに聞いてみた。
するとセロは、沈痛な面持ちで頷いた。
「うむ、実はこのカルデラ湖が出来たばかりの頃、ドワーフの軍団が渡ろうとしたのじゃよ・・・」
「えっ!!」
「ワシの忠告を聞かずに、筏を組んで湖に出たのじゃが、一瞬で湖の底に引きずり込まれてしまったわい」
それを聞いた俺とエレナは、思わず絶句してしまった。
しかし、ここを何とかしなければ、テローペに行くことは出来ないのだ。
「おじいさん、あの化け物を何とかする方法は無いのでしょうか?」
「ふむ、水の中ではアレに勝てる者など一人もおらぬ!
ここから先へ進みたくば、この湖の水を何とかすることじゃのう」
「え~~~っ!何とかするって言っても・・・。
どうすればいいの?アレン」
「お、俺に聞かれても・・・・。どうすればいいいのかな?」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・。
お前さん達、仲が良いのう。よし、よし、それではワシが良いことを教えてやろう」
「えっ!?この湖の水を無くす方法があるのですか?」
エレナは目をパチクリさせて、セロの顔を見た。
「ふむ、一つだけある。
だが、それには二つの物がいるのじゃが・・・」
「二つの物ですか?」
「さよう、しかしこの二つの物を手に入れるのは、クラーケンを倒すのに匹敵するほど難しい事なのじゃ」
「教えてください!」
「ふむ、まずはジュダの国へ行き、マードラの遺跡にあると言われるミューゼの書を手に入れる事じゃ!」
「あっ!!!」
俺が急に大声を出したので、エレナは驚いて転びそうになった。
「大変だ!俺、ミューゼの書をリサに渡すのを忘れていたよ!!」
「えっ!!そ、それじゃ、ミューゼの書は?」
「ほら!ここに・・・」
俺はエレナにミューゼの書を見せた。
「うそ!!」
エレナも目が点になっている。
「な、な、なんじゃと?おまえさん達、ミューゼの書を持っておるじゃと?」
俺たちの会話を聞いていたセロは、まさか・・・という顔をして、こちらを見ている。
「そうなんです」
エレナはやっちゃった・・・という顔でセロに振り返った。
「ほらっ!」
俺はセロにミューゼの書を渡した。
「こ、こりゃ驚いたわい。やはり、ただの旅人ではなかったようじゃのう・・・。
ふむ、ふむ・・・。ここで立ち話もなんじゃ。
よし、よし、今からワシのあばら家へ来るがよい。話はそれからじゃ」
そう言うとセロはテレポートを発動させ、俺たちは一瞬でセロの家まで吹き飛んだ。
セロの家の中には、炊事場と暖炉と本棚、それに机代わりの木箱とベッドがあるだけの質素な暮らしだった。
セロは木箱の上にミューゼの書を置くと、俺たちにこの谷の話をしてくれた。
「今から1年ほど前じゃ。ここいら一帯の火山が噴火してのう。地盤が沈下した所に川の水が流れ込み、あのような湖が出来てしもうたのじゃ。
そして、そこにあの魔物が住み着いて、谷は完全に閉鎖されてしもうたのじゃ」
「それじゃ、やっぱりあの湖を越えなければ、テローペには行けないのですね」
「うむ、そういう事じゃ」
「それで、さっきおっしゃっていた2つの物の、あと一つは何なのですか?」
エレナは木箱の上のミューゼの書に目を落とし、セロに尋ねた。
「ふむ、ふむ、その話じゃが、お前さん達、なんでミューゼの書など持っておるのじゃな?」
「頼まれたんです。暗黒魔導師のガルダインさんに」
「調べたい事があるから、取ってきてくれって・・・」
「お前さん達あっさりと言うのう、あれを手に入れるのは大変じゃったろうに・・・」
「そうか、あのガルダイン殿がのう・・・・。
ふむ、ふむ、ならば、お前さん達ならやり遂げる事ができるかも知れぬの」
セロはひとしきり感心してから、本題に入った。
「よし、よし、それでは教えてやろう。後のもう一つは緑の結晶石じゃ」
「緑の結晶石・・・ですか?」
エレナが尋ねた。
「あの、赤い結晶石ならあるんですけど、それではダメですか?」
「ふむ、ふむ、赤い結晶石のぉ・・・。それでは、各地に住む賢者の家の扉は開かんのぉ」
「賢者の家の扉ですか?」
エレナは大きな目を、さらに大きくして尋ねた。
「そうじゃよ、娘さん。湖の水をなくすには、”キングラムの三種の神器”のひとつ、”無限のツボ”が必要なのじゃ。それを手に入れるには、賢者たちの知恵が必要なのじゃよ」
「無限のツボ!?」
「三種の神器って?」
俺とエレナは意味が分からず、オウムのように繰り返した。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・。まあ、まあ、そうせかさずとも。
よし、よし、それでは説明してやろう。昔、キングラムには不思議な力を秘めた三つのアイテムがあっての。一つは、先にも言った”無限のツボ”と呼ばれるものじゃ。
このツボはのぉ、いくら水を注いでも、まるで底が抜けているかのごとく、決して満たされる事のない、不思議な力を持つ魔法のツボじゃ。
銀の時代に、これを手に入れたソーネリアの王がの、誤って湖に落としてしもうたのじゃ・・・。するとどうじゃ!それまで、なみなみと水をたたえておった巨大な湖が、あれよ、あれよと言う間に、砂漠になってしもうたそうじゃぞ」
「湖が砂漠に・・・・。すごいわ!」
「どうじゃ、すごいじゃろ!
