第十三話 別れ
「あ、先ほどはどうも。父なら二階におりますので、どうぞお上がりください」
宿屋へ戻ると、フロントの娘さんはそう言って案内してくれた。
そこには二階の廊下の突き当りの窓から、港の方を眺めている初老の紳士がいた。
「ジムリさんですか?」
俺がそう尋ねると、紳士はこちらを振り返り、俺たちを見て少し驚いた様子で答えた。
「そうですが、あなた方は?」
「ジェイドの息子アレンです」
「な、なんと!ジェイド様の息子さんですと!!」
ジムリは飛び上がらんばかりに驚いた。
部屋に案内された俺たちは、テーブルを囲み、軽い食事と飲み物をごちそうになった。
リサは疲れていたみたいで、今はベッドでぐっすり眠っている。
「いや、驚きましたな・・・。
ジェイド様から話は伺っていたのですが、いつまで経ってもおいでにならないので、心配しておりました」
ジムリの言葉を聞いたエレナが、俺の方を振り向むいてプ~ッと頬を膨らませた。
「すみません、いろいろ忙しくて・・・」
「それで、父さん達はまだ帰ってこないんですけど、どうしているのかご存知ありませんか?」
「いえ、実はジェイド様たちがどこへ行かれたのか、私も詳しい事は知らないのです。ただ、この街の港から船に乗られた事は確かです」
「父さんと母さんは、船に乗って旅に出たのですか?」
「そうです。あまりに帰りが遅いので、私も気になりまして・・・。
あの日以来、毎日港へ様子を見に行くのですが、その港も今日で閉鎖されるとか・・・」
ジムリは寂しそうな顔をして、そう答えた。
(そうか、船で旅立ったのか・・・)
その時、エレナがジムリに尋ねた。
「あの~、今ジェイド様たち・・・とおっしゃいましたが、アレンのご両親以外の方もおられたのですか?」
「ええ、数名の仲間の方たちと、ここで長い間お話をされておりましたが・・・。
いや、待ってくださいよ。確かあの時・・・・」
そう言うと、一年前の出来事を必死で思いだそうとしている。
<1年前ジムリの宿屋>
「あと1時間ほどで、船が出ますわ・・・」
エミリアがジェイドに話しかけた。
「そうか・・・。いよいよ出発だな。
・・・どうかしたのかい?」
「アレンは・・・。あの子は大丈夫かしら・・・。
やっぱり、一緒に連れて来た方が良かったんじゃ・・・」
エミリアはその事が、ずっと気にかかっていたようだ。
「は、は、は・・・。心配ないよエミリア。
ちゃんと一人でうまくやっているさ!村を出る時も言っていたじゃないか。
俺はもう子供じゃないって」
「そうね、あの子、のんびり屋さんだけど、まじめだし・・・。
ちゃんと、しっかりやっているわね」
そこへ一人の屈強な男が宿屋へ入って来ると、ジェイドの前に跪いて報告した。
「申し上げます。レゼムのボルグ様は、我らの後方を援護するため、ジェイド様が無事にテローペに入るのを確認してから出発するそうです」
「そうか!は、は、は・・・。しかし、真っ先にテローペに入ると意気込んでいたあの頑固者が、よく私の言う事を聞いたものだ」
ジェイドは愉快そうに笑い飛ばした。
炎のような赤い髪をした巨体の男が補足した。
「ジェイド様、最近あの辺りで不審な者を見かけたという情報が入っております。ボルグ様はあの辺り一帯を治めるドワーフの王です。それを気にしておられるのでしょう」
「そうです、油断はできませんよ」
大きな剣を背中に背負った屈強な男も口を合わせて言った。
その時もう一人の黒づくめの男が宿屋に入って来ると、口早にジェイドに伝えた。
「ジェイド様、そろそろ港の方へ行かれた方が・・・。
それと、ジュダのガルダイン様と、ドリガンのネルソン様への連絡はいかがいたしましょう?」
ジェイドは椅子から立ち上がると、
「その事なら心配いらんよ、あの方たちには、すでに使者を派遣したと、キングラムから連絡があった。それに、あの二人はまだ私の事を知らないはずだ」
「では、そろそろ出発するとしよう・・・」
「ええ・・・」
エミリアも立ち上がった。
ジェイドはジムリの所へ行き、
「世話になったな、ジムリ。もし、ここに私の息子が訪ねて来た時は頼んだよ」
「はい、お預かりした物は、間違いなくお渡しいたします」
エミリアもジムリに向かい、
「そんなに長く留守にすることは無いと思います。
それまでに、わたくしはここへ帰って来ると思いますわ」
と、そう伝えた。
ジムリは旅立つ二人に向かい、
「そうですか、わかりました。どうかお気を付けて、旅のご無事を祈っております」
一年前、そう言って送り出したのだが、ジムリがハッキリと思い出したのは・・・。
「詳しくお話を聞いていた訳ではないのですが、確かレゼムからテローペに向かうと・・・」
「テローペ!!?」
エレナは驚いて聞き直した。
「アレン、テローペは私の生まれ育った・・・」
「そうだよ!でも父さん達は一体何をしにテローペに行ったんだろう?それに俺、今まで父さんや母さんから、テローペの話なんて一度も聞いたことなかった!」
「これはその時預かった物です。お渡しするのが遅くなりましたが・・・」
ジムリはそう言うと、大事に仕舞っていた包みをアレンに手渡した。
「これを俺に?」
「はい、当面の生活費にされるようにと・・・。
どうぞお受け取りください」
アレンは3000ゴールドを受け取った。
「よし!レゼムへ行こうよエレナ!!」
「うん!」
アレンの言葉にエレナは即座に返答した。
その時目を覚ましたリサが、二人の会話に驚いてベッドから飛び起きた。
「えっ!? な、な、なんの話をしてるの?レゼムってなに?」
それまでぼ~っとしていたネイルが慌てて答えた。
「お?!オ、オレに聞いているのか?24だ!24!!」
「何が24よ?!」
「おめえの鼻チョウチンの数だよ!さっき寝ている間に数えていたんだ」
リサは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「バカーーーーーーーーーーーッ!!!!!!
