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5話

「ふあぁ……」

 コウキは目を覚ますと自分が床で寝ていることに気付く。


 (あれ?昨日はアリスと話し合いをしてて……)


 そこまで考えたところで自分の隣で寝ているアリスに気付く。


 (結局どっちも寝たのか。確か昨日決めたのは明日まず向かう場所と、僕の訓練方法だったっけ。)


 そんなことを考えながらアリスを見ていると、自分の中にある種の欲望が湧いていることを感じた。


 (ちょっとくらいなら良いよな。)


 そう思い、小さく呟く。


「鑑定“職業鑑定”」

 次の瞬間、情報にコウキの頭は埋め尽くされた。痛みさえ感じる程の情報量に、呻き声を上げるも、持ち前の好奇心に動かされ、情報の整理を始める。


 (神気を纏っている、か。でも神気の説明は無い。この辺りは後で神気を発している時にこっそり鑑定しないと。勇者という職業自体には特に効果はないのか、魔法の威力調整くらいと……あれ?鑑定ってこんな詳しく調べられたか?まぁ、いいか。)


 悪い事では無いし、と思い直し、アリスが起きる前に鑑定をやめた。


 実際、普通のなったばかりの鑑定士なら、名前を調べるのが精一杯である。鑑定を続けていれば精度は上がるが、それも何十年とかけてだ。

 これは適性もあるが、もっと大きな理由がある。それはコウキ本人の精神に影響しているのだが……既に別の考えに没頭するコウキが気づかないのは、無理からぬ話である。


 (というか、最初の情報の量、神官を調べた時より余程多かったな。職業としての格が違うのか?)


 そうコウキが思考を重ねていると、

「もう鑑定は終わったの?」

 声をかけられ、コウキは酷く驚く。


「気付いてたの?」

「当たり前よ。感謝してね、勝手に抵抗しそうになるから抑えてたのよ。」

 魔法や鑑定というのは抵抗することが出来る。いや、出来ると言うより、基本的に身体に有益な回復魔法や補助魔法などの例外以外は勝手に身体は抵抗し、威力や効果を弱める。病気に対する免疫のようなものだ。

 これは、身体の耐久力や精神の強さに頼っており、一般の人間は殆どその力を持っていないが、勇者ともなると別格なのだろう。


「それよりも、何で黙って鑑定を始めたのよ。びっくりして起きちゃったわ。」

「いや、勝手にしたら失礼だって、よく聞くし。」

「別にそんなのプライバシーさえ守ってくれれば構わないわ。これから相棒として一緒に行動するんだし。」

 そう言いながらも少し不満そうな顔をしているのは、やはり勝手に鑑定されたことに思うところがあったのか、それとも信用されていないと感じた為か。


「で?今日はこれからどうするの?やっぱり訓練しておく?それとも体を休めて明日に備える?」

「いや、まずは村のみんなに挨拶しないと。みんなそのつもりだろうし。」

 そうアリスに突っ込みながらも、コウキはそれを面倒だと感じていた。彼としてもトールやジン、ミルとの挨拶はするべきだと思っている。

 だが、アリスは村でも男衆に非常に人気があり、その相棒となったコウキに何かしらやっかみが飛んでくる可能性は高かった。

「そういえばそんなのもあったわね。……ねぇ、トール達だけに挨拶して家に帰って来ない?」

 どうやらアリスも男衆に好かれていることを少々面倒に感じているらしい、とコウキも理解した。同時に家というのはちゃんと各々自分の家のことだよな、と思ったが、口に出せばとんだ藪蛇になりそうで言えなかった。

 代わりに、

「それは後で面倒くさくなるよ、逆に。ほらアガンとか絶対何か言ってくるじゃないか。」

 そう言ってため息を吐く。


 「確かに。彼も少しは成長してほしいものね。村長の息子であっても無条件で偉ぶるのはやめてほしいわ。」

 彼女もそう言ってため息を吐く。だが、コウキからすれば問題はそこだけでは無いと思える。しかし、アリスのせいでは決してないし、アガンにしても自分の気持ちをはっきりと自覚しているように見えないので、コウキは何も言えなかった。