そして、もう一つは”ガニメードの水がめ”と呼ばれる、水がめじゃ。
この水がめはのぉ、いくら水を使っても、次から次へと水が湧き出し、決して尽きる事のない神秘の水がめじゃ」
「永遠に水がなくならない、水がめ・・・・」
「そうじゃ、キングラムが遠征するときは、必ず持って行ったアイテムじゃ」
「そして最後が”氷の杖”じゃ。
この杖は、どんな物でも凍らせてしまう杖での。その威力は、たとえ灼熱の溶岩でさえも、瞬時にして凍らせると聞く」
「すご~い!三種の神器って、不思議な物ばかりね~」
エレナは感嘆の声を上げた。
「ふむ、ふむ、そうじゃろ、そうじゃろ。
この三つの神秘なる力を持って、偉大なるキングラムはその国土を広げて行ったそうじゃ。いかなる天然の要塞も、この神器の前では、まるで歯が立たなかったというぞ」
「じゃあ、この三つのアイテムを揃えれば、行けない所は無いという訳ですね」
俺はセロに尋ねた。
「ふむ、ふむ、そうじゃ、そうじゃ。テローペに行くには、この神秘なる物の力が必ず必要となるはずじゃ。
どうじゃな?お前さん達に集める事ができるかな?」
「はい、集めます!俺とエレナは、どうしてもテローペに行かなければならないので」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・。
そうか、そうか。それには、各地に住む賢者たちの知恵を借りねばならぬ。
緑の結晶石を手に入れ、山や野に隠れて暮らす賢者達の庵を訪ねる事じゃ。
そしてミューゼの書を見せるがよい!きっと力になってくれるじゃろ」
一方その頃レゼムの港には、リサとネイルの姿があった。
「わ~~~い!着いた、着いた!!」
リサは嬉しさのあまり、ピョンピョン飛び跳ねている。
「おい、おい。あんまりはしゃぐなよな、みっともねえから」
「よ~~~し!!早くアレン達を捜さなくちゃ~~~!!」
「お、おう!あいつらならきっと酒場・・・」
ネイルの話には耳も貸さず、リサは一気に駆けだした。
ドピューーーーーン!!!!
「こらーーーーーっ!!人の話は最後まで聞けーーーーっ!!」
ネイルは腕を振り上げて怒鳴ったが、すでにそこにはリサの姿はなかった。
リサは公園の噴水の前に立って、キョロキョロと辺りを見回していた。
「あの二人、いったいどこへ行ったのかな~~~」
「そうだな~。オレならきっと酒場にいると思うぜ」
リサに追いついたネイルが、はぁはぁ肩で息をしながらそんな事を言っている。
「あの二人がそんな所でジッとしている訳ないでしょ!!」
「町の人に聞いてみよっか?」
「情報集めなら、酒場に行くのが一番だぜ!!」
諦めの悪いネイルであった。しかしリサはネイルの話なんて聞いていない。
「ネイル、あそこにいる二人連れに聞いてみてよ」
リサの視線の先には、公園の石柱にもたれているサングラスを頭に掛けた色の黒い男と、背の低い小太りの男がいた。
「おめえ、オレの話をぜんぜん聞いてねえだろ?
それに、なんでオレが行かなきゃならねえんだよ!!」
「当たり前でしょ!!私が聞いて、もし口説かれたりしたらどうすんのよ!」
「おめえ、大人をバカにしているのか?!」
「早く!!行って来てよ!!」
「まったく、人使いの荒いヤツだ!大人を何だと思っているんだ!!」
結局何を言ってもリサには通用せず、ブツブツ文句を言いながらリサの言いなりになるネイルであった。
「おい!兄ちゃん」
ネイルはサングラスの色黒の男に声を掛けた。
男はネイルの顔をチラッと見ただけで、
「・・・ふん!」
と鼻を鳴らして知らん顔をしたのだが・・・。
ボカッ!!