あんた何聞いていたのよ!!私が知りたいのは~~~~!!!」
「リサ、俺とエレナはレゼムに行くよ」
突然のアレンの言葉に、リサは一瞬言葉を失った。
「ど、ど、ど、どうしてさ?」
「ごめんねリサ、アレンのご両親、レゼムに行ったそうなの」
エレナが申し訳なさそうにリサに答えた。
「レゼムからテローペに向かったらしい。だから俺とエレナは後を追うよ」
「そうか、なら仕方ねえな・・・。
俺たちに止める権利はねえ」
ネイルはあっさりとそう言ったが、リサは急な出来事にどう答えていいのか分からないでいた。
「そんな~~~~~」
そう言うと、ポロポロと涙を流すのだった。
「レゼム行の船が出るのは、今日で最後です。早く行った方がよろしいですよ。
無事にご両親とお会いできることを、お祈りしています。西の地は危険です。どうぞお気を付けてお行きください」
「ありがとうジムリさん」
俺はジムリさんに心から礼を言った。
「レゼム行の船はこれで最終だよ!
さあ、さあ、急いで、急いで、あんた達で最後だよ!!」
最終便の船乗りは、俺たちに向かってそう叫んでいる。
「本当に行っちゃうんだね。寂しくなるな~~~」
リサは目にいっぱい涙をためて、エレナを見送った。
エレナはリサをギュッと抱きしめ、
「リサ、いろいろありがとう。私も寂しいけど、きっとまた会えるわ。
それまでの間、元気でね」
「みんな、いろいろありがとう」
アレンはリサとネイルを交互に見ながら、お礼を言った。
「アレン!オレはおめえを一人前の男にしてやろうと思っていたんだが・・・。
残念だな」
「あんた!何を企んでいたのよ!!!」
リサがネイルを怒鳴りつけた。
その時、船の出航を知らせるドラが勢いよく鳴り響いた。
ジャーン!!ジャーン!!ジャーン!!
「船が出るぞ~~~~っ!!」
アレンとエレナは船へ乗り込んだ。
「さようなら!リサ、ネイル!今までありがとう!!」
「みんな元気でね。本当にありがとう!!」
さっきまで泣いていたリサも、ニッコリほほ笑んで別れを告げた。
「バイバ~~~イ!!また会おうね~~~~!」
「へ、へ、へ・・・。あばよ、お二人さん!達者でな!!」
よ~し!!それじゃ、出航だーーーーっ!錨をあげろーーーっ!!」
二人を乗せた船は、レゼムへ向けて出航した・・・・・。
そのころソーネリア城の会議室では・・・。
「それでは、白の賢者ネルソン殿。そなたの持つキングラムの黙示録、第二巻について教わりたい」
ソーネリアの王、フラムがネルソンに尋ねた。
「黙示録第一巻に記されている”ゾルド”の魔法は、死者を蘇らせる魔法・・・・。
すなわち、生を与える魔法!」
そう言うとネルソンは手をかざし、魔法で一冊の本を出した。
「だが、ワシが持つ第二巻には、死を与える魔法”ハマン”の事が記されておる」
ガルダインは頷いた。
「死を与える魔法!やはり、そうであったか・・・。
生を与えるゾルドと対を成す魔法ハマン! して、その魔力とはどういうものか?」
ガルダインの問いに、ネルソンは答える。
「うむ、このハマンの魔法こそ、伝説の魔王を倒す事の出来る、唯一絶対の魔法と記されておる!!」
「魔王を倒す事の出来る、唯一絶対の魔法!!?」
「何という凄まじい魔法じゃ!!これさえあれば、伝説の魔王を恐れる事はない!!」
フラム王は歓喜の声を上げた。
「う~~~む。ハマンの魔法とは、それほど恐ろしい威力を持っておったのか!!」
ガルダインは思わず唸り声を上げた。
するとネルソンは、ガルダインの言葉に頷いてこう言った。
「さよう!誠に恐ろしい魔法じゃ。この魔法を使った者の命さえ、奪ってしまうのだからな!!」
「なに!!?使った者にも死を与える魔法!!?」
ガルダインは驚いて叫んだ。
「何と!差し違えの魔法であったか!!」
「さよう!自らの命と引き換えに、相手の命を奪う魔法・・・・。
それがハマンじゃ!」
王は恐る恐る尋ねた。
「では、そのハマンの魔法は、誰にでも扱うことが出来るのだな?
