26話
「そこまで!勝者はアリス殿!」
そう言った審判の男の声を聞き流しながら、コウキは今の戦闘を振り返る。
ハンタには何が起きたのか分かっていないようだったが、側から見ていたコウキ達には分かり易かった。
(ゴーレムの魔法で集められた土はそれなりの量がある。だから、敢えて防御に徹し、崩れた土の上に移動したところで急に攻撃を放つことでバランスを崩し、滑りやすくして……ってところか。これはハンタの油断もかなりあるけど。)
それにしても展開が上手い、と考えるコウキ。
気がつくと、怒鳴り声が聞こえる。
「おい、今のはたまたまだ!もう一回やらせろ!勇者が唯の人間に負けるわけないんだ!」
「だが、私は今、あなたが負けた事を確認した。……魔法使いで近接戦闘が苦手な私でも、明らかにアリス殿の方が力量が高いのが分かるほどだったぞ。」
「何だと……!俺を、馬鹿にするな!」
審判にもそう言われ、逆ギレするハンタ。
と、持っていた剣を構え、いきなり審判へと走り出す。そのまま突き立てようとしたその動きは、同じく剣を持ったコウキに止められる。
「ちぃ、雑魚が、邪魔すんな!」
面と向かって、雑魚と言われたコウキは、それを苦笑して流す。
今反論しても仕方がない事。そして、どう頑張っても奇襲を止められた時点で負け犬の遠吠えでしかない事は分かりきっていたからだ。
「く、くそ!離せ、離せぇ!俺は勇者なんだぞ!」
「お主に勇者を名乗る資格はない。決闘で負けている上、様々な所からお主の行動に対して疑問の声が上がっておる。正直、この件が無くても危なかっただろうな。」
居合わせた騎士達に取り押さえられ、暴れるハンタ。そこへカタリアル王の容赦の無い一言。
それを聞いたハンタはアリス……と、何故かコウキを睨み付ける。
「くそ、くそ!お前らさえ居なければ……」
その視線にアリスは冷たく睨み返すが、コウキは戸惑っていた。
(いや、僕が止めなくてもどちらにしろアリスに負けた時点で勇者は名乗れなくなってたと思うんだけど……あれかな?もしかして、僕が解析して結果をアリスに伝えたのに気付いてた?)
何故自分が敵意を向けられているのか。それが全く理解できないコウキであったが、そのまま、牢にでも連れて行かれるのであろうハンタを見届ける。
「行ったか……宰相よ。怪我は無いのか?」
「はい。何も問題ありません。」
国王の口から出た言葉に、宰相?と首を傾げるコウキ達であったが、審判が返事をしたのを見て、驚きに目を見開く。
「そうか。……勇者アリス、それにその一行の者達よ。此度は済まなかったな。」
「えっ!?あ、は、はい?」
審判が宰相と言う、予想以上に高い地位だった事に驚いている間に国王に謝られ、慌てるアリス。
そんなアリスに、カタリアル王は、
「実はな、あの男が勇者では無いと言うのはこちらでも薄々気付いてはいたのだ。」
彼の言葉に黙って首肯を返すアリス。当然、その可能性には思い至っていたからだ。……アリスの態度に、カタリアル王の周りにいる護衛と思しき男が不快そうにアリスを睨み付けたが、カタリアル王と宰相の両方に睨まれてすぐにやめた。
「だが、騎士達を出せば捕らえられるだろうが、強引に人を誘ったり、横柄な態度をとるというそれだけでは、騎士を出す理由には弱い。また、普通の警備兵ではただ被害を出すだけになりかねん。だから、アリス殿の力を利用するような形になった。すまない。」
「何故、それをわざわざ言ったのですか?」
カタリアル王がそれを言うメリットなど無いに等しく。それどころか、勇者……自分の心証が悪くなるのでは、と考えたアリスの言葉に彼は首を横に振る。
「それを聞くのか……後ろの男達は鑑定士だと聞き及んでおる。特に、コウキ殿、だったか。お主は特殊な鑑定能力を持っていると聞いていたからな。誤魔化すのは無理だと判断したのだ。」
実は、コウキが真偽判定を使えるかどうかまでは、彼は知らなかった。だから、その可能性を考えて全て話してしまうと言うのはかなりの博打だったと言える。
その為、カタリアル王はアリス達の感心したような顔を見て、ひどく安堵することになる。
「成る程。分かりました、謝罪を受け入れます。」
アリスは勇者として、一国家元首をも相手にできる力を持った。
だが、そんなアリスでもこの場で謝罪を受け入れないという選択肢は取れない。もしそんな真似をすれば国からの援助を受けるのは難しくなる上、対外的に勇者の悪評を広める事になりかねない。
また、ここで謝罪を受け入れれば大国であるレバン王国に対し、恩を売れる。
だからこそ、彼女は謝罪を受け入れる。
「ハハ、アリス殿は頭の回転も早いようだ。では、お望み通りにしよう。」
そんなアリスの思考を読みきって、その上でカタリアル王は宣言する。
「レバン王国国王として、カタリアル・サーケード=レバンが宣言する。レバン王国は勇者アリスへの援助を惜しまない。王位や法を除いてほぼ全ての点で勇者アリスの意思を優遇する。」
この宣言を聞いて、やられた、と思ったのはコウキただ一人。アリスは気付いておらず、ゼルスは元々ここで別れる予定なので、あまり関係なかった。
(この宣言、何か都合の悪いことを要求されたら、法律を変えてその要求を無視できちゃうんだよな。勿論、そう何度も使えない手だし、援助を惜しまないのも本当だろうけど。)
この国は絶対王政である。だからこそ、本当に都合が悪くなればカタリアル王の一存でこの宣言を速やかに無効化出来るのだ。
カタリアル王達は勿論、コウキもそれを口に出すことなく話し合いは進み、いくつか決め事をしてから、アリス達は帰った。
また、ゼルスは途中、市場を見てみたいと言って何処かへ行ってしまった。
その為、コウキとアリスは2人きりで王都を、宿へ向けて歩いていた。
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王都のどこか、正確には王都と繋がった亜空間内で二人の人物が慌てたように話し合っている。
「おい、スパービア!あの方は今、何処にいる!」
「あぁ?さあな、王都の何処かとは思うが……?」
「呼んだかい?インウィディア。」
スパービアとインウィディアが話す背後に出現した人影。
少々驚いたものの、その人物に向かい、インウィディアは話し出す。
「ドロールが動き始めました。ヴァニタスも一緒のようです。」
「何だって?俺はそんな指示をしてはいないが。」
「えぇ、様子見と言っておられたのでおかしいと思ったのですが……個人的な報復目的のようです。」
「ふん、馬鹿なのか?アイツら。一度負けた相手にもう一度、しかもまだろくに回復していない筈なのに挑むのか?」
インウィディアの報告にそれぞれの反応を見せるスパービア達。
どちらも、誰に対して動くのか。そこに疑問を持つことはないらしい。
「勝算はあるんでしょうね。どうやってかは不明だけど。」
「恐らく、あの男を使うつもりだよ。」
「あの男……イレギュラーか!?」
「あれには魔力そのものが通じないのでは?」
「アイツらも感情を司る八魔将だ。言葉巧みにどうにかするだろうな。」
暴走する同僚に内心怒りを覚えるスパービア。
「とにかく、今は様子見のつもりだ。下手に手を出したくない。何とかするしかないな。」
「ご自分で動かれるのですか?」
「あぁ、そのつもりだね。」
「分かりました。御武運を……
……ゼルス様。」




