49話
「……魔王の配下が貴族を殺害した、と。それは中々に予想外じゃのう。」
コウキとアリスの説明が終わり、最初に反応したのはやはりトマスであった。
「今更だけど、僕たちが聞いていい話ではなかったね。」
「うん。国に狙われたりしたらどうしよう。」
「あのな、コウキ達が他言無用と言ったんだぞ。何らかの理由があったのは分かってただろ。」
不安げに話し始めたトールとミルに、ジンが彼自身聞いたことを後悔しながらも諭す。
「まぁ、流石に国に狙われるなんてことはないでしょうけど……言いふらしたりしたらどうなるか分からないわね。」
たっぷりと間を開けて言ったアリス。本人に脅すつもりはないようだが、それを聞いたトール達は顔を引きつらせていた。
「そのことは取り敢えず今は気にしなくて良いじゃろ。話を戻すと勇者達、いやアリスとコウキはそれの報告の為に戻って来たということでいいんじゃな?」
「はい、そうです。……僕たちでは止められませんでしたし、少し気になる事も。」
コウキがそう言うと、咎めるような目線が横から彼を貫く。
「ふむ、その気になる事。それは教えてはもらえないようじゃの。」
「……そう、ですね。難しいです。」
アリスのただならぬ様子を見て、トマスが残念そうに言ったのに対し、コウキがアリスを見つめながら返答する。
「ねぇ、どうせ謁見するまで時間が必要でしょ?だから久しぶりにみんなで行動しない?」
「それは良いね。」
「俺も賛成だ。」
ミルの提案にすぐさま乗るトールとジン。
それを見てコウキがアリスを見ると、アリスもまたコウキを見ていた。
「勿論僕も良いよ。」
アリスの反応から大丈夫なのだろうと感じたコウキは、自分の言葉に頷くアリスを見て胸を撫で下ろす。
「儂は途中までにしておこう。邪魔をしては悪いからの。」
「そんなに気にしなくても……」
「いやいや、トール。友人は大切にしなければならん。久しぶりに会ったのならば余計にじゃ。……それに、のう?」
トールを諭したトマスは、自分の隣を流し見る。
視線の先には不貞腐れた表情に見えるアガンがいた。
納得したコウキ達は、その場でトマスとアガンと別れると、店を出て行った。
「それにしても……気になる事じゃと?この気配に気付いておるなら、わざわざそんな言い方はせんじゃろうし……そうは思わんか?アガン。」
五人が店を出て行くのを見送り、暫くしてトマスが言う。
「……一体何の話だ?」
「ふむ?自分の出自を知らないとでも言うのか?それとも惚けておるのかのう。」
トマスが続けた言葉に、アガンは驚愕の表情を浮かべて老爺を見る。
「成る程のう。まさか気付かれていると思わなかった、と言うのが正解じゃったか。」
「……どうして……?」
「簡単なことじゃよ。儂は五十年前に、魔王は死んでいないと主張する魔人の集団に出会った。その時に彼等から感じた気配を、微かだが君の身体からは感じる。」
「…………」
理解出来ない、と言った目でトマスを見つめるアガン。それを見てトマスは付け加える。
「それに、アリスとミルを避けているように見えてのう。昔から神官や勇者は神聖な気配を帯びると言われておる。魔人の子孫が苦手とするのも無理はないじゃろうて。」
穏やかに言い切ったトマス。そんなトマスをアガンは初めて真っ直ぐ見つめた。
「……俺をどうする気だ?」
「どうする気、とな?」
「わざわざあいつらがいなくなってから告げたんだ。何らかの理由があるんだろう?だから聞く。俺をどうする気だ?」
そう聞いたアガンの目はどこまでも真剣であり、トマスは、
「……ホ、ホ、ホホホ」
笑い出した。しかし、その目は笑っていない。
「最初に言った通りじゃよ。この王都周辺で強力な魔人の気配がするのじゃ。それこそ、アガンとは比較にならない程の個体じゃな。まぁ、残り香かも知れんがのう。」
「……それがどうした。俺には関係のないことだろ。」
「果たしてそうかのう?魔人は個体数が少ないが故に種属意識が強いと聞く。仲間の気配くらい簡単に追える筈じゃ。」
「…………」
「どうじゃ、協力する気はないかの?」
黙り込んだアガンに、既に穏やかな表情が欠けらも見えないトマスが眼光鋭く尋ねる。
「「……………………」」
沈黙。
先にそれを破ったのは、アガンだった。
「……分かった。協力する。俺自身、自分以外の魔人なんて感じるのは二回目だが……気配だけなら前に感じた奴と比べて勝るとも劣らないようで気になっていたんだ。」
「なんと……まさかそれ程とは。」
パーティでの旅の最中、既に村にスパービアが出たことをトール達がトマスに話していた。それを受けての発言である。
「ただ、一つ聞かせろ。何故そんな真似をするんだ?」
「……昔、まだ冒険者を現役でしていた頃。儂は強かった。これは自慢でもなんでもない、紛れもない事実じゃ。と、今なら言えるのじゃが、当時は若かったからのう。調子に乗って北の魔大陸へ行ったんじゃよ。」
「な……」
「無論、すぐに自身の慢心を思い知り、敗走の果てに逃げ込んだのが、魔人や魔物を寄せ付けない不思議な塔じゃった。そこである文献、いや日記と言うべきかの。とにかく書物を見て、一般的に聞く魔王について疑問を持っての、今回がチャンスと踏んだ訳じゃ。」
そう語る老爺からは、とても老人とは思えない程の活力を感じ、アガンは思わず後ずさる。
十分後、彼等の姿は店内には存在していなかった。




