21話
夜明けもまだ始まらぬ時間。見つめ合う一組の男女。しかし、そこに甘い空気などは無い。
言わずと知れた、コウキとアリスである。
「で?何だって?夢枕に神様が立ってた?」
「えぇ。」
「それで、ドロールのことについて何か言われたの?」
「そうよ。考察の内容は概ね合ってるとか何とか。」
沈黙。
理解が及ばず、一周回って冷静になったコウキは考えを巡らせる。
(勇者って、神からの預言を受けたりできるのか?神から何かを伝えられるのって、神官しかいないはず何だけど……いや、ちょっと待てよ。)
彼は、勇者の職業鑑定の結果を思い出す。
勇者は神気を纏っている。その時神気について詳しく鑑定することは出来なかったが、明らかに神と関係のあるものだった。
(あの神気ってやつが何か神との関わりを作っているのか?でも、それなら何で神官を職業鑑定した時には出なかったんだ?)
この時点でコウキは限りなく正解に近づいていた。神官……ミルを職業鑑定した時には、ミルの纏う神気がとても弱かった為、コウキの職業鑑定の熟練度では出なかったのだ。
しかし、コウキがそれを知るのはまだ先の話。
「コウキ、ちょっとコウキ!戻ってきなさい!」
思考の海に沈んでいたコウキをアリスが呼び戻す。
「え?あ、うん。どうしたの?」
「どうしたの?じゃないわよ。どれだけ経ったと思ってるの。全く、何かあるとすぐに自分の世界に入るんだから。」
そう言いつつ空を指差すアリス。コウキがつられてそちらを見れば、成る程、つい先程まで暗かった筈の空に、朝日が完全に姿を現していた。
「あー、うん。いや、いつも本当にごめんね。」
流石に申し訳なく思ったのか素直に謝るコウキ。
それはアリスにとって予想外だったのだろう、少し目を見開いた後気まず気に視線を逸らす。
奇妙な沈黙が流れ、
「お、もう二人とも起きてたのか。早いな。」
「い、いや。そもそも僕は見張りの番だったから。」
「そ、そうね。私がちょっと早く起きちゃったのよ。」
これ幸いとばかりにコウキとアリスは話し始める。
そんな二人を変に思いながらも、ゼルスはまた何かじゃれあいでもしていたのか、と気にしない。
朝食の時には、またいつもの調子に戻っていた。
コウキ達は特に足りない物はなかったので一つ目の村を素通りし、一日中歩いた。その為か、夜になるとゼルスは昨晩……どちらかと言えば今朝のコウキが見張りしていた時間に見張ることを希望し、すぐにテントへ入って寝てしまった。
「ねぇ、朝の件だけどさ、具体的にはどんなことを言われたの?」
「そういえば言ってなかったわね。確か、私達の考察は大体合っているということと、補足としてドロールは、というか八魔将達は周囲の生物の感情をある程度コントロールできるということ、その感情を糧として自身のエネルギーとすることを教えられたわ。とは言え、自分の司る感情へと向ける位しか出来ない上、強い意志を持っていれば影響は減少するらしいけど。」
「へぇー。……って、いくら神様とは言えそんなに詳しくわかるものなの?」
コウキの声に驚きと、少しの羨望が混じっていたのはある意味当然と言えるだろう。何しろ自分が何度も鑑定したのに殆どの情報が得られなかった存在の情報をそれだけ持っているのだから。
だが、そんなコウキの言葉に返ってきたのは当たり前じゃないかというアリスの視線。それを見て、自分が不信心なだけなのか、と思い始めたコウキに対し、何かを思い出したらしい、アリスが告げる。
「あぁ、そっか。コウキは知らなかったのね。」
「何を?」
「私に預言とかをしてくださってるのって、テレスという名前なのよ。」
「名前?それがどうして……いや、テレスってどっかで聞いたような……あ!」
「思い出したかしら?」
「もしかして先代勇者?」
「正解よ。」
勇者テレス。それは、500年前に魔王を打倒した、伝説とも言える勇者である。
「というか、勇者テレスって神様になってたんだ。」
「魔王を倒した功績が認められたらしいわよ。」
テレスの名は有名であるが、魔王討伐後は天寿を全うしたとしか伝えられていない。……そもそも神になったのかどうかを人間が知るのはかなり難しいであろうが。
「で、今は神テレスとなった勇者テレスが言うには八魔将達は500年前からそんな能力を持っていたらしいわよ。」
「え?……魔人って寿命が長いとは聞くけど、500年も生きてられるの!?」
「魔人の中でもかなり力が強いんじゃないかしら?だから生き残ってられたとか。もしくは代替わりしたとか。」
神としての能力か何かで、ドロールの情報を知ったのかと思っていたコウキは、まさかの500年前から変わっておらず覚えていただけという話にどこを突っ込もうかと、思わず逡巡した。
「というかそれ、出来れば戦闘中に知りたかった。」
思わず口から出たのであろうコウキの本音に、アリスは心の中で同意しつつも嗜める。
「まぁまぁ、相手は神様よ。下手なことは言わない方が良いわよ。それに、干渉自体はしようとしていたみたいよ。」
「何だって?干渉?」
「えぇ、神様達の住む世界、天界と呼ばれる場所から私達の住む下界への干渉を行おうとはしていたみたいだけど、魔王の妨害で難しいらしいわよ。」
「そうか……」
黙り込むコウキ。それも無理はない。今の話が本当ならば、神でさえ魔王を完全に上回るのは難しいということなのだから。
「まぁ、私達に出来るのは神様からの数少ない情報を得ながら自分達で魔王を攻略することだけね。」
「簡単に言うけど、それ今の時点でかなり難しいよね。」
「仕方ないわよ。私怨で挑むんだし。」
「……確かに、そうだね。私怨で挑む以上自己責任か。……頑張るしかないね。」
夜は濃くなり始め、月明かりと焚き火の明かりが照らす中、二人は決意を新たにするのだった。




