43話
断末魔の叫び。そうとしか表現出来ない声が大気を震わせる。
コウキは漸く自分の意思に従い始め、動かすことができるようになった身体を、未だ少し震わせていた。止まっている間緊張から息を止めてしまっていたのだろう、息も荒くなっている。
「急ぐわよ。今の悲鳴、明らかにあいつが何かしたわ。」
一足先に硬直状態から脱したアリスが声を掛ける。身体に異常は無いものの、負けたようなものであるのに平然としているように見えるのは一度スパービアに徹底的にやられたからか。
「そうだね……でも、止められるとは思えないよ?」
「確かにそうかもしれないわ。それでも、」
そこで言葉を区切るアリス。瞳には強い決意が見える。
「私と同じ境遇の人を生み出したくはないし、あいつを止めることで魔王の思惑が外れると考えれば……一種の復讐になるじゃない。」
後半は冗談めかして言ったアリスだが、それが本気であることは長年一緒に過ごしてきたコウキにはよく分かる。
(むしろ後半が本命だよね……理由の割合としては前半が三分、後半が七分くらいだろうな……)
アリスの内心を正確に読み取り、復讐に固執し始めているようにも見える彼女に、コウキは苦笑し、同時に心配もする。
しかし、コウキがアリスの内心を殆ど読み取れるように、アリスもまたコウキに同じことができる。
「心配しなくても私は今、コウキに心配された事を嬉しいと感じられたわ。人として、大事なものはちゃんと残ってるわ。だからきっと、コウキが思っているようなことにはならない筈よ……多分。」
「多分って……」
「フッ、フフフフフ」
「ハハハハハ」
力説した後に自信なさそうに付け加えた言葉に思わずジト目と共にツッコミを入れるコウキ。
そんなコウキの様子に、アリスは笑ってしまい、コウキもそれにつられて笑う。
ひとしきり笑った彼らは、呼吸が落ち着くと視線を交わし合い、どちらからともなく屋敷へと走り出した。コウキの身の震えは、既に止まっていた。
イラがあけたと思われる大穴から入った二人は、そのまま壁にあいた穴を目印に、屋敷の中を歩いていた。
イラとの戦闘前までいた応接室と思われる部屋に入ると、血の臭いが二人の鼻につく。眉を顰めたコウキは部屋を見渡すも、隣の部屋へと続く大穴しか無い。その上、臭いはそちらの部屋から漂っている。
「なっ……」
コウキが隣の部屋へと顔を覗かせ、思わず漏らした声に、アリスもまた覗き、顔を顰める。
「これは……すごいわね。」
部屋にいた、いや、あったのはモルド伯爵……の死体。この屋敷の家主である。
一見すれば外傷がないように見えるが、コウキもアリスも優れた観察眼を持ち、何より何度も戦闘に関わってきた人間。その異常さにはすぐに気付いた。
「うん、頭蓋骨以外の全身の骨が全部折られてる。ご丁寧なことに骨の重心を狙ってるから、相当な回数やられたんだね。」
その残酷ではあるが、技術の高さを感じさせる殺し方に、二人は戦慄を禁じ得ない。
その後、二人は以前から用意しておいたアリスの時空間魔法のかかった袋にモルド伯爵の死体を入れると、他に人がいないかを探し始めた。
尚、モルド伯爵の死体があった部屋には穴が一つしかあいておらず、イラがどこへ行ったのかは不明のままである。
「……わねぇ。」
「そうですね。旦那様は基本的にあの部屋に人を入れたがりませんから。」
「僕としては何か事故に遭っててくれればと思うのだけれど。」
「ジール、そんな事を言ってはいけないわ。」
コウキ達が屋敷の他の人を探して数分。途中で死体に出会うことはもうなく、ホールと思しき場所に辿り着くと、執事やメイド達が集まっていた。
コウキ達が姿を見せると気付いた人達が振り向き、代表して執事の一人が声を掛ける。
「これは勇者様方。先程何かすごい音がしましたが、何かあったのでしょうか?」
「えぇ、少しね。ところで、貴方達はどうしてここに?伯爵の世話はいいのかしら?」
「あぁ、その事ですか。普段は仕えさせていただいておりますが、応接室にいると時折外に出るように言われるのです。何があっても安全だから声を掛けるまでは入るなと言われておりましたので、声を掛けた後避難場所であるここへと来た次第です。」
「……そう。」
伯爵が既に息絶えていることを敢えて言わなかったアリス。執事の返事を聞いて少し考え込むと、納得したように頷き、話し始める。
「ごめんなさい、少し話さなければいけないことがあるの。」
「何ですかな。」
先程の執事が答える。周りの使用人達も聞き耳を立てている。
「先程、モルド伯爵の遺体を発見したわ。」
私事により、投稿が遅れていました。
これからも投稿は続けていく心積りですので、応援よろしくお願いします。