その・・・・命を惜しまぬ者であれば」
しかしガルダインは、王の言葉に対して真逆の意見を唱えた。
「いや!!恐らくは、その逆であろう!!自分の命を引き換えにするとなれば・・・。
人並外れた精神力の持ち主・・・。もしくは、それを宿命と受け止める事の出来る者でなければ、その確実な死の重圧に耐える事は出来ぬはずじゃ!」
ネルソンも、ガルダインの言葉に大きく頷いた。
「その通り!この魔法を使える者は、世界に一人しかおらぬ!!」
「世界に一人だけ!!?」
「そう、ハマンは、死を司る冥界の王・・・。
ハデスと契約を結んだ者だけが使える魔法なのじゃ!」
「冥界の王ハデスとの契約!!??」
驚く皆を代表して、大臣のアルバートがネルソンに尋ねた。
「そ、そのような事の出来る御方とは、一体・・・」
ネルソンは答えた。
「巫女・・・・」
「巫女?」
全員がネルソンの次の言葉を、固唾を呑んで見守った。
「風の谷、テローペの巫女!キングラムの王位継承者じゃ!!」
「キングラムの王位継承者!!?」
王はその言葉に驚きの声を上げたが、それと同時にガルダインも声を上げた。
「なんじゃと!!?テローペの巫女じゃと!!?」
ガルダインの驚きの声に、敏感に反応したのはネルソンであった。
「お主!まさか知っておるのか?テローペの巫女を?」
ガルダインは一瞬鋭い視線をネルソンに向けたが、すぐに打ち消すと、
「いや、わしは知らぬ・・・。
だが、その様な恐ろしい魔法をうら若き乙女が使うとは・・・。
何と言うむごい定めじゃ・・・」
ガルダインはそう言うと深い皺を眉間に寄せ、少し考えた後、王に向かって尋ねた。
「ところで王よ!テローペという地はどこにあるのかご存知ありませぬかな?」
「う~~~む、わしが治めるこの国には、そのような地名は聞いたことことがない」
「ではネルソン。おぬしはどうじゃ?」
ネルソンは即座に答えた。
「わしが治める領地にも、そのような地名は聞いたことがない」
「う~~む・・・。我ら三名が治める国ではないとすれば、残るは西の辺境の地・・・。
キングラム発祥の地、忘れられた大陸アステロニア!」
ガルダインの意見にフラム王は頷いた。
「なるほど、アステロニアか・・・・。
しかし、どうすればあの地に行くことができるのじゃな?」
王の問いに、アルバートが答えた。
「はるか昔“王の道”と呼ばれる、キングラムとドリガンを結ぶ坑道があったと聞きますが・・・」
「うむ、確かに王の道はある。
だが、あの道はキングラムによって封印されておるので、誰もあの道を通る事は出来ぬ」
ネルソンはそう答えた。
「いや、我らは王の道を通り、アステロニアへ行くことになる」
ガルダインの言葉に、ネルソンが異を唱えた。
「封印されし道を行くと言うのか?あの道の扉は、今まで誰も開くことが出来なかったのだぞ!」
ガルダインは即座に言った。
「ワシが封印を解こう!!」
「な、なんと!!あの扉の封印を解けるのか!!?」
ネルソンは驚いてガルダインに尋ねた。
「うむ!ワシの持つ黙示録第一巻には、その呪文が記されておるのじゃ」
「黙示録第一巻に!?ワシの持つ黙示録第二巻には、その事は記されてなかったが・・・」
そこまで言うと、ネルソンは険しい表情を一転してこう告げた。
「ならば、話は早い!すぐに準備にかかりましよう!!」
「ところでネルソンよ!巫女を捜す手掛かりは無いのか?彼の地を捜すにしても、巫女と言うだけでは手の打ちようがない。何か特徴のようなものがあれば・・・」
ガルダインの問いにネルソンは答えた。
「手掛かりなら、ひとつだけある」
「む、む!!手掛かりがあるとな?」
王は身を乗り出して尋ね、大臣のアルバートは答えを即した。
「魔王を倒すには、そのテローペの巫女様を捜さねばなりませぬ。
ぜひ、その手掛かりを教えてくださいネルソン殿」
「ハデスとの契約を交わした者は、身体のどこかに必ず契約の印が現れる・・・」
「その印とは、いかなる形をしているのですか?」
「黒い三日月に、墓標のマーク・・・。それがハデスとの契約の印じゃ!!」
ネルソンは、黙示録第二巻に描かれている契約の印を指さした。
「なんと恐ろしい!細い三日月の底部に、十字架とは・・・」




