第十五話 カルデラ湖の夜
レゼムの町を出て北の橋を渡るためには、一旦南へ下って山を迂回しなくてはならない。
南に下って行くと、南の森林地帯への入り口には、関所が設けられていた。
俺たちはそこを抜けるつもりはないのだが、ついでなので、ちょっと寄ってみた。
南の関所はソーネリアの兵士が警備をしていて、俺たちを見ると、
「この先の森林地帯にはドワーフの町があるが、あまり近づかない方がいい。
王のボルグ殿は気性が激しいからね。彼と話が出来るのは、賢者のセロ様だけだよ」
と、教えてくれた。
また関所を守る兵士は、ここから先の森林地帯は危険なので、四人以上のパーティでないと通せないと言っていた。
俺たちはこの関所に設えてあるテントで少し休憩させてもらうと、再び北へ向かって出発した。
関所から二時間ほど歩くと、ようやく北の橋にたどり着いた。
そして橋を渡った頃から、急に魔物の数が増えだしたのだが、出現する魔物は使い魔やゴブリンで、今の俺とエレナの実力なら余裕で倒せる相手であった。
橋を越えてしばらく進むと、東に抜ける街道を見つけた。街道と言うより、峠道と言った方がしっくりくる、細い山道であった。
その道はドリガンへ繋がっているのだが、落石がひどくてとても進む事が出来ない。
一年前にあったという火山の爆発が原因に違いないが、街道の惨状を見るに、その規模の大きさを伺い知ることが出来た。
さらに北へ進んで行くと、小さな川を越えた西向に小さな庵を発見した。
きっと町の人が言っていた、賢者セロの庵に違いない。
俺たちは少しだけ期待を込めてドアをノックしたが、残念ながら返事はなかった。
居留守なのか、それとも本当にいないのか?
いずれにせよ、賢者とはなかなか会う事が出来ないものらしい。
「留守かしら?しかたないわね。また後で来ましょう」
エレナも慣れっこになってしまい、あっさりしたものだ。
俺たちは再び北の谷を目指して出発した。
道を進むにつれて両側の山はどんどん迫り、道はますます険しいものとなった。
そしてついには大きな山に阻まれて、道は無くなってしまったのだ。
しかし、それでも先へは進む事が出来るようで、崖に沿って二つ洞窟がポッカリと口を開けている。
この洞窟は天然の洞窟を加工してトンネルにした物らしく、中では一つに繋がっているのだが、洞窟内は結構広く複雑な構造になっていた。
迷って出られなくなる程ではなかったが、魔物が潜んでいる恐れがあったので、気は抜けなかった。
洞窟を抜けてしばらく渓谷を進むと、ようやく小高い開けた場所に出た。
そこからは目の前に広がる広大な景色を一望でき、すぐ下には美しい水を湛えたカルデラ湖が見える。
「綺麗な所ね~」
エレナは両手を広げ、体いっぱいに風を受けながら、気持ちよさそうに言った。
「ほんと、きれいだね。この丘の下のカルデラ湖へ行く前に、今日はここで休憩していこう」
「そうね、私も疲れて、もう一歩も歩けないわ・・・」
俺たちは岩の上に腰を下ろし、少し早いが夕食を取ることにした。
夕食と言っても、町で買ったパンと飲み物だけの、質素な夕食だった。
「この頃なんか、大人になったみたいな気がする」
「え!俺のことかい?」
「うん!」
俺は自分ではどう変わったのか分からなかったので、エレナに尋ねた。
「そ、そうかな~、たとえば、どんなところが?」
「町で変な人にからまれても、我慢して争わなかったでしょ。
カッコよかったよ、アレン」
「ああ、あのことか・・・・」
「そうだな・・・。
鉱山で働いていた時は、周りは荒くれ者ばかりだったから、喧嘩なんて当たり前のようにやっていたからな・・・」
「でも、もしキミに何かしたら、その時はただではおかないよ」
「ありがとう、アレン」
そう言うと、急にエレナが笑いだした。
「クス、クス・・・」
「あれ?何がおかしいんだい?」
「あのね、もしあそこにリサとネイルがいたら、どうなっていたかなって・・・。
そんな事考えたら、なんだかおかしくなって・・・」
「あはは・・・。そうだよね、あの二人がいたら、きっとややこしい事になっていたよ」
俺もあの二人の顔を思い浮かべると、つい笑いが込み上げくるのだった。
「ねえ、今頃みんなどうしているのかな?」
「リサとネイルかい?」
「うん」
「そうだな。リサは今頃暇を持て余して退屈しているんじゃないかな?」
「うふふ・・・。
そうね、きっと街や塔の中を走り回っているわね」
「ネイルは・・・。
そうだな、う~~~ん。
あの人の考えていることは分かんないよ。
どこで何をしているのか、見当がつかないね。ま、あまり良い事はしてなさそうだけど」
「うふふ。本当ね、あの人ちょっと変わっているから・・・。
でも、リサとすごくウマが合っていると思わない?」
「そうだね。物事を考えるレベルが一緒なんだよ。きっと・・・」
「あはは・・・・・」
俺とエレナは二人のエピソードを思い出し、大笑いした。
その頃レゼムに向かう船の上では・・・。
