28話
「うーん。でも、どうするの?今動いたら見つかるかもしれないけど、逆に宿屋にずっといるのも良くないわよ。」
王城からの遣いが去ってから、コウキに一日中宿屋にいるべきじゃないかと言われ、答えに窮するアリス。
「そもそも、コウキ。いつになったらハンタが捕まるか分からないんだ。捕まるまでずっとここに居るのは無理だろ。」
「でも、王城に侵入して地下牢を破壊しても捕まらないどころか、見つかりもしない奴が協力してるんでしょ?流石に危険すぎるよ。」
ゼルスがコウキを説得しようとするも、コウキの反論に返す言葉もない。
「確かに、そうだが……」
実際にはゼルスは誰の手引きか知っているのだが、それを言うわけにもいかない。
何とか説得できないかと、ゼルスが考えを巡らせていると、
「おい、そっちに行かない方がいい。あの、勇者ハンタだったか?が人質をとって憲兵を牽制してやがる。巻き込まれるぜ。」
「何だって?だが、こっちに用事があるんだが。」
そんな会話が窓の外から聞こえて来る。三人は顔を見合わせると、一目散に宿屋を飛び出し、場所を訊いてそちらへと向かう。
彼らの失敗は、ハンタの奇襲のみを警戒していたこと、そして脱獄を手引きした者がハンタと一緒にいると思い込んでいたこと。
そしてもう一つ、ドロールが恨んでいるのはアリスだと、そうゼルスが思っていたことである。
これが、致命的な出来事の原因になる。
ハンタのいる場所についた彼らは、一人の女を人質にとっているハンタを見つける。
「止めなさい!」
すぐさまアリスが突進し、解放しようとする。
すると、何故かハンタはすぐに人質を離し……
「っ、アリスダメだ!」
「……えっ!?」
「うぐっ、ゲホッ」
「フフ、復讐は悲しいものだと思ってたけど……なかなか良いかも知れないわね。私は勇者よりも貴方の方に恨みがあったの。参考までに、ね。」
ドロールの手がアリスを庇ったコウキの腹を貫く。
あまりの痛みに呻き声が漏れるばかりのコウキは、自分の口から出る血を見て後悔する。
ーせっかく鑑定できるようになったのになぁ……
既に周りの悲鳴は彼の耳には入っていない。
ーもう人生が終わるのか……
そこから先はもう考えられない。最早痛みで、思考が散り散りになっている。
「コウキ!?」
どこにそんな力があるのか。アリスは怒りのままにハンタを膂力に任せて吹き飛ばす。頭を何処かへぶつけて気を失ったハンタを無視し、そのままコウキを傷付けたドロールを探すも、見つからない。
仕方なく、周りにいた人によって呼ばれたと思われる医者に治療されているコウキへと近寄り、抱きしめる。
「コウキ……」
自分にとって家族同然の人物がまた死んでしまう。死なせてしまう。それは、アリスが自分のことを許せなくなるのと同義であった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。コウキ……!私が、騙されなかったら、もっと、強かったら……」
コウキも、両親も守れたのに、と。そう言葉には出さなかったが、コウキにはアリスの気持ちが手に取るように理解できる。
だが、コウキは諦めていない、状況が違うからだ。
「メリルさん!来ましたか!」
「えぇ、持たせてくれてありがとう。ここからは私が治療をするわ。」
まず、コウキが即死でないこと。アリスの両親のような状況では治療できないように死体をぐちゃぐちゃにされていたが、コウキは腹を貫かれて終わった。
次に、ここが王都であること。即ち、それだけ腕のいい医者や治療魔法の使い手が多いということ。
ここまでがコウキが諦めなかった要因である。
現に、腕が良いと思われる医者か治療魔法使いの人物がやって来た。そして、それをコウキはかろうじて認識している。
それを見て、コウキの身体から緊張が抜けていく。同時に、意識も遠のいて行き、朦朧としていく中、コウキの脳裏に昔の出来事が描かれる。
『本当に下りるの?』
『うん、崖にしか生えない植物って多いから、今の内にいっぱいとっておきたいんだ。』
それは、コウキが特に植物の研究にはまっていた頃のこと。
彼はアリスと共に、崖の上にいた。
当時から好奇心の強かったコウキは、大人に見つかると止められるので、アリスと二人で村を抜け出てきたのだ。
コウキがいつも持ち歩いているロープを岩に括り付け、いざ崖を下りようとしたその時。
コウキの目に入ったのはファングボア。猪型のモンスターだった。
ファングボアはアリスに狙いをつけ、突進する。
コウキはその時もまた、アリスを庇い、ファングボアの頭突きを正面から受け止める形となる。
目の前の見えなくなったファングボアは滅茶苦茶に暴れ、結果、コウキと共に崖から落ちる。
その際どうやったのか。コウキはいつの間にかファングボアの上にいて、怪我といえばファングボアに頭突きされた時と、落ちた衝撃による打撲だけだった。
そして、コウキはそこで探していた植物を発見し、興奮して声を出して、打撲による痛みが酷くなる。
コウキが痛みに悶絶している間に、アリスは植物があまり生えていないからと通らなかった坂道を駆け下りてコウキに取り縋った。
そして、自分が気付かなかったからだと、自分を責めながら泣きじゃくっていた。
そんなアリスの頭を、コウキは植物を握っていない方の手で、優しく撫でていた。
それを思い出したのはどうやらコウキだけではなかったらしい。アリスもまた、コウキを治療している人の存在に安心したのかそれを思い出したのだろう。
二人は目を合わせ、お互いに少し微笑む。自分達の今の気持ちは間違いなく同じだと、そう確信した。
そして次の瞬間、コウキの意識はこの世から消失していた。




