24話
見つけたのは、どちらが先だったのか。それは分からない。
しかし、これだけははっきりと分かる。
コウキ達はハンタを見て噂を思い出し、警戒したこと。そして、ハンタはコウキ達……正確にはアリスを見て目を奪われたことだ。
また、ハンタの周囲には、彼の名乗る勇者という職業と、その強さから近づきたいと思っている、彼の取り巻きとも呼べる女性達がいた。
彼女達はアリスを見て、諦める者、競争意識を持つ者……そして、敵愾心を持った。
そんな、女性達を気にせず、ハンタは話し掛ける。
「なぁ、君。見たところ、武器を持っているようだし、冒険者になりたてかい?そんな弱そうな奴らは放っておいて、俺とパーティーを組まないか?」
「お断りします。」
「そうか。俺の名前はハンタ。勇者だ。これからよろしくな。……何だって?」
「だから、お断りしますと言ったんです。そもそも、貴方勇者じゃないでしょ。」
ハンタも、今までに声を掛けて断られたことはある。そんな時も少し粘ることはあったが、一応は大人しく引いていた。
だが、アリスが見たこともない程の美少女だった事。また、ハンタがこの世界に転移してから二か月の間で、勇者と名乗り、強いと呼ばれているモンスター達に勝ったことで、自信をつけていた事。
その二つの要因が、ハンタにいつもよりも強硬な態度をとらせていた。
「何だと?俺は勇者だ。その証拠に誰よりも強いし、好かれている。特殊能力も持っているし、この国の王にも認められている。」
その後に、何より別の世界から来ている。と言おうとして、ハンタはやめた。
それは、この世界の人間に、別の世界から来たと言っても分かるわけがない、と考えた為だ。
その点、頭に血が昇り掛けている割に冷静であった。
そんなハンタに、アリスが冷たく返す。
「勇者というのは、神から職業を頂く時に、職業として授かるものよ。強い、とか好かれている、とか特殊能力とか、そんなものは関係ないし、ましてや王の発言が神をも上回ることはないでしょう。」
「意味が分からん。俺は選ばれし者だ。そうでなかったらここにいる訳がない。……そうだ。俺が勇者じゃなかったら誰が勇者だってんだ。出してみろよ!」
アリスの言葉に、ハンタの脳裏に自分を否定された記憶……殴る、蹴るなどの暴行などを受けた記憶が蘇る。
それを忘れようと、自分がこの世界に必要とされている勇者なのだと、そう自分に言い聞かせるように叫ぶハンタ。
「目の前にいるじゃないの。」
「は?」
「鈍いわね。目の前、つまり私が勇者よ。」
「……嘘だ。」
「嘘じゃないわよ。」
「いいや、嘘だ。……もし嘘でないと言うなら俺と決闘しろ。そうすればどちらが本物の勇者か分かるだろう?」
アリスの発言に驚き、怒りを忘れてしまったハンタは、叫んだせいでまだ荒い呼吸を押さえつけながら決闘を申し込む。
それは、こんな少女に負ける訳がないという常識。それは、今まで破られる事の無かった自分の能力と力への自信。
その二つがハンタに安心感を与える。
「……良いわよ。どこでやるの?」
だからこそ、その言葉を聞いてハンタは内心ニヤリと笑みを浮かべる。
「王城内の闘技場はどうだ?そこに明日の朝だ。勝った方が本物の勇者。……あぁ、それと、お前が負けたら俺と一緒に来いよ。」
「それは決闘で賭けるものが平等じゃなくない?」
「良いわよ。どうせ勝つのは私だし。」
突きつけた条件に文句を言うコウキに、それを宥めるアリス。そのどちらの言い方もハンタの気に障ったが、公平でないのは勇者らしくないか、とそう考えて提案をする。
「なら、お前が勝ったら俺がお前のパーティに入ってやろう。それで平等だ。」
「それこそ要らないわね。」
「僕も。……どうせなら私は自分のことを勇者と偽って騙しました。申し訳ありません、って言いながらこの都市内を歩き回るのはどう?」
「それが良いわね。」
「何だと……!いや、良いだろう。では、俺は明日王城の闘技場を使う許可をもらってくる。」
