18話
コウキの攻撃した器官。それはエネルギーを貯めておく貯蔵庫のような役割をしていた。
コウキはそれを完全には読み取ることは出来なかったものの、エネルギーを貯めていると言うことは分かった。だからこそそこを攻撃したのだが、結果として
「これは……エネルギーを暴走させているのか!」
「正確には違うわね。暴走するエネルギーにある程度指向性を持たせて、自身を強化しているのよ。」
そう説明するのは今の自分の力に絶対的な自信があるからか、それとも何か他にあるのか。
一つ思い付いたコウキは口の中で小さく
「鑑定“真偽判定”」
と呟く。それはコウキに小さな寒気を感じさせた。
(随分と小さな嘘ってことかな?となると……)
「ある程度指向性を持たせてるんじゃなくて、ある程度しか持たせられないんじゃないの?」
その言葉ははブラフであったが、それが真実かどうかは悲しみに彩られたドロールの顔が一瞬だが動揺したことで丸わかりであった。
(やっぱりか、言葉にすれば小さな違いだけど……これがこの力を完全には使いこなせていないと言うことなら……勝機はある。)
悔しげに顔を歪めたドロール。が、すぐにその表情は消え、元の表情へと戻る。
「仕方ないわね。確かに私はこれを使いこなせていない。それは認めるわ。けど、だからと言って簡単に勝てるとは……思わないことね!」
叫ぶと同時にコウキの動体視力では瞬間移動かと見間違うような速さでコウキとの距離を詰めるドロール。その動きは今までと比べると格段に速く、そして鋭い。
だが、彼女はコウキの目の前へと迫ったかと思うとすぐにバックステップです後退する。
その直後、剣を持ったアリスがそこへ横から突っ込み、真横へ剣を薙いでドロールの拳へとぶつける。
ガキン、と金属同士をぶつけたかのような音がして、その音が消えるよりも速く、二人はまた激突する。
最早、この場においてコウキは邪魔者でしかなかった。それを悟ったコウキは慎重に距離をとり、一息吐く。
その間もコウキが目を凝らしてようやく見えるかどうかと言った速度での戦いが繰り広げられていた。
(どうする?今参戦しても邪魔にしかならない。でも、このままじゃおそらく負けるのはアリス。)
そう、この勝負はアリス一人では勝てるものではない。それはドロールが『あぁ、無情』を使う前の勝負でも明らかであり、むしろ先程よりも速度が上がった今のドロールについていけることが不思議なのだ。
(その辺りはおそらくアリスも未だ自分の身体能力に振り回されていると言うことだろうな。勇者として急激にスペックが上昇したことで、本気で戦うことが殆どなくなったから、頭の指令が身体の動く速度よりも遅くなるんだろうね。……でも、いくらアリスが成長していても相手の動きが先にわかるとかじゃないと難しいだろうな。)
だからこそ自分が何か打つ手を考えるしかないと決意し、コウキは鑑定を繰り返す。
このままでは負ける。それはアリス自身が一番よく分かっていた。アリスは今、自身の限界を超えて動いている。それは今まで知覚することすら出来なかった領域。それなのに体は未だ全力ではない。本気ではあれど全力ではないのだ。
その事を歯痒く思いながらも、アリスは目の前の相手に集中する。
幸いにもコウキの鑑定がドロールの集中を乱しているらしい。最初の攻防よりも動きが単調になり、ドロールの動きは力に振り回されているようにアリスには感じられた。
そして、コウキは気付き、事態は動く。
「貴方、一体どうやってこの速さについてきてるの!?さっきまでは本気じゃなかったと言う事?」
その言葉はアリスに向けられたものであり、同時にコウキに向けられたものである。そう、どうやってかコウキは戦いに参加し始めたのだ。
その身のこなしは先程までと変わらず、ドロールからすれば遅いとしか言いようがない。にもかかわらず、コウキはまるで予測しているかのように紙一重でドロールの拳を避ける。
「何でだと思う?考えてみなよ……!」
その上、コウキはドロールを挑発する。
驚きで冷静に考えることのできないドロールは簡単にその挑発に乗り、コウキへの攻撃に力を入れようとしてアリスから一撃、二撃、そして三撃斬り裂かれる。
更に、コウキへと放った、直撃すればコウキは死を免れないような攻撃は、途中で邪魔が入ったことにより勢いはそのままに中断される。
その結果、本来であるなら力が足りず、通らないコウキの攻撃がドロール自身の勢いを利用して突き刺さる。
「今ね。『土よ、ぬかるみなさい。』『光よ、一本の矢となり彼女を貫きなさい。』」
コウキの剣が腹へと突き刺さり、動きが鈍ったドロールはアリスの光魔法を避けようとし、足に力を入れてぬかるみへと嵌る。
その結果左肩に光の矢を受け、おそらくこの戦闘中もう左腕を使った戦闘は出来ないであろう傷を負う。
「私達の勝ちね。恨むなら八魔将として私達に攻撃を仕掛けてきた自分を恨みなさい。」
その言葉を聞いたドロールは、邂逅以降初めて笑った。それに気付いたコウキ達は何をする気かと身構える。
すると、戦闘中にいつの間にか晴れていたらしい霧が、何故かまた出始め……
「ギャギャギャ」
「っ。エイプ……の変異種!?」
その霧に紛れて出てきたエイプの変異種を手早く倒したコウキ達は、ドロールを見るも、何の異常も無かった。
いや、
「やられた……」
いくら魔人と言えど、ついさっき刺されたばかりの箇所が回復しているはずがない。だが、そのドロールの身体には光の矢によって出来た傷以外存在していなかった。
つまり、
「幻覚魔法。」
光と精神に働きかけることによって相手に幻を見せる魔法である。その幻は、使い手によって再現度は違う。
「まさか、私の五感さえ欺くなんて……」
切り捨てたドロールの幻影は霧状になって消え、ふと周りを見れば、エイプの変異種の死体さえ消えていた。
途中までは鑑定結果から本物だったのは確実だったが、いつ幻影になったのか分からないコウキ達としては苦笑いするばかりだった。
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「ありがとね、ヴァニタス。」
「いえいえ、別にこれくらい。それに、貴方を勇者から助けたとなれば私の名前にも箔がつくというものです。」
傷だらけのドロールは一人の男にお礼を言っていた。
「流石の幻覚魔法ね。勇者さえ騙すなんて。」
「ですが、急いでいたので少し雑になってしまいました。すぐにバレるでしょう。……もう今の時点で問題はありませんが。」
「そうね……それにしても、分かってはいたけど本当に強いわ、勇者。」
「そうですねぇ。研究で何か対抗策が見つかれば良いのですが。」
男……ヴァニタスは薬品を見つめながら、そう答えた。