6話
スパービアがいなくなった後、瓦礫だらけの場所で、誰も声を発することが出来なかった。アリスは、逃げ遅れて二人の戦いを見ていることしかできなかった人々に遠巻きにされながら、両親の死体を見つめていた。
「今のは……一体……?」
ようやく跡地に音を戻したのは、スパービアが消え去るところに丁度来たコウキだった。
爆発の方向にアリスの家があることを思い出し、魔人の襲撃だと予想していた彼は、当然のようにアリスが魔人を倒すところを想像しており、目の前の光景が理解出来なかった。
「っ、おじさん!?おばさんも!?」
自分とも親交のあったアリスの両親が見るも無惨な姿になっていることに気付いた彼は、驚きの声を上げた。
「な、何があった?」
思わず上げたコウキの声に、近くにいた男が反応した。
「コウキか、見ていなかったのか?」
「……うん。」
「多分、魔人の襲撃だ。煙であまり見えなかったし、人間にしか見えなかったけど……正直、勇者相手に普通の人間が戦えるわけないだろうから、魔人で間違いないだろ。」
そう言いながらも、男の顔には不信の色がある。勇者が強いのは分かっているが、魔人相手に負けていて、魔王に勝てるのか、と。コウキもそれに気付き、なんと言うべきか迷った。
だが、
「お、おい。コウキ、何があった?」
背後から声をかけられ、言葉を飲み込む。そちらを向くと、トール達三人がいて、アリスとその両親の遺体を見て、言葉を失っていた。
「僕も今来たところだからよく分からない。状況からして、魔人の襲撃だって聞いたけど。」
「そうか……アリスのところへは行かなくて良いのか?」
「そろそろ行かないとね。……昔から泣いたアリスを慰めたことはあったけど、今回は無理かも知れないな。」
最後の方は口の中だけで呟き、それでもアリスをとにかく休ませる必要があると判断したコウキは、アリスの方へ向かう。
途中、アガンや、挨拶回りでコウキを睨み付けて来た男達が巻き込まれたく無いとでも言いたげに視線を逸らしている様子を見、
(なんだかんだでアリスのことを心配して僕に任せたトール達はともかく、何でこいつらは心配する様子すら見せないんだろ……?)
などと考えていた。
アリスは未だ放心状態にあり、コウキが目の前に立っても気付かなかった。
「アリス……アリス……アリス!一度休もう。な?」
三度目に呼ばれて、初めて気付いたらしく、びっくりして顔を上げるアリスにコウキは少し安心する。
「……うん、分かった。」
アリスが家にいる時に襲撃が起きたので、アリスの家は瓦礫の山と化している。そこでコウキは、取り敢えず自分の家で休ませることにするのであった。
コウキがアリスを家に上げると、そこでは既にコウキの両親が待っていた。彼らは直ぐにアリスの様子がおかしいことに気付き、事情も聞かずにコウキの部屋へ二人を入れた。
コウキの部屋へ入れた理由は、単純に部屋数が少なかったのと、アリスが入り慣れていて落ち着くだろうとの配慮である。
部屋に入ると、アリスは明日以降使う予定だった寝袋に入り、寝る態勢になった。それを確認したコウキは部屋を出ようとしたものの、アリスに、少し話を聞いてほしい、と言われ、床に座ることにした。
「ねぇ、やっぱりお母さんとお父さんは……」
「……うん、この村にはあの状態から怪我を治せる神官や治癒魔法の使い手はいないし、そもそも王都でも難しいと思うから。」
アリスの言葉に微妙に会話の焦点をずらすコウキ、今の状態のアリスに現実をそのまま伝えて良いものかと言う心の迷いが如実に現れている。
「……はっきり言って。お母さんもお父さんも……死んでしまったんでしょう?」
躊躇しながらも言葉を濁さないアリスに、コウキも覚悟を決めた。
「うん。そうだよ。」
「……そう。……他の人に被害は?」
「無いよ。アリスが守ったんだよ。」
「……うん。」
アリスを励まそうとした言葉だが、その言葉は両親を守れなかった現実を思い出させたらしい。堪えようとするものの、涙がこぼれ出ていた。
……最も、これは心を許せる人間と二人きりであるということも影響しているだろうが。
「うっ……ひっく……私のせいで……私の……せいで……お母さんも……お父……さんも……」
泣き始めたアリスに、コウキは判断に迷うが、ふと小さい頃を思い出して頭を撫でる。
そのまましばらくし、アリスは泣き疲れて眠ってしまった。コウキは足音を立てないように立ち上がり、部屋を出た。
部屋を出たコウキは、両親に事情を説明した。何があったのかは既に知っていたらしく、これから村議会があるから一緒に来いと言う両親に、コウキは部屋に残して来たアリスのことを一瞬考えるも、流石にもう襲撃はないと自分に言い聞かせ、首肯した。
集会所で、村議会は紛糾していた。主に二つの意見に別れ、一方は、このままアリスを置いておけば何があるか分からないから直ぐにでも追い出すべき、もう一方は、結局アリスの身内以外に被害はなかったから、勇者にも関わらず安易に村を襲われた責任を取ってもらい、常駐戦力とするべきとそれぞれ主張して、随分と長い時間話していた。
そんな中、コウキは三割の驚愕と七割の憤怒を覚えていた。
(この中にアリスのことを本当に考えている、アリスのことを見てやっている人は殆どいない。このそこまで大きくもない村で今まで一緒に生活してきたというのに……)
コウキはチラリと両親を見ると、静観していた二人は揃って頷いた。それを好きにしろ、という意味に捉えたコウキは、声を上げた。
「アリスの容態とかの質問はないんですか?あれだけぼろぼろだったんですよ?少しは気遣ったらどうです?」
「何を言ってるんだ?アリスが戦うのは勇者としての義務だろう?気遣う必要がどこにある」
心からと言った様子の疑問に、コウキは戦慄する。明らかにアリスを人間として見ていない、その言葉にコウキ以外にも衝撃を受ける人がいた。それは……
「……っ。」
どさりと音を立てて転んだアリスその人だ。
何故アリスがここにいるのか、と混乱するコウキであったが、恐らく起きて誰も居なかったから探しにきたのだろうと推測する。
直前の声にならない悲しみの声を偶々聞いた、女性が扉を開けた時である。その姿はコウキからも見えて、反射的にコウキは駆け出した。
コウキは中々追い付けなかった。それは後ろからの音を聞いたアリスも駆け出したからである。もう村を出てしまう。
そう判断したコウキは
「アリス!待ってくれ」
そう、呼び掛けた。
「……コウキ?」
呆けたように呟き、止まったアリスに追い付いたコウキ。
しかし、追い掛ける前に何も考えておらず、とっさに言葉が出ない。そんなコウキに
「私、何のために戦うのかな」
アリスは問いかける。
「守りたい人は居なくなった。みんなには魔王を倒す道具として扱われる。近くに残ったのは相棒一人……ねぇ、一体何のために戦うのかな」
問いかけと言うより、ほぼ独白。答えは求めていないのかもしれない。
だが、コウキは
「うーん……復讐?」
答える。
それはアリスの予想の斜め上の回答で……
「勇者なのに?」
「うん。」
そっか、と呟くアリスはどこか吹っ切れていた。
「もう、行かない?」
「旅に?」
「旅に」
突然の提案に驚くコウキだが、それもまたアリスらしく……
「了解」
アリスらしさが戻ったことに安心しつつ、了承するのであった。




