38話
「えっと、コウキ?それにお婆さん?モルド伯爵がルード伯爵家を告発したからなんなんですか?」
アリスはコウキと同じ考えまで至っていないのか、疑問の声を上げる。
アリスの名誉を守る為に言えば、アリスも頭の回転は速く、間違いなく天才の部類に入る。しかし、コウキに関しては生まれてからずっと考え事が生き甲斐のようなものであった為、このような時の理解力は凄まじいのだ。
「あら、そうねぇ。まず、何故ルード伯爵家が取り潰されたかと言うと、モルド伯爵が国に直訴したからなのよ。反乱を起こそうとしている、ってね。」
「反乱、ですか?」
「そう。私達に言わせれば濡れ衣も甚だしいのだれど、国は、レバン王国はそれを踏まえて、調査をしたのよ。」
「それは普通のことでは?」
「いや、多分その調査、モルド伯爵がしたんだと思う。」
アリスと老婆の会話に割り込むコウキ。どうやら自分の想像していた事と、老婆の話が合致して来て興奮しているらしい。
「そうだねぇ。正確には国からも調査員が派遣されたらしいけれど、大した違いじゃないだろうね。」
「……成る程。モルド伯爵としてはルード伯爵家の取り潰しは自分と国がグルでやった事だから、ルード伯爵家が治めていたバラサールの街をどうしようと何も言われない……そういうわけですか。」
「お嬢ちゃんも分かったみたいだね。勿論、本当にルード伯爵が反乱を起こそうとしていた可能性はなきにしもあらずではあるのだけれども。」
アリスも結論まで辿り着くが、老婆は決めつけないように、やんわりと注意する。
「あ、そうでしたね。状況としてはモルド伯爵がこんなことをする理由にこれしか説明が付かないと言うだけで、本当にそうかどうかは分からないんですものね。」
そう言ったアリスの横には、バツが悪そうな顔をしたコウキ。彼も同じく、決め付けていたのだろう。
「そうよ。だから、これも老い先短い婆の唯の妄想なの。参考程度にするのは良いけど、完全に信じてはいけないわ。……おやまあ、随分と語り過ぎてしまったね。もうこの位にして、行きなさい。この街は外観に似合わず、犯罪は少ないから結構安全だから、宿をとってもいいし、テントを張っても大丈夫よ。」
「え?そうですか、参考にします。ありがとうございました。」
アリスは少し驚くも、直ぐに立ち直り、お礼を言う。この点、もっと話を聴きたそうにして不服そうな表情を浮かべているコウキとは大違いである。
アリスは不満を隠そうともしないコウキを引っ張って、手を振る老婆から離れていった。
その後、コウキ達二人はバラサールの街を歩いていた。
「お婆さんのところに行った時にはそこまで感じなかったけど、やっぱりこの道路、歩きづらいね。」
道の上にあるゴミを触らないように跨ぎながらコウキが言う。
「そりゃそうでしょう。踏まないようにしてるんだからどうしたって、注意が足下にいくもの。」
そう返すアリスの表情は、一見すれば普通に見える。しかし、幼馴染みであり鑑定士の中でも観察力に長けた人物であるコウキからすれば、何か思い悩んでいるのは直ぐに分かった。
そしてその思いも、コウキには予想がついていた。
「ルード伯爵家……ゼルスはこの事を知っているのか、そう考えてるんでしょ。」
その言葉に、アリスも誤魔化しても無駄だと思ったのか、素直に言葉を返す。
「えぇ、そうよ。貴族としては重要じゃないとか言ってたけど、それでも昔自分の父親が治めていた土地をこんな風にされるのは嫌だと思うのよ。」
「かも知れないね。でも、だからってどうにも出来ないよ。今から王都に戻るというのもあまり良くないし、仮に戻れたとしても、僕たちやゼルスに出来ることなんて殆どないよ。……精々、国王へとこの事態を告発する程度だけど、それもモルド伯爵と国が繋がってたら意味は無いしね。」
そう告げられ、アリスは黙ってしまう。彼女自身もそのことは分かっていたのだろう。
二人はそのまま無言で歩き続け、あるものを見て目を見張る。
「うわ、最悪ね。」
「自分が汚くなければ良いってか。会ったことは無いけど、絶対性格悪いと思うよ。」
二人の目に入ったのは、舗装された綺麗な道。そう、ゴミ等が落ちていない綺麗な道である。
そして、その道は街へ入る門から領主の館へと続いていた。
所々に私兵と思しき者たちが立ち、その道を通る人達を見張っている。
「ここまで来たら話を聞いてみる?」
「え?誰に聞くのよ。」
「勿論、」
そこで一旦言葉を区切り、コウキは言う。
「あそこにいる人物だよ。」
彼は領主の館を指差していた。




