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29話


 これは、コウキがドロールに腹を貫かれてすぐの事。

 青年は裏路地を走る。その速さ、その身のこなし、どちらをとってもいつもの彼とは明らかに別人である。

 不意に、青年は一点を睨み付ける。


「見つけたぞ。ドロール、ヴァニタス。」

 敵意を剥き出しにしたその声に、つい先程まで誰も居なかった空間が歪む。幻覚魔法による幻影が解かれた印である。


「これはこれは魔王様。どうかなさいましたか?」

 余裕たっぷりといった声で受け答えをするヴァニタス。だが、その顔に一瞬恐怖が出て、額には汗をかいている。

 その隣にいるドロールなど、身体を強張らせ硬直してしまった。


「今の俺はただのゼルスだ。……さて、俺の命令を無視した言い訳を聞かせてもらおうか。」

「命令、ですか?勇者には手出し無用としかされておりませんが。ですよね?ドロール。」

 急に話を振られたドロール。だが、彼女はゼルスの威圧感に耐えかねて失神寸前だった。


「おや?どうしたのです。」

 何かあったのだろうか、とばかりにドロールに尋ねるヴァニタス。

 すると、返答は予想外のところから来る。


「ふん、貴様のその自分を強く見せるための茶番にいつまで付き合わねばならないんだ?」

「ホントホント。俺もそれ飽きちゃったから、早く終わらせてくんない?解散までが遅くなるじゃん。」

「そういうな。何か情報を言ってから罰を受けてくれればそれで良い。」

「……」

「もう、処刑でいいだろう。」

「あら?これ、私も何か言わないといけない流れ?」

 現れたのは六人の男女。一応、全員が人型を保っている。


 ヴァニタスは少し悔しげに顔を歪めると、彼らに話しかける。


「傲慢、怠惰、強欲、貪食、憤怒、淫蕩。それに、私達虚飾と悲嘆を合わせて八魔将が全員揃いましたか。一体何用ですか?」

「惚けるな!!お前らがゼルス様の命に背いたことは既にインウィディア殿から伝えられておる!」

 怒鳴ったのは山のような大男。身長は優に三メートルは超えており、下手をすれば四メートルに届きそうである。

 それだけの大きさの男から怒鳴られたのだ、当然威圧感を感じない筈がない。それをヴァニタスはあっさり受け流し、


「ですから、先程から魔王……失礼、ゼルス様共々何をおっしゃっているのですか?命令違反をしたつもりはありませんが。」

 平然とのたまう。


「ほう、貴様、まさか手を出したのは相棒の方だから勇者に手を出した事にはならない。などと言うつもりは無いだろうな?」

「そんなわけないでしょ、スパービア。何か考えがあるのよ、きっと。ねぇ?ドロールちゃん。」

 そこへ割り込んだのは先程の大男よりも小さな体躯にも関わらず、より大きな威圧感、いや、むしろもはや物理的な波動に変換されているとしか思えない覇気を纏うスパービア。

 そして、表面上は庇って見せながらも、明らかに動揺しているドロールを狙い撃ちにして言質を取ろうとする妖艶な女性。


「ル、ルクスリア。私はあの男によって深い悲しみを……」

「つまり、スパービアの言った通りと言うことね?」

 案の定、ドロールは女……ルクスリアの目的に気付かず、情報を吐こうとする。

 

 ヴァニタスは内心舌打ちをして、黙り込む。


「もういいか?ヴァニタス、ドロール。お前らは取り敢えず暫くの監禁生活だ。看守は……そうだな、グラに頼むか。」

「……」

 ゼルスの言葉に無言で頷くグラ。明らかに腕が人間のそれとは違う何かになっている。


 ヴァニタスとドロールも、ここで逆らっても有無を言わさず殺されるだけだと理解している為、何も言わない、いや言えない。


 そのまま無言で数十秒経つ。


「各自、手を出したりするのはもう一度禁じる。……解散だ。」

 その言葉に気怠げそうだった優男が一人、

「うーい。」

 そう返した以外は誰も何も言わず消える。


 残ったのはただ一人ゼルスだけ。そのままゼルスは深呼吸すると、怪我をさせたまま残した友人とその世話をしているであろう友人に会う為、急いで表通りへと出て行った。


 ゼルスがコウキの意識の消失を知り、顔を青ざめさせるのはこのすぐ後の出来事。

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