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8話

 目の前にいる巨大な狼。その姿に圧倒され、コウキ達は動けなくなっていた。


「グルルルル……」

 狼はコウキ達を見て、唸り声を上げる。その声で我に返ったコウキ達は慌てて身構え、次の瞬間横へ飛んで噛みつこうとした口を回避する。


「ガルゥ」

 自分の攻撃を避けられた狼だが、それでも特に焦る事もなくコウキ達を観察している。


「危ないわね。身体はちゃんと動くみたいね、コウキ。」

「うん。どうやら鑑定士が戦えないというのは、鑑定士という職業の戦闘での能力向上効果がないだけで、能力を下げているわけじゃなさそうだよ。」

 一方のコウキ達もまだ余裕がある。


 実は彼らにとって、戦闘は慣れないことではない。コウキにしてみれば昔から好奇心が強い上、それを満たすための努力は苦ではなかったので、村の外での探索の際などでモンスターや熊などの動物と戦った経験があり、アリスはコウキと一緒に行動することが多く、自然と慣れていた。


 だが、それでもこれ程の大きさの相手と戦ったことなどない。一度か二度は熊を殺したが、それも大人が一緒にいた上、そこまでの大きさでは無かった。だからこそ、コウキは自分が支援に徹し、アリスの一撃で倒すべきだと判断する。

 が、アリスは、

「……決めたわ!コウキの今日の修行はこの狼を倒す事にしましょう!」

「嘘でしょ!」

「ううん、嘘じゃないわ。危なくなったら私も戦うから、頑張って。」

 そう言って後ろに跳躍し、狼と距離をとる。その様子を見て、これ以上言っても無駄だと判断したコウキは、仕方なく狼と対峙する。


 コウキの持つ武器は長剣。それなりに品質が良い、これまでコウキが戦うときには必ずと言っていい程使用した愛用品である。腰につけたポーチの中身を確認しながら、コウキは考える。


 (この狼、明らかに異質だ。森の中でも上位者のオーガと戦ったはずなのに目立った傷は無いし、そもそもこの森にこんな大きさの狼型のモンスターはいない……いや、そんな事を考えている場合じゃない、か)


 一人で対峙するコウキを見てチャンスと思ったか、舐められていると感じたのか。どちらかは分からないが明らかにコウキの隙を伺っている狼を見てコウキは内心、ため息を吐く。


「ガゥ!」

 そんな声と共に噛みつこうとしてくる狼。それを紙一重で避けたコウキは背後から迫る音に気づき、そちらを向いて慌ててかがむ。


 ブォン、と音がして何かがコウキの頭の上を通り抜けた。それは尻尾だった。


 (これ、ほぼ鞭じゃない?剣で防ぐなんて無理そうだし……せめて何か情報があれば……情報?そういえば)


 そこまで考えたところでコウキは二メートル程吹き飛ぶ。痛みに顔をしかめるが、結果としてはまだ良い方だろう。何しろ生身で受けたならコウキが引き裂かれそうな爪を剣で受け止めたのだから。 


「大丈夫?コウキ。」

 流石に心配になったアリスは後ろから近づき声を掛ける。

 しかし、

「うん、一応……さっき思いついたことがあるからもう少しだけ任せて。」

 そう言うコウキの顔には間違いなくその方法が上手くいくか実験したいと書いてあった。

 後ろにいたためその顔は見えなかったアリスだが、声でその事を理解して少し離れる。……コウキが失敗しても傷付くことの無いように身構えながらだが。


 (確か本には、モンスターの素材が何に使えるかを調べるのは鑑定士の仕事の一つだと書いてあった。なら、生物の情報も出てくるかもしれない。)


「鑑定“解析”!」

 その途端、無生物を調べた時よりも多くの情報がコウキの頭を駆け巡る。しかし、勇者の職業を鑑定した時よりはよほど少なく、軽く驚く程度で済む。


 だが、情報の整理をして、コウキは先ほどよりも大きく、顔を驚きで歪ませる。


 (フォレストウルフって名前なのは分かる。けど、変異種って何だ?亜種とかは聞いた事があるけど……)


 思考の海に沈みそうになるコウキだったが、体中鑑定される感触を嫌がったのか、フォレストウルフの攻撃が急に激しくなり、コウキを現実へ引き戻す。 


(先ずはこいつを倒してからか。)


 そして、怒り故か単調になってきたフォレストウルフの攻撃を避け、受け流しつつ、先程の情報で得た弱点を探す。


 (見つけた!)


 爪を当てようと大きく振りかぶったフォレストウルフの右前足。全身が黒い毛で覆われているフォレストウルフではあるが、その付け根の辺りだけ毛がなくなっていた。その部分をめがけ、コウキは思い切り長剣を突き刺した。


「ギャン!?」

 今まで防戦一方だった相手からの反撃が意外に痛かった為か、悲鳴を上げめちゃくちゃに足を振り回すフォレストウルフ。

 コウキは素早くその場を離れ、ポーチからナイフを取り出し、投擲した。ナイフは見事に左眼に突き刺さり、それを取りたがったフォレストウルフは、更に目にナイフを突き刺してしまう。そのままのたうちまわり、数分後に息絶えた。


「……あれ?」

 それは、とどめを刺す隙を窺っていたコウキにとっては予想外の出来事だった。

 どこか釈然としない気持ちのまま、長剣をフォレストウルフの後ろ足に突き刺し、生きていないことを確認する。


 そんなコウキに対し、

「やったわね。あれは解析で相手の身体的特徴を掴んだの?」

 と、聞くアリス。身構えていたのに何も無かったからか、不満を少し表情に出している。


 そんなアリスの顔を見て、コウキは少し疑問に思うものの、下手に突けば藪蛇になると判断し、素直に質問に答える。


「そうだよ。情報が多すぎて、相手が動いたら咄嗟に動けないけど。」

 慣れていけば何とかなるかも、と思いつつふと戦闘中のことを思い出す。


「このフォレストウルフ、変異種って情報だったんだけど。何か知ってる?」

「変異種?……知らないわね。そもそも通常のフォレストウルフを知らないからなんとも言えないわ。」

 それもそうかと思い、質問をやめるコウキ。

 

 すると、

「次は私が頑張る番ね。」

 アリスの声に首を傾げる。そんなコウキにアリスは呆れた様子で、

「あのねぇ、このフォレストウルフどうするつもりだったのよ。置いてくつもりなの?」

「いや、でも何でそれでアリスが頑張るのさ。」

「あぁ、なんか、勇者は闇以外の六つの基本属性魔法と、いくらか特殊魔法が使えるみたいなのよ。それには時空間魔法も含まれているの。」

 そこまで聞けばコウキにも分かる。


「成る程、背嚢にでも空間拡張を使うのか。」

「そう言う事。」

 そしてそのままアリスは時空間魔法の練習に入り、その後成功するまで一時間程練習し続け、ようやくフォレストウルフの巨体が入るようになった。

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