 雰囲気が少し暗くなり、アリスが空気を変えようと口を開いたところで、

「コウキー!そろそろ準備しないと、今日の挨拶が終わらないわよ。」

 部屋の外から聞こえた声に二人は顔を見合わせた。




 扉を開けて、コウキが顔を見せると、コウキの母は目敏くアリスを見つけた。


「あら?アリスちゃん、帰ってなかったの?」

「あ、はい。昨日話している途中で寝ちゃったようで……」

 彼女はアリスの方を微笑ましそうに見てから、コウキに目を向け、

「まぁ、これからの予行練習と思えば良いでしょう。……コウキ、あなたアリスちゃんのこと勝手に鑑定したりしては駄目よ。」

 何の気なしに言った言葉だろうが、アリスに続き、母親にも自分の行動を見透かされたコウキは頬を引きつらせた。それに気付かず、あるいは気付いていたとしても無視して、彼女は居間へ戻って行った。




 夕方、挨拶回りで疲れ果てたコウキは、部屋のベッドで横になっていた。


 (男は老子と子供以外ほぼ全員が睨みつけてきたからな……別に僕が自分から選ばれにいったわけじゃないんだけど……)


 最早、暴力的とも言える視線に晒され、明日に備えて寝ることにしたコウキだが、何故か中々寝付けない。


(何だろ。明日に向けて精神が高揚してる?でも、なんかそれにしては妙な感じが……)


 刹那、日が沈みかけ暗くなり始めていた村が、光に包まれて昼間のようになる。それに付随するように爆音が響き、コウキの鼓膜を震わせる。


「っ!?……今のは一体……?」

 窓の外を覗いたコウキは、そこに大量の煙が広がり上っていこうとしているのを見て混乱する。今度は悲鳴や怒号がコウキの鼓膜へ到達し、その声がコウキに冷静さを取り戻させる。

「爆発……何が原因だ?」

 そう呟いたコウキは、人々が逃げ惑う中を一人逆走し、煙が出ている方向へと走り出す。

 その爆発が何を示すかに気づかないまま。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 

 その頃、アリスは文字通り死力を尽くして戦っていた。


「ふむ、勇者と言えども生まれたばかりではな。面白くも無い。」

 既に傷だらけになった身体を無理矢理起こし、攻撃を放つも受け流され、次の瞬間には爆風に吹き飛ばされる。

 アリスにとって、目の前の人間は化け物としか言いようがなかった。いや、最初のやり取りからするに人間では無い。

 しかし、この辺りでは見かけない格好ではあるものの、顔は彫りが深く、筋骨隆々な美青年。上半身が裸で、動きやすそうなズボンを履いた男はミスマッチではあるものの何故かそれがしっかりくるように成り立っており、勇者としての五感さえ目の前の化け物を人間と認識していた。



『俺は八魔将が一人、スパービアだ。よろしくな、勇者。』

 そう言って襲ってきた男に、当初は生かして捕らえようなどと考えていた自分を殴りたい。そんなことを現実逃避気味に考える程絶望的な戦い。

 明らかに格が違った。だが、自分が戦わなければ誰かが犠牲になる。そう思い、立とうとしたアリスはスパービアの行動を見て、


「やめてぇぇぇ!」

 叫んだ。


 彼女の視線の先には、スパービアと……スパービアに首を掴まれ、持ち上げられる男女。彼女の両親がいた。


 そんなアリスを一瞥し、スパービアは折った。見せ付けるように、音を立てて、アリスの両親の首を、折った。そして、次に胸を素手で貫き、中をグチャグチャと音を立て、かき回し、無造作に捨てた。


 まるで興味のなくなった玩具のように。


「こんなものか、これで命令は完遂。勇者はこのままだったな。」

 そして、絶望と恐怖に顔を歪ませ、顔面蒼白なアリスを見て、楽しそうに、本当に楽しそうに、笑い声を上げた。


 次の瞬間、彼は既に居なくなっていた。
























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