「ヘックチョン!!」
「おっと!こりゃまた、どこかでこのネイル様の噂話をしているようだぜ。
きっと、かわい子ちゃんだな・・・。
え~~っと、たぶん・・・・・・・」
「ま、いいか・・・」
「はぁ~~~っ。
黄昏が迫るこのロマンチックなシーンに、横にいるのがこいつかよ~。
やってらんね~な~~」
そうボヤくネイルの視線の先には、船のデッキに肘を付き、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねているリサの姿があった。
(こいつが後10年早く生まれてりゃあな~)
「今なにか言った?」
リサが振り向いてネイルに尋ねた。
「い、いや、別になにも・・・」
「あ、そう! 早くレゼムに着かないかな~~~~♪」
ネイルは深くため息をついた。
(最悪だぜ・・・・・)
リサはイラッとした顔をしてネイルを睨むと、もう一度尋ねた。
「なにか言った!!?」
ネイルは慌てて言い返した。
「な、なにも言ってねえよ!!」
そんなちぐはぐな二人を乗せた船上に、一つ、また一つと、明るい星が瞬き始めた・・・・。
パチパチと音を立て、小さな火の粉が舞い上がっては消えていく。
焚火を前に、アレンとエレナは肩を寄せ合い、美しい星空を見上げていた。
漆黒のビロードに、たくさんの宝石を散りばめた美しい星空。
いま一つの星が明るい光を放ち、スーッと針葉樹の木立へと流れて消えた。
「あ!流れ星!」
「アレン!今度流れたら、ちゃんと願い事をしなきゃね!」
「あっ!また流れた!!」
「アレン、ちゃんとお願いできた?」
「うん、ちゃんとした」
エレナは俺の返事を聞くと、興味津々で尋ねてきた。
「ねえ、ねえ、何をお願いしたの?」
「え!?それは・・・。
エレナはしたのかい?願い事」
「う、うん。ちゃんとお願いしたよ」
俺は興味津々でエレナに尋ねた。
「どんな事をお願いしたの?」
「えっ!そ、それは・・・」
「ぷっ!あはははは!!」
エレナの慌てる顔を見て、つい笑ってしまった。
「たぶん、俺とエレナ、同じ事をお願いしたんだね」
「そうね、きっとそうだわ!」
エレナは嬉しそうにほほ笑んだ。
「あの湖の向こうにテローペがあるんだね・・・」
俺はカルデラ湖の方を見ながら、エレナに話しかけた。
「うん」
エレナは小さく頷いた。
「テローペに帰るの、恐くないかい?」
「恐いわ・・・。
でも、帰らなくちゃ・・・。
なぜだか分からないけど、沢山の人が私の帰りを待っているような・・・。
そんな気がするの」
「テローペに近づくにつれて、その思いがだんだん強くなってくるの・・・」
エレナは少し震えているようだ。
「エレナ、俺も何となく分かるんだ・・・。
キミはとても大切な人で、それに特別な人なんだって・・・。
キミはきっと・・・。俺なんかと一緒にいて、平凡な生活に埋もれてしまってはいけない人なんだって・・・」
「アレン、それはもう言わないで・・・」
エレナは悲しそうな顔をしてアレンを見た。
「違うよエレナ!俺はそれでもいいんだ!
たとえキミの記憶が元に戻って、俺との想い出が消えてしまっても・・・」
「キミは元の、本当のキミに戻るべきなんだよ!」
「・・・・・」
「俺、うまく言えないけど。
ほら、村長さんが言っていただろ?俺とエレナは、運命の糸で結ばれているって」
「うん」
「もし、何もない平和な時代なら、きっとキミとは巡り合えなかったと思うんだ。
これはね、きっとアルモアの星が、俺とキミを引き合わせてくれたんだよ」
「アルモアの星が?」
「そうさ!俺がキミを守るために」
「アレンが・・・。私を守るために・・・」
(そうさ、本当にキミを愛しているなら)
「何が何でもキミを守ってみろ!!あのアルモアの星が・・・。俺にそうささやいているような気がするんだ」
「アレン・・・」
「ほら、アルモアは魔王の手から世界を救ったけど、愛するイリヤを助ける事が出来なかっただろ?」
「・・・・・・」
「だから、何があっても愛する人を守り抜けって・・・。
アルモアの星の瞬きが、俺にそう言っているように感じるんだ」
「アレン・・・・」
「だから、俺は何があってもキミを守ってみせる。
たとえ・・・。たとえキミの記憶から俺が消えてしまっても・・・」
「アレン・・・・・」
「一緒に行こうよ、テローペに」
「うん・・・・・」
アレンは心の底からエレナを守りたい、それが自分に与えられた使命だと思っている。
だからその気持ちをエレナに伝えたかったのだが、あまりに気持ちが高ぶったため、無意識のうちに、エレナを愛する自分の気持ちをうっかり伝えてしまっていた。
だが彼は、その事にまだ気づいていなかった。
これはアレンの真面目な性格と、責任感の強さゆえの失敗であったのだが、エレナはそんなアレンの気持ちを察し、とても嬉しく思ったのだった・・・。
肩を寄せ合い、星空に思いを馳せる二人の前に、また一つ明るい星が光を放ち、北の空へと消えて行った・・・。