その瞬間、鈍い音がして、男は地面に転がっていた。
ネイルの鉄拳が男の頭に炸裂したのである。
「あいたーーーー!!てめーっ!!何しやがんだーーー!!」
男は頭を抱え、地面にうずくまっている。
「ちょっとネイル!あんた何やってんのよ!!」
その様子を見たリサは、慌ててネイルの所へ駆け寄った。
「この野郎、オレ様のことを軽く無視しやがったんだぜ!!」
殴られてさも当然という顔で、ネイルはリサに話す。
「そんな事ぐらいで、人を叩いてどうすんのさ!!」
リサは男に向かって謝った。
「すみません。この人ちょっと変わっているんです」
「うるせえ!ガキは引っ込んでろ!!
お前ら、俺たちを怒らせるとどうなるか、分かってんだろうな!!」
背の低い小太りの男がネイルに吠えた。
ネイルはニヤッと笑うと、
「ほ、ほう・・・。どうなるんだ?教えてくれよチビ!!」
「あーーーーっ!お前、俺にチビって言ったなーーー!!」
「それがどうした、チビ!!」
面白がって相手を挑発するネイル。
「あーーーーっ!また言った!
くっそーーーっ!なんだい!お前の彼女の方がチビじゃないかーーー!!」
頭に来た男は、怒りに任せて言ってはいけないことを口にしてしまった。
「か、か、か、彼女だと?!!てめえ、どこに目をつけて・・・・」
と、ネイルが言うよりも早く、リサが癇癪を起した。
「誰がチビなのさ!!せっかく私が謝ってあげているのに!!」
「もう、頭にきた!!!」
そう言うと、二人組めがけて真っ赤な炎が渦を巻いて襲い掛かった!
「ぎゃ~~~~~っ!!」
「あぢぢぢぢぢぢ~~~~~~!!!!」
お尻に火が付いた二人組は、悲鳴を上げながら走り去った。
「あほ~~~~っ!!チビ、チビって言うな~~~!!」
その逃げ去る相手に、リサは大声で罵声を浴びせかけている。
「やっぱり、チビって言葉は使わない方が身のためだな。子供は手加減を知らねえから・・・」
ネイルは腕を組んで一人で頷いている。
賢者セロは、エレナと俺に三種の神器の使い方を教えてくれた後、
「もし緑の結晶石を手に入れる事が出来たら、またここへ来るがよい」
そう言うと、魔法で体力と魔力を全快にして送り出してくれた。
「セロ様、どうもありがとうございました!」
お礼を言うと、俺たちはレゼムの町へ向かった。
そして来た時と同じ道を戻り、南の関所で休憩するためテントに入った。
すると、何と!そこには椅子に座ってジュースを飲んでいるリサがいたのである。
「あっ!!!!」
「わ~~~~~い!!やっと見つけた~~~~!!」
リサは猛ダッシュでエレナに抱き付いた。
「驚いた~~!!
一体どうなっているの?」
エレナは驚きのあまり目を白黒させている。
「わ!わ! みんなどうしてここへ?」
驚いて突っ立っている俺に、ネイルが文句を言った。
「どうしたも、こうしたもねえよ!おめえら、ミューゼの書を持っているだろ」
「そうなんだ、リサに渡すのを忘れてたんだよ。
あ!じゃあ、わざわざそれを取りに?」
俺がリサにミューゼの書を渡そうとすると、慌てて手を振って、
「おじいちゃんがね、アレン達と一緒にテローペを捜せって!」
「え?じゃあ、また一緒に旅が出来るのね!よかったね、アレン!」
「うん、みんなと会えて心強いよ。これで、きっとテローペに行けるね」
俺とエレナは手を取り合って喜んだ。
「よし!それじゃ再会を祝して、パブで一杯やろうぜ!!」
そう意気込むネイルだったが・・・。
「何のん気な事を言っているのよ!さっきパブでビールを飲んだばかりじゃないの!!」
リサに言われてネイルは速攻で撃沈した。
しかしその事でリサがある事を思い出した。
「あ、そうだ!あのね、さっきパブで緑の結晶石って言う宝物が、ここから南に行った遺跡にあるって聞いたよ」
「そうなんだよ。実はその緑の結晶石はどうしても必要なんだ」
アレンの言葉にエレナが補足した。
「あのね、それがないとテローペには行けないのよ」
「ふ~~~~ん。そんなに大事な物なのか~~~」
「よし、じゃあ、祝杯はその緑の結晶石を手に入れてからだぜ!」
ネイルは見事な立ち直りを見せた。そして無論、お宝となるとやる気満々なのである。
「よ~~~し!がんばってお宝を取るぞ~~~!!」
こうして最強のパーティは、再び結成されたのであった。




