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45話

 青年は自分の居城へと戻っていた。自身の直属の部下に任務をさせたからには間違いは起こらない、そう思いつつ何か直感めいたものが警鐘を鳴らしていた。

 彼にとって友人は失いたくないもので、その為に自身の嘘を隠す必要があったのだ。


 彼は一つ、溜息を吐く。


「どうされました?ゼルス様。」

 青年……ゼルスは、後ろから聞こえてきた声に驚いた顔をする。


「お気付きではありませんでしたか。随分と考え込んでおられたようですが、ナニゴトデ……失礼しました。何事ですか?」

 ゼルスが振り向くと、そこには取りすました顔をした女性がいた。


「そうだな。それにしても、未だ力は上手く扱えないみたいだな。」

「申し訳ありません。貴方様が私に気付かない程考えに夢中になっていると考えると、どうしても……」

「ふむ。まぁ、慣れづらい力ではあるからな。しかし、勇者がさらに力をつける前に使いこなせるようになってもらわねばいけない。……そろそろ交代の時期であるのだろう。」

「精進します。」

 二人はそのまま向かい合って椅子へと座る。最も、女性……インウィディアの方は勧められる椅子を何度も辞退してから漸く折れて座ったのだが。




「それにしても、何を考えていたのですか?」

 インウィディアは遠慮がちでありながらもはっきりと聞いた。


「あぁ、言っていなかったか。コウキ達のことだ。」

「勇者の方ではないのですか?」

 アリスの名よりもコウキの名が出てきた事に驚くインウィディア。


「アリスも友人だが、コウキはな。何というか昔を思い出すのだ。」

「昔、ですか。」

「あぁ、君が生まれるずっと前の話だがな。」

「……そうですか。話して、頂けませんか?」

 そう聞かれゼルスは目を瞑る。

 やがて開くと、彼は小さく頷いた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 今より数えて何千年も前。正確な年数は分からない。もしかしたら一万年を超えているのかもしれない。

 そんな時に彼は兄や姉達と遊んでいた。ここでいう彼とは勿論ゼルスのことである。


「シュナト兄さん。今日は何するの?」

「お、ゼルスか。そうだな、下に行ってみるか。」

「下?」

「あぁ、下だ。」

 ゼルスはよく分からないままシュナトについて行く。

 気が付けば、ドロドロとしていた何かが固まり始めたような場所へと出ていた。周辺一帯はそれが広がっていて、その周りでは大量の液体が今立っている場所を取り囲んでいた。


「着いたぞ、ここが下だ。」

「ここが下?」

「あぁ。」

 そんな会話をし、ゼルスが物珍しさに辺りを眺めていると、


「あら、シュナトラスさん。どうしてゼルスがいるの?」

 いつの間にかゼルスの目の前には背の低い女性がいた。


「シャ、シャマラン!?こ、これはだな。その、そう俺たちの仕事の見学だ。」

「シュ・ナ・ト・ラ・スさん?」

 シュナトラスに玉のような汗が浮かび始める。そして、急いで膝を折り、体勢を低くするとゼルスの後ろに隠れた。


「え?に、兄さん?」

「もう、本当に……」

 頭を抱え始めたシャマランを見て、シュナトラスはガッツポーズをし、


「はい、無駄ですよ。」

「あ!?」

 あっさりと背後に回り込んだシャマランに叱られる。


「…………分かったかしら?では、私が言ったことを要約して言いなさい。」

「ゼルスは未だ幼く、また、未だここも不安定であるため、ゼルスはまだ連れてくるべきではありません。」

 同じような内容を正座のまま懇々と説教され、死んだ魚のような目になって言うシュナトラス。


「良くできました。もう正座は解いていいわよ。」

「ありがとうございます!」

 立ち上がるシュナトラス。何故かドロドロの何かは衣服に全く付いていない。


「分かったなら、ほらゼルス、行くわよ。」

「はい。シャマラン姉さん。」

「お、おい。俺を置いてくなよ。」

 その後、三人は元の場所に戻ると、他の兄姉も交えて遊んでいた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「……と、これが楽しかった頃の記憶の一部だな。」

 ゼルスは手元に出現させていた幻覚を消すと、そう言った。


「……どうした?」

 何故かインウィディアが何も反応せず、何があったのかと疑問に思うゼルス。


「可愛い……」

「え?」

「可愛かったです。小さいゼルス様!」

 叫ぶインウィディアに唖然とするゼルス。まさかそんな反応をされるとは思っても見なかったのだろう。


「……オホン。それで、勇者の相棒が先程の人達の雰囲気に似ていると言うことですか?」

 五分後、漸く落ち着いたインウィディアが質問する。


「何というかな、接していて落ち着くのだ。」

「成る程。私もそういう方向性を目指しますか。」

「いや、君は今のままで十分楽しいから大丈夫だ。」

「そうですか……また、聞かせていただけますか?」

「機会があればな。」

 そう言って、ゼルスは笑う。それは決して破顔とは呼べないが、ここ数千年では殆ど出さなくなった表情であった。

 

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