コウキ達の物言いに怒り狂って暴れそうになるハンタだったが、何とか抑えて、王城へと歩いて行った。
「ふー、何とか予定通りに落とし込めたわね。」
「あっちから持ち出してくれたから楽だったな。」
「後は、アリスが勝つだけだけど……あいつ、変な感じだったんだよねぇ。」
ハンタが去った後のコウキ達の会話である。
元々、コウキ達としては王都でハンタに絡まれるのは織り込み済みであった。
それは、噂話から、アリスを見れば必ず声を掛けてくると思っていたこと、そうでなくても本物の勇者を名乗っているのでいずれは衝突するのは目に見えていた。
だからこそ、絡まれた上で煽り、決闘に落ち着かせて、勇者の称号を無くす予定だったのだ。それが意図せずして自分から決闘を持ちかけてきたので、コウキ達としては万々歳だった。
「そうなの?立ち居振る舞いは素人そのものだったけど。」
「僕にはその辺は分からないけど、でも、職業鑑定したら、」
そこで言葉を切るコウキ。アリスやゼルスは、視線で早く言うように促す。
「職業が、無かったんだ。」
「え?」
「それって、どう言うことだ?」
「職業鑑定しても、何も出てこないんだよ。」
「失敗じゃなくて、なの?」
余りにも衝撃的な内容。それ故にいつもなら信頼できるコウキの鑑定能力をも疑うアリス。
だが、それも仕方ない。何故なら職業は十五になった子供がほぼ同じタイミングでもらうもの。それがない人類など存在しない筈だった。
「いや、失敗だったら普通抵抗力によるものだから頭痛がしたりするんだよ。でも、今回は……」
コウキの言わんとする事はこの場にいる全員が分かった。
「……考えられる可能性としては、人間じゃない、とかか?」
一人、先に冷静になったらしいゼルスが言う。
「……成る程。魔人、か。」
「亜人の可能性は無いの?」
「いや、亜人も一応人類種だから、職業はある筈だよ。……種族ごとに偏りがあるって聞くけど。」
この世界では人間や魔人だけでなく、ドワーフやエルフなどの亜人と呼ばれる者達も存在する。
しかし、数が少ない上、昔は魔人と混同されていた為、差別が少なからず残っており、コウキ達がいるレバンには余り住んでいない。
「とにかく、あのハンタとか言うのは不気味だよ。明日、戦う前に僕とゼルスで解析してみるから、気を付けてね。」
「分かってるわ。コウキでも分からないなんて結構異常だもの。」
「俺も出来る限り協力する。」
そう言って、彼等は今晩泊まる宿を探しに行った。
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不要なパーツが無い、仕事の為だけにあるような机。それでいて、明らかに漂う高級感。そんな机が置かれた執務室に、一人の男が座っていた。
書類を読んでいたらしいその男は、ノックの音に顔を上げる。
「入れ。」
「失礼します。」
部屋に入ったノックの主は、慇懃に部屋の主に礼をすると、扉を閉める。
「宰相か……どうした?」
「陛下、本物と思われる勇者が王都に入りました。」
その言葉に、部屋の主……カタリアル・サーケード=レバンは小さく目を見開く。
「やっと、か。」
「はい。職業鑑定も受けたので恐らくあっている筈です。……ところで、陛下。」
「何だ?」
「ハンタ……自称勇者が、闘技場の使用許可をもらいたい、と。」
「ふむ。」
宰相の言葉に、少し悩むカタリアル王。
そこに、被せるように宰相が続ける。
「因みに、本物の勇者と決闘を行うようです。」
「ほう。……許可しよう。いい加減、あの男の好きにさせたくはないからな。」
「鑑定があれ程までに弾かれるというのは、勇者と言うより不気味なだけですからね。」
その言葉に頷き、カタリアル王は言う。
「あぁ、そうだ。勿論、余の分の席を用意しておけ。明日は見に行く。」
「委細承知しました。」
そしてまた、それぞれの仕事へと戻っていく。




