42話
コウキがそこに着いた時、既にアリスとイラは向かい合って無言で佇んでいた。コウキは純粋な身体能力でアリスに負けている為、途中で引き離されたのだ。
イラに破壊されたのであろう。周囲には塀の残骸が散らばっている。コウキはその男の体躯に驚くものの、その声がアリスの集中を乱すかもしれないと、驚きの声を飲み込む。
そのまま数分が経過し、静寂を破ったのは……
「主が今代の勇者……アリス、といったか。既に前代の勇者と何合か交わせそうな強さだが……未だ成長の余地があるようだな。」
イラである。アリスの佇まいから大方の力量を察知したのだろう、その言葉。しかし、その声に感嘆の色は濃いが、警戒の色は殆どない。
それを感じたコウキとアリス。どちらもイラとの力量差を嫌でも理解させられ、警戒を強める。
「あら、ありがとう。それで、貴方は誰なのかしら?大体の予想はつくけれど。」
「フハハ、そう警戒するな。その辺りはまだまだのようだな。しかし、俺だけが貴殿のことを知っているというのはフェアでないな。俺はイラ。『憤怒』のイラだ。既に分かっていると思うが八魔将だ。」
硬い声になってしまったアリスを笑い、フェアでないからという理由で名乗りを上げるイラに、コウキは疑問を覚える。
「少し、いい?」
「ん?貴殿が相棒か。ふむ、よく努力した身体だな。このような男を殺そうとするとは、やはり悲嘆と虚飾は許せぬ!」
急に怒り出したイラは、地面を殴り付ける。ただそれだけで一メートル程の地割れが出来る。
「む、取り乱したな。して、何用か?」
「あ、うん。今までにあった八魔将はあなたほどの礼儀を持ってなかった。本当にあなたは八魔将なのか?」
その言葉に、イラは虚を突かれたような顔をする。そして、笑い出す。三十秒程笑い続け、彼はやっと話し出す。
「フハハハハハハ。いや、失礼。そんな質問をされると思ってはいなかったのでな。……まぁ、答えよう。俺はさっきも言った通り八魔将だ。八魔将は自由主義なものでな。俺は少し武人としての誇りを持っていたまでよ。……喋り過ぎたな、では尋常に勝負と行こう!」
最後の言葉を言ったイラからは、既に笑みなど消え去り、殺意も憎しみもなく、ただ怒りのみが感じられる。今まで抑えていたであろう怒り。コウキにはそれがこの世の全てに向けてのものであると、そう思えた。
だが、そんなことを考えている余裕もない。イラは自身が宣言した声が消えるか消えないか、その時には十メートル程あった距離も詰めてアリスの目の前で大剣を振り下ろしていた。
「っ。」
アリスは横っ跳びし避けるも、その風圧に思わず顔を顰める。
大抵の人間が大剣と聞くとグレートソードと呼ばれる物を考えるが、イラのそれは一般的なグレートソードを軽く超え、刃渡りは三メートル近くあった。当然重量もかなりのものがあるのだが、それをイラは軽く振り回している。
アリスは自分の足が地面に触れた瞬間、思い切り背後へ跳躍し、右斜め下から空間を切り裂いてくる大剣を避ける。が、直後軌道を変えて顔面へ真っ直ぐ刺突して来る大剣を視認し、持っていた剣で受け流し、逸らす。
「ぐぅっ……」
受け流しを選択したはずなのに、手が痺れる。アリスは膂力の差を実感していた。それも、イラは片手である。
そう。イラは右手のみで大剣を持って戦っていた。
左手は左手でコウキが投げる短剣や、ヒットアンドアウェイを重視した攻撃を捌いていたのだが、それでも手加減しているのは明らかだった。
「貴方、どうして手加減を?」
受け流されて連続攻撃を出来なくなったイラの一瞬の隙に問うアリス。
「手加減?ふむ、本気では戦っているぞ。」
それは全力では無い、と言う宣言に等しかった。その会話の間も、コウキが脚へと向かい攻撃し、イラはそれを避け続けている。
「ならこっちは全力で行くわよ。『光よ、我等の身に力を与えよ。』コウキ!」
「分かってる!鑑て……うぐっ。」
アリスの光魔法により、自身の周りに光が纏わり付くのを見て、バフ効果だろうと考えたコウキ。そのままイラの鑑定をしようとして正面からイラの大剣を受けてしまい、吹き飛ばされる。
「コウキ!?」
先程と同じ言葉だが、今度は殆ど悲鳴に近い。
そんなアリスに、声が掛けられる。
「ふむ、無事な筈だぞ。死なぬように手加減してあるからな。」
「手加減?」
「おっと、つい言ってしまった。忘れてくれ。まぁ、とにかく無事だ。」
そう言っている間にも、コウキは起き上がり、剣を構える。
そのままコウキとアリスがイラを挟んで構えている状態で、イラの動きを警戒し、迂闊に間合いに入らなくなる。
張り詰めた空気を破ったのは、またもイラ。
「今年の勇者達はなかなかの逸材か。もう良いだろう、本来であれば任務遂行には関係ないしな。」
そう言って、大剣を背負う。コウキ達がその行動に呆気にとられていると、次の瞬間、コウキの目からはイラの姿が消えたように見え、屋敷の中から壁を無理やり突き破ったような破壊音がする。
しかし、それにも二人は反応しない。コウキはともかく、アリスにも止められる気がせず、ショックだったのだろう。
五秒後、彼らをやっと動かしたのは、男の断末魔だった。




