17話
コウキは焦っていた。敵が目の前にいて、アリスが戦っている。それどころか苦戦している。
(ここまで鑑定が出来ないなんて……ゼルスは頼れないし、アリスが止めている間に打開策を見つけないと……!)
『悲嘆』のドロールと名乗った女は間違いなく強い。まだ実戦経験が足りないとは言え、数ある職業の中で最高のスペックを持つ勇者相手に互角どころか押し始めている。更にはコウキが使った職業鑑定、解析のどちらも妨害されて情報は何も出なかった。
そのことにコウキは、更に焦りを濃くする。だが、単純に焦っただけで何か出来るようになるわけでもなく……
「さあ、そろそろ終わらせましょう。」
その声に思わず短剣を投げ、叫びながら剣を突き刺そうとして、気付く。
(鑑定が出来ないのなら、戦いの中で観察するしかない。)
その思考は彼を急速に冷静にしていく。
それに気付いたのはドロール。彼女は元々悲しみなどの感情を司り、それによって戦闘を支配する。だからこそコウキの心に半ば諦めの感情が生まれかけていたこと、そしてそれが冷静になったことによって消えたことを感じ取り、厄介だと思う。
「あら、貴方が先に逝くの?勇者が死んでしまうから悲しみに耐えきれないのかしら。」
そんなことを全く考えていないが、挑発するドロール。それは冷静さを奪い、上手くいけば心を誘導出来るかもしれないとの行動だったが、
「いや、僕はただの時間稼ぎだよ。アリスがまた完全に動けるようになるまでの、ね。」
逆に時間稼ぎとの言葉に焦りの感情を生ませられる。
そんな風に、舌戦ならばコウキが有利であったが、直接の戦闘となるとやはり不利になってしまう。
「ふーん、そう。でも悲しいわね。それじゃあ時間稼ぎなんてすぐに終わってしまうわよ。」
その言葉通り、コウキはドロールの攻撃を受け流し、避けてを繰り返してはいたものの、受け流す度に腕に痺れが走りコウキとしては剣を離さない自分を褒めたいところであった。
一瞬だけ攻撃が途切れたタイミングで大きく距離をとり、次の瞬間には咄嗟に横っ跳びしてドロールの拳を避ける。
「しぶといわね。絶望して早く諦めなさい。」
「それは無理な相談だ……ね!」
またしても放たれた拳、それを難なく避けたコウキ。
(ん?おかしい。こいつ、スピードが下がってない?疲れ?いやでもアリスと同等以上に戦えるのに持久力が低いわけない。となると、何が原因だろう。)
そう考えながらも、コウキはを剣で防ぐ。そもそも剣で防がれて何の傷も無いドロールの身体がおかしいのだが、戦闘中だからかコウキはそれに気付いてもいない。そして、次の瞬間
「覚悟して……!」
待ちに待った声と共に一筋の剣線が走る。
「くっ」
それを避け切れなかったドロールは、遂にこの戦闘で初めての傷を負う。
「大丈夫?アリス。」
「えぇ、打撲だったから水魔法で冷やしたわ。」
それを聞き、水魔法って便利だなと、妙な感心をしながらコウキはドロールに目を向ける。彼女は傷を負ったもののそれは重傷という程ではなく、むしろ軽傷の部類に入る。だが、それでも今まで有利に戦ってきた相手から反撃を受けたというのはプライドを傷つけたのか。泣いた後のように腫れていた目が、明らかに怒りを帯びていた。
「僕は援護には入る。」
「了解。私がメインね。『植物よ、彼女を縛り上げて。』『火よ、燃え盛りて灰塵に帰せ。』」
「な……っ。植物を傷つけたく無いけど、ごめんなさい。」
そう言って、縛りつけようとする蔓や枝を無理矢理引きちぎるドロール。しかし、アリスの生み出した火は避け切れず、瞬時に地面へ転がり火を消す。これは彼女の魔法抵抗力が高いことも理由の一つだ。普通ならばアリスの放った魔法は人類でも一部しか使えない、本当に研鑽を積んだ魔法使いのみが使える強力な魔法である上、魔法によって引き起こされた現象はある程度物理法則を無視する為、地面に転がる程度で火が消えたりはしない。それを物理法則が影響するまでに威力を落としたドロールの魔法抵抗力は称賛出来るほどのものだ……本来ならば。だが、ドロールにとってはもう一度ダメージを受けたことが恥であり、それは怒りを一層燃え上がらせる。
怒りに任せアリスを殴ろうとする姿には、最早最初の悲しみにくれた様子などどこにも見当たらない。
「本性が見えてるわよ。」
「何ですってえぇ!?」
「今だ!鑑定“解析”!」
アリスの魔法を受け、魔法抵抗力が少なからず落ちているうえ、言葉で怒りを倍増させられるドロールは、既にコウキの解析を妨害できる程に集中できない。いや、普段ならば意識せずとも妨害できるのだろうが、今回は魔法抵抗力が落ち、更には普通の鑑定士よりも効果の高い鑑定が出来るコウキが相手である。当然のように解析され、コウキは情報を手に入れていく。
(よし、これで一気に勝負をかける!)
この時コウキの犯した失敗は、勝負を急いだことと、明らかに人間には存在しない臓器を解析結果から重要であると判断して、攻撃したことである。
コウキの剣は意外な程簡単にドロールの腹へと吸い込まれるように突き刺されていった。
「アァァァアァァァ!!??……ぐ、このままじゃエネルギーが……暴走する前に使うしか無い……!不完全だけど、私の奥の手を見せてあげるわ!」
そこで今までの怒りの形相は何だったのかと言うほどの悲しみに溢れた顔になるドロール。
「何を……?」
「いくわよ。発動!!『あぁ、無情』」
次の瞬間、彼女の身体からはエネルギーが溢れ出した。