36話
「何か、すごく気持ちの悪い人だったわ。」
「うん。アリスに向ける目が、ねぇ。」
馬車の外に出た後、中に聞こえないように、小声で囁き合うコウキ達。
そんな二人に、護衛の男が声を掛ける。
「すまないな、巻き込んでしまって。」
その声を聞き、慌てて口をつぐむ二人。
「いや、気にするな。俺も向こうの町で雇われたばかりでな、結構傲慢な人だとは思ってたが。いやはや、ここまでとはな。」
「ありがとうございます。あの、鼻、大丈夫ですか?」
「まぁ、大丈夫だろ。俺だって、冒険者としてはベテランだ。……戦闘能力はそこまで高くないがな。」
コウキに気遣われ、自嘲した笑みを浮かべる男。どうやら冒険者として依頼を受けて護衛をしているらしい彼は、血の未だ出ている鼻をそのままに、言葉を紡ぐ。
「むしろ、あの人の方が俺より強いだろうからな。」
「えっ?あの人って、あのガメルって人ですか?」
「確かに、いくら雇用主に手を上げづらいし、不意打ちとは言え、仮にもベテランの域に入る冒険者に攻撃を当てていたわね。」
男はアリスの言葉に苦笑しながら強く頷く。
「まぁ、その通りだ。前にもゴブリンに襲われたことがあったが、その時には弓を持って自分自身で戦ってたからな。」
「えぇ!?……なら今回は何でそうしなかったんだろう。」
「何か考えがあるのかしら。」
「さあな、気分だと言っていたが。」
コウキ達は男の言葉に微妙な顔をして黙り込む。
「まぁ、着いてくるつもりがないのなら急いで行った方が良い。自己中心的な人だが、あんな風にいきなり殴ってくるとは思わなかった。」
こう見えても、紹介してしまったことを少し後悔してるんだ。と言いながらコウキ達に笑いかける男。
その顔は苦渋に塗れ、苦々しさを抑え切れては……いや抑えようとはしていなかった。
「……貴方はどうするのですか?」
「え?」
「貴方はこのままついていくつもりなのか、と聞いているんです。」
男は呆けたように、そう言ったアリスを見る。
そんな彼の目に、ふと目に入るコウキの姿。大きく頷くコウキを見た男は、それでも尚首を縦に振る。
「あんなのでも依頼主だ。冒険者として、仕事を放棄するのはプライドが許さん。……それに、ここで依頼を放棄したらこれから依頼を受けづらくなるからな。」
冒険者ギルドでは、勝手な依頼放棄を防ぐ為、怪我などの理由なく依頼を放棄すればギルドからの評価が悪くなり、依頼を受けるのが難しくなる。
これは、国を跨いで移動すれば問題はなくなるのだが実際にそれを行動に移す人物はそう多くなかった。
男の覚悟を見たコウキ達は説得を諦める。
流石に二人には男に付き合う程の義理はなかったので、そこで別れることにした。
男はコウキ達に感謝をし、旅の無事を祈る。
コウキ達は男に同情し、依頼を無事に達成することを祈る。
抱く気持ちに差異はあれども、相手を気遣う気持ちはどちらも持っている。
コウキ達はそれを当たり前だと思い、旅を続ける。
彼らは未だ知らない。ガメルが今までよりも横暴になった訳を。
彼らは未だ知らない。八つの負の感情が、今。七つになろうとし、力を増そうとしていることを。
そして、ガメルのような人間が増え始めることを。




