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37話

 一週間と三日後、ゴブリンの群れから馬車を助けた二人は、人大陸最北端の地である、ショモライ半島(女神テレス風に言えばシャマラン半島)に向け、そのまま旅を続けていた。


「「……ねぇ。」」

 二人は同時にお互いに話しかける。


「あ、ごめん。先に言いなよ、アリス。」

「うん……まぁ、きっと同じことを言おうとしたのだと思うけれど。」

「これは酷いからね。」

 二人が何を思ったか。それは二人の眼前に広がる光景を聞けば分かるだろう。


 それは凄惨と呼ぶに相応しい光景であった。

 アリスの両親が殺された時は、地面が血に塗れ、人間としての根源的な死の恐怖を思い起こさせた。しかし、今二人の目の前に広がる光景は、どちらかと言えば惨めさを感じさせるものだ。

 

 警備兵と思しき人間が昼間から酒を飲んでいる。

 窓は割れ、屋根に穴は空き、最早、廃屋と言っても良いような家が立ち並んでいる。

 明らかに病気と思われる人間が苦しそうに路上で寝ている。

 その路上にはゴミや糞尿と思われるものが散らばっている。一応動線を確保してあるのか、一部少ない場所もあるが。

 

 これがスラム街ならばまだ話は分かる。だが、これが街全体に広がっているのだ。

 コウキ達が言葉に詰まるのも頷ける。


「ここがバラサールの街なのね。来る途中で噂は聞いてたけど……」

「何というか、うん。酷いとしか言いようがないね。」

「一体、何があったのかしら?」

「そういえばそこまでは聞いてなかったね。少しやってみるか。鑑定『解析』」

 そう言って、周辺の家の破損や、ゴミなどを解析していくコウキ。流石のコウキでも知ろうとは思わなかったのだろう、糞尿と思しき物体には目もくれなかったが。

 周囲の物を解析し終え、コウキはある結論を出す。


「多分。この街、半年くらい前に何かあったよ。」

「どうして分かるの?」

「このゴミを解析すると、一番古いのが半年前なんだよね。家の破損とかも全部そう。半年前より前のは全く見当たらないんだ。」

 言いながら、コウキは何か引っ掛かりを覚えていた。だが、その引っ掛かりの正体が何か分からず、コウキは考え込む。


「コウキ。そうやって考え込んでいても、思いつかないこともあるわよ。少し聞き込みをしましょう。」

「聞き込み?まさか倒れてる人に聞くわけじゃあないよね。」

「当たり前じゃない。あ、ほら。あのお婆さんに聞いてみましょう。」

「え?ちょっ!?」

 コウキの声を無視し、アリスはすたすたと歩いていく。そして、偶々通りがかった老婆の前へと躍り出た。

 例に漏れず汚い格好をしている老婆を、少し悲しそうな目で見たあと、未だ何があったのか分かっていない老婆へと話しかけた。


「すみません。少し良いですか。」

「え、えぇ、勿論良いわよ。」

 その時後ろから追いついたコウキは少し驚く。


 (言葉使いが丁寧だな。服も汚いけど元々は結構ちゃんとした物みたいだし、やっぱり半年前までは普通の街だったのかな?)


 コウキがそんなことを考えている間も、アリス達は話し続ける。


「単刀直入に聞きますが、半年程前、この街で何かあったのですか?」

 その言葉に、老婆は目を丸くし、それから言う。


「そうねぇ。結構騒ぎになったと思うんだけど、街の状況までは知らないのも無理はないわね。」

「騒ぎになった、ですか?」

「えぇ。お嬢ちゃんも聞いたことあると思うわよ。ルード伯爵家のお取り潰し。」

 その言葉に、アリスは声には出さないものの少なからず驚きの表情を浮かべ、コウキは考え事から一気に引き戻された。


「じゃあ、このバラサールの街はルード伯爵家が治めているんですか?」

「今は違うわよ。今の領主様はモルド伯爵。街がこうなったのもあの男のせいだけどね。」

 老婆は、領主様のところに思い切り皮肉を込めて言うと、今までの優しい顔が嘘のような怒りの形相を浮かべた。

 しかし、アリスは突然の変化に少し戸惑い、驚きつつもすぐに立て直す。


「あの男のせい……モルド伯爵は何をしたのですか?」

「お嬢ちゃんの声を聞いてると、段々毒気が抜かれてくるわね……いつまでも恨んでられないし、丁度いいのかもしれないのだけれど。」

「?どうかしましたか。」

「何でもないわ。それで、モルド伯爵だったわね。あの男はルード伯爵家が取り潰された後、ここの領主も任されたのだけど、今までルード伯爵と敵対してたものだから、私達にも重税をかけてねぇ。それでいて、福利厚生や公共財には使おうとしないのよ。だから、私達は一気に暮らしが落ちぶれてしまったのよ。」

 一度何事かを呟いた老婆だったが、すぐにモルド伯爵への怒りが再燃したらしい。またも怒りの形相を浮かべる。

 一方で、聞いているアリス、そしてコウキは唖然としていた。明らかに、モルド伯爵の行いは度が過ぎている。そんなことをすれば国から目をつけられるのは分かり切っている筈なのに。


「それは、何というか……」

「何でモルド伯爵はそんな真似をしたんでしょうか?」

「あら?」

「ちょっと、コウキ!」

「別に良いわよ。コウキ君、というのね。あなたは具体的に何が言いたいの?」

 アリスからすればコウキの質問は、下手をすれば老婆の憎しみを増大させるのではないかと思っていたが、意外にも老婆は優しい表情になって、質問を返した。


「モルド伯爵もそんな真似をすれば確実に国から目をつけられる筈です。それなのに何故、そんな真似をするのか、と思って。」

「あなた、物事をよく見ているのね。もしかして、推測はできているんじゃないの?」

 コウキを見て、面白そうに言う老婆。

 既にアリスは蚊帳の外である。


「もしかしたら、と言う程度の考えならあります。」

「そう、あなたと同じことを考えた人は他にもいるわ。でも、それはこんなヒントがあったからよ。知ってたのかしら?ルード伯爵家を告発したのは、モルド伯爵よ。」

 その言葉に、コウキは深く頷いた。

 やはりそうか、と言うように。

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