35話
しばらくして、アリスの機嫌が直った頃。
コウキ達は幌馬車が猛スピードで走って来るのを見つけた。
「あれは……?」
「あ、ゴブリンの集団に追いかけられてるんだ。」
「そんな悠長に見てる暇はなさそうよ。ほら。」
コウキとしてはゴブリンの走るスピードでは追いつけないだろうと思っていたのだが、アリスが指差した方を見て、考えを変える。
「あれは、まずいね。待ち伏せかな?」
そこにも、十数匹のゴブリンの集団が呆けた顔で立っていた。
「ゴブリンにそこまでの知能があるの?偶々いただけじゃないかしら……取り敢えず助けるわよ!」
そう言って走り出す二人。
緊急事態でアリスが本気で走っている上、コウキは未だ病み上がりである。あっという間にコウキは置いていかれる。
アリスが突っ込んだ時には既に馬車の人間は前方にいたゴブリンに気付き、降りてきた護衛と思しき人間達が戦い始めていた。
しかし、多勢に無勢で明らかに負傷が増えていた為、彼等だけでは死んでいただろう。
そこにアリスの登場で、最初は戸惑っていた護衛達もゴブリンを攻撃しているのを見た為か、少なくとも敵では無いと判断したのだろう。アリスを攻撃することはなかった。
そしてそこからが早かった。
アリスが通りすがりにゴブリンの首を切り裂いていく。それはまるで演舞のようだった。普通の人間ならばすぐに囲まれて一斉に攻撃されて終わる。ゴブリンと言えどもその程度の知恵は持っているし、そもそも囲まれる前に移動するといった速さで攻撃したなら綺麗に戦闘不能にしていくことなどできない。
だからこそ、ゴブリンはアリスを理解出来ず、彼女の参戦により戦況は一気に傾く。
何が起きたのかも分からず死んでいく自分達の仲間を見てゴブリン達が逃げようとし、そこへ護衛達が追撃をかける。
時間にして十秒弱。アリスが参戦してからその短い秒数でゴブリンは全滅した。
側から見ていたコウキからすると一緒になってゴブリンを殺していた護衛達がどこか呆けた表情になっていたのは滑稽であった。
「あの、大丈夫でしたか?」
「……あ、あぁ。助かったよ。君は旅をしているのかい?」
アリス達の元へ着いたコウキの耳に入ってきたのはこんな言葉である。
「えぇ、そうです。……あぁ、私はアリスです。そこにいるコウキと二人旅をしているんです。」
「そうか。……良ければ礼をしたいから、雇用主と会ってくれないかい?」
アリスの言葉に軽く会釈したコウキの方を軽く一瞥し、すぐに視線を戻してアリスと話し出す男。
コウキを無視されている。そう思ったアリスは不機嫌になる。
「それは、まさか私だけが会うとか言いませんよね。」
「え?あぁ、うん。勿論だよ。トウキ君も来るだろう?」
「僕はコウキです。」
コウキとアリスは、一見すれば人生経験の乏しそうな子供である。
だから男は、相談出来ないよう、リーダー格と思われるアリスのみ雇用主との交渉に出して良い条件で要求を飲んでもらおうと思ったのだ。
「あぁ、コウキ君ね。じゃあ、案内するよ。」
そう言って、男は二人を幌馬車の中へと入れる。
未だ、アリスは少し不機嫌のままだ。
「ガメル様。ゴブリンの討伐を完了しました。つきましては少し相談がありますので、入室を許可していただけますか?」
「構わん、入れ。」
「失礼します。」
「「失礼します。」」
中にいたのは太ったオークのような醜悪な男。
「何だ、その子供達は。」
「私達だけでは大量のゴブリンを倒し切れず、そこのアリスさんに助けられたのです。」
「アリス……その女の方か。だが、ゴブリン程度を倒し切れないだと?ふざけるな!!」
そう叫んだガメルは護衛の男の顔を殴る。
あまりのことにコウキ達が絶句していると、そのままそれは続く。
「おい、聞いてるのか!お前のせいで俺が見くびられたらどうするんだ!」
「ふぁ、ふぁい。」
どうやら殴られた時に鼻血が出たらしい護衛の男が助けを求めるような目でコウキ達を見る。
「あの、ガメルさん。でしたよね。多分これ以上殴ると死んでしまうと思うのですが。」
「あ゛ぁ゛?アリス、とか言ったか。別に俺がこのままこいつを殺しても何も問題ないだろう?……まぁ良い。興が醒めた。お前達を護衛にするかどうかは考えといてやろう。出てけ。」
そう告げられ、外へ出るコウキ達。そして男。
最後にコウキが見たガメルの目は、アリスのことをしっかりと捉えていた。欲望に満ちたまま。




