40話
「……嘘、ですか。何を根拠に仰っているので?」
コウキのことを睨み付けながら言うモルド伯爵。その声こそ平常を保っていたものの、顔は少し強張り、青ざめているように見える。
ふと思いついたコウキが、小さく「鑑定『解析』」と呟くと、動悸が速くなり、体温が冷えていることがわかる。
(やっぱりかなり動揺してるね。図星を突かれればそうなるのも無理はないけど……いや、ちょっと待てよ。あれ、解析ってこんな人の体温とか分かるような代物だったっけ?)
どうも鑑定能力が上がっている気がする、などと暢気に考えているコウキ。
「聞いているんですか、コウキ殿!」
その声に驚いて顔を上げたコウキの目に入ってきたのは、無視されたからか怒りに顔を歪ませたモルド伯爵と、コウキがなにか考え事をしていることに気づいていたのか、胡乱な目で見つめながらも苦笑いしているアリスだった。
「おっと、すみません。忘れてました。」
「何が忘れて……」
「で、何故嘘だと判断したかというと、真偽判定を使ったからです。」
コウキに無視された形になったモルド伯爵は、激昂しかけるもすぐにコウキの言葉に絶句する。
「多分、僕が鑑定士だってことは知っていると思います。それで真偽判定を使ってみたところ、あなたの言葉には嘘が含まれていることが分かりました。それも、部分的ではなく根本的に。その上でもう一度問います。あなたは国と結託してルード伯爵家を陥れましたか?」
既にモルド伯爵に言い返す元気は無い。部屋にいた護衛達も何も言わずにコウキと目を合わせないようにしている。
その様子を見て、コウキは笑う。
「今度はこちらの番ですね。……聞いているんですか、モルド伯爵!」
「ひっ……わ、分かりました。話します、話しますから……」
自分に未だかつて無いほどの危険が迫っている、そう感じてしまったモルド伯爵は、少しでも自白して罪を減らそうと考える。
「も、元々私の考えたことではないんです。……いえ、私に罪がないとは言いません。でも、計画立案は第三宰相なんです。」
「第三宰相?」
意外に思い、思わず、と言った様子で口を挟んだアリスは、コウキと目を交差させる。
結果、コウキに視線で促されてアリスが質問する。
「あなたと第三宰相のみの計画なのですか?他には誰も関わっていないと?」
「えぇ、私の知る限りは。どうやら個人的に恨みがあったらしいです。私としてもルード伯爵は領地の運営が上手く、領民が流れていっていたので目の上のこぶ状態でして。」
「恨みがあるもの同士で組んだというわけですか。」
「はい。まぁ、恐らく利権の問題であの男も他の貴族達と組んでいる可能性はありますけどね。」
失笑気味に答えるモルド伯爵。もう既に誤魔化すのは諦めたのだろう。
ここまで聞いて、コウキ達は質問の一つ目を終える。少し考えた様子を見せた後、コウキは次の質問に入る。
「次に二つ目の質問です。門番の男が、アリスだけ連れて行こうとしていました。その際、領主様のお気に入りになるかもしれない、と言っていましたが、何か心当たりは?あぁ、わかってると思いますが、嘘をついても無駄ですからね。」
そう言われ、モルド伯爵はまたも肩を落とす。しかし、今度はそこまで悲痛な様子は見受けられない。
「それはですね。何か犯罪を犯したりした女性を、まぁ、何というか、褒美?部下にとらせてやる気を出させようとしてという感じですね。」
「嘘はついてないみたいだけど……自分はどうしたの?」
その質問に、モルド伯爵は明らかにぎくりとした様子を見せる。そして、恐る恐る話し出す。
「私は、その、偶に……」
その言葉に、空気が一変する。
アリスが殺気を込めて思い切りモルド伯爵を睨み付けたのだ。
「ヒィッ。」
彼は、助けて欲しいとの意思を込めてコウキを見るも、冷たく睨まれるだけで終わる。
そのまま三分ほど(モルド伯爵にとっては永遠にも等しい三分であるが)経ち、ようやくアリスが睨み付けるのを止める。それに安堵したように息を吐いたモルド伯爵は、またも睨まれて悲鳴を上げる。
「最低ね。」
アリスにそう言われ、モルド伯爵は泣きそうな顔をする。それを見て不覚にも笑いそうになってしまったコウキは、軽く睨み付けられて真面目な顔を作る。
咳払いをし、今度はコウキが話し出す。
「取り敢えず、僕達が聞きたいのはこれだけだから、後は報告だけさせてもら……っ。」
話しながら立ち上がったコウキは、不意に地面の強い揺れを受け、よろける。
「何これっ。貴方、何かしたの?」
「いえ、私は何も。」
その発言を受け、アリスは部屋の中を見渡すも、護衛達は首を横に振るだけである。部屋の中にある調度品は殆どが割れたり落ちたりしていた。
そうこうしているうちに、鈍く、打ち付けるような轟音が響き、地響きが伝わってくる。その直後、屋敷の庭から悲鳴が聞こえる。
コウキとアリスは視線を交わし、慌てて部屋を出る。残ったのはモルド伯爵と護衛達だけだった。




