39話
アリスは、コウキの発言に酷く混乱していた。
コテン、という擬音がしそうに首を傾げるその様子は、いつもは年齢の割に大人びた雰囲気のアリスを幼く見せ、可愛らしさを強調する。免疫の無い人間ではしばらく目が離せなくなっていただろう。
しかし、コウキは幼馴染みとしてアリスの姿を幼い頃から見てきた為、特に何も反応しないままアリスへと解説する。
「そのまんまの意味だよ。実際に聞いてみたら何か他に情報が得られるかも知れないし、もしかしたらボロを出すかもしれない。……ゼルスへの土産話にもその方が良いでしょ。」
「えぇ、そうね。……あ、いや、そうじゃなくて。」
コウキの言い分に思わず頷きかけ、アリスは慌てて、言葉を紡ぐ。
「コウキが言ってるのは理由でしょう?それは分かるのよ。ただ、どうせならモルド伯爵本人に聞きたいとか思ってるわよね。」
「そうだね。その方が早いもの。」
「なら、その機会を窺って暫く待った方がいいんじゃないの?いきなり行っても合わせてもらえるとは思えないし、もし本人に直接聞くんじゃなくても、例えば兵士とかみたいなモルド伯爵の部下に聞いたら怪しまれるでしょうし。」
モルド伯爵と敵対することになるよりは、ゆっくりと情報を集めた方が結果的には早いと考えたのだ。アリスとしては、面倒ごとになれば暫く足止めされ、魔王の討伐が遅れる可能性があるため、それは避けたかったのだろう。
しかし、コウキは何を言っているのか分からない、といった様子でアリスを見る。
「あのさ、アリス。」
「何かしら、見落としてる事があったの?」
「いや、僕達自身の立場を見落としてるよ。」
「立場?……あぁ、成る程、そういう事。だから直接行くって言ったのね。」
「分かったみたいだし、行こうか。」
「そうね。」
「ん?なんだお前達。ここは領主様の館だ。用がないならさっさと行きなさい。……あぁ、待て。そこの娘は中へ入れ。領主様に引きあわせてやろう。これは名誉な事だから喜ぶがいい。」
コウキ達が領主の館へと近づいて行くと、私兵の男に、開口一番言われたのがこの言葉。
唖然とするコウキ達に被せるように男は続ける。
「聞いてないのか、娘は来いと言っているんだ。あぁ、小僧は帰っていいぞ。自分の恋人が領主様のお気に入りになるかもしれないんだからさぞかしいい日だろうな。」
そんな思ってもいないことを口にする私兵に遂にアリスの堪忍袋の尾が切れる。
「……黙りなさい。」
「ん?」
「黙りなさいと言っているのよ。」
いつぞやのコウキのような怒り方をするアリス。
「な……お前、俺はモルド伯爵の私兵だぞ。その俺にたい……」
「黙りなさいと言っているのが聞こえないのかしら?」
「っ……」
勇者としての力が滲み出て、物理的な威圧感を感じさせるアリスに、男は言いようのない恐怖を覚え、黙り込む。
そこへ更に追い打ちをかけようとしたアリス。
しかし、
「アリス、落ち着いて。相手は人間だよ。それ以上は不味い。」
コウキに止められ、会話の主導権をコウキへと譲り渡す。
「さて、話は変わるけど僕達はモルド伯爵に用があるんだ。通してくれない?」
「何を言ってる、お前ら如きが伯爵様に会えるわけがないだろう。」
「うん、もう良いや。分かった。取り敢えずあなたと話してても時間の無駄だって分かったから勝手に通るね。」
「なっ……」
最早敬語で話す必要はないと判断し、コウキはタメ口のまま、館の入り口を押し通ろうとする。
当然、私兵の男は止めようとするも、アリスに睨まれ動けなくなり、その間にコウキ達の侵入を許してしまう。
男が、コウキ達が通る時最後に聞いた言葉は、
「あ、僕達付き合ってないから、恋人ではないよ。」
という、アリスの渋面とセットになった訂正だった。
「で?何故、勇者様方は、私の館に、侵入して、らっしゃるんですか?」
目の前の背が低く、小太りの男の明らかに皮肉を込めた言葉に、コウキ達は極めて普通に返す。
「何故って、聴きたいことがあるからですよ。」
それが何か?とばかりに首を傾げるアリスに一瞬目を奪われるモルド伯爵。しかし、そこは貴族としての面目躍如と言うべきか。すぐに元の顔に戻る。
「ならば、普通に面会を申し込めばよかったでしょう。……あぁ、もう言わなくても結構。私たちに非があるのは認めます。」
既に私兵の男が何をしたのかは、コウキ達の口から聞かされており、それが余計にモルド伯爵の機嫌を悪くしていた。……元はと言えば自分自身が指示したことであるため、自業自得以外の何者でもないのであるが。
「もう良いですか?二つほど聞きたいことがあるんです。」
「……えぇ、良いですよ。」
ここで拒否すれば国王からほぼ全ての点で優遇するとの宣言を受けたアリスとコウキへの不敬などになるかもしれない。
それが分からない程モルド伯爵は馬鹿ではなく、コウキの言葉に大人しく従うことにした。
「一つ目は、この街の扱いです。明らかにあなたが元々治めていた領土と扱いが違いますよね。そしてそれを国にも咎められない。それは何故ですか?」
「それは……私が調べた中に、ここの領民も少なからず反乱計画に加担していた可能性があるというものがありましてね。しかし、全員を殺すわけにはいかない。だから数年の間税を厳しくするということで、国と話がついているのですよ。」
微かに言い淀んだ気配がしたが、すぐにモルド伯爵は話し始める。それを聞き、アリスは顔を顰め、コウキは何事か呟くと身震いした。
そんなコウキの様子に疑問を持ったモルド伯爵だが、気にしない事にすると、もう一度口を開く。
「一つ目の質問についてはこれで良いですか?」
「あ、ちょっと待って下さい。では、ルード伯爵家の取り潰しをあなたと国が結託して図ったとかそういうことではないんですね?」
「えぇ、そうに決まっているでしょう。」
モルド伯爵のその言葉にコウキはまた身震いするとモルド伯爵の方を見て笑顔になる。
「嘘ですね。」
そう、言いながら。




