16話
朝、王都へと向かう道へ続く門の前。そこにはコウキにアリス、ゼルスの旅に出る面子とゲイルやラファニアといった見送りの面子が揃っていた。
「短い間でしたが、お世話になりました。」
「こっちとしても話を聞けたからな、参考になった。それに変異種なんて面白そうなのを持ってきてもらえたからな。」
「一応正体不明のモンスターですからね?あまり面白そうなどと言わないでほしいのですが。」
そんなやり取りをするゲイルとラファニアに苦笑するコウキ達。ふと見ると、ゼルスはゲイルの部下達と挨拶をしていた。
「アリス、コウキ。もう出発するのか?」
別れの挨拶(ゼルスは戻ってくるつもりではあるが)を終えたゼルスがコウキ達の方へ寄って来る。その後ろでは先程までゼルスと話していた者達がコウキ達に向かって頭を下げていた。
「そうね。そろそろ行こうかしら……本当にお世話になりました。」
「あぁ、元気でな。ゼルスのことも頼む。」
「はい。また会いましょう。」
そう言ってコウキ達は門を離れて行った。
太陽が昇りきってはいないものの、街道は暑いほどに暖められている。そこには三つの影。言うまでもなくコウキ達一行である。
「随分とまぁ、暑いね。」
「暑いわね。」
「暑いな。」
彼らは王都へと向かう旅路の中でその暑さに参っていた。
「そうね。こういうのはどうかしら『水よ、霧となりて広がりなさい。』」
アリスが使ったのは水魔法。本来ならば相手の視界を塞ぐ魔法である。
「成る程な。霧を作って周辺を冷やしたのか。」
アリスの意図に先に気付いたのはゼルス。
「そうよ。街道はこの先の村まで一本道なんでしょう?だから迷うことも無いと思って。」
「面白いね。見方の違いで用途が広がる、か。」
鑑定士であるコウキやゼルスにとっては重要な考え方になるのだろう。それを理解したコウキはまだまだ未熟だ、と自分を反省する。
そのまま歩いていると、突然アリスが背後へと向かい剣を振る。
「ぐギャァ」
「え?何?」
アリスの動きは勇者として相応しく、コウキには何があったのか理解が遅れる。そしてアリスが後方へと剣を振ったのだと理解し、思わず声が出るのと悲鳴が聞こえ何かが倒れる音がしたのとは同時であった。
そんなコウキへゼルスの声が聞こえ、そして気付く、
「ゴブリン!?」
「……あれ?ゴブリンはゴブリンだけど……変異種?」
そう、それは昨日も見たゴブリンの変異種であった。アリスの斬撃により真っ二つになり体液を流していた。
……不意にアリスが進行方向を向き、表情を引き締める。それを見てコウキは身構え、ゼルスは邪魔にならないよう少し離れる。……完全に離れないのは自分の実力を理解しているからか。
準備を整えた彼らが抱くのは、警戒心……ではなく、何故か悲哀。
(意味が分からない。思考とは関係なく悲しさが……?うーん、心に引っ張られて思考するのが難しい。)
「酷いわね。この子も弄られているとはいえ一つの生命。それをこんな簡単に殺すなんて。」
コウキ達が混乱している間に近づいて来たのか。気が付けば一人の女が目の前にいた。その女には特に目立った特徴はない……ある一点を除いては。それは
「赤い目?……まるで泣き腫らしたような。」
そう呟くコウキ。それに頷くはアリスにゼルスだ。
「えぇ、そうよ。これから沢山の命がなくなる。それがとても悲しくて哀しくて。その中には貴方達も入っているのよ。」
女の言葉はまるで思考誘導のよう。コウキ達の心に入り込み、その思考を邪魔していく。
「何者なの?貴方。私達のことを知っているようだし……もしかして魔人?」
「あら、自己紹介をしてなかったわね。もしかしなくても魔人よ。八魔将の一人、『悲嘆』のドロールよ。よろしくね。」
無理矢理思考をまとめ、質問するアリス。それに返ってきた言葉は、アリスにとって無視できるものではなかった。
「やっぱり魔人。それに……八魔将、ですって!?」
声に怒りを滲ませながら押し殺すように叫んだその声。
「そういえば貴方はスパービアにご両親を殺されたのね。さぞ悲しかったでしょう?声に、顔に出ているわ。でも、それは駄目。私は『悲嘆』の化身であり、『悲嘆』を憎む者。すぐにご両親の元へ送って、その悲しみを嬉しさに変えてあげる。」
アリスの声に反応した彼女にはもはや狂気じみた何かがあった。
「……分かった。貴方は、貴方達魔人は、やっぱり人間と相容れない。ここで殺す!」
「そう。相容れないの。それは事実だけど、やっぱり悲しいわね。」
彼女達は会話しながら戦闘を繰り広げる。アリスはその激情を表したかのように、早く、鋭く剣を振るう。ドロールはそれを紙一重で避けながらアリスに話しかける。
「駄目よ。そんなに怒りと悲しみに支配されては。まだまだ未熟ね。」
「ならここで貴方を殺してから鍛え直すわ。」
「それは無理よ。だってここで貴方は死んでご両親と会うんでしょう?」
「悪いわね。仇を討つと誓いを立ててるの。両親に会うのはそれからよ。」
「それはもっと駄目よ。復讐は新たな悲しみを生むだけ……それに、もう勝敗は決したの。」
「何を……くっ。」
戦闘中の会話。それは激情の中に悲しみを含んだアリスの心を縛る為のもの。精神抵抗力の高い勇者であるアリスには殆ど意味はないが、一瞬の判断ミスを生むことは可能であった。
結果として一度アリスはドロールの拳を避け、少し掠る。
「さあ、そろそろ終わらせましょう。」
その声と共にどんどんと激しくなる攻撃。アリスは防戦一方となり、少しずつ傷が増えていく。未だ致命傷は負っていないものの……このままでは時間の問題である。
「ぐ、ぐぅぅぅ、がっ。」
遂に腹へ一発拳が直撃する。そして蹲ったアリスへと徐に短剣を取り出し、突き刺そうとするも、
「させるかぁぁ!」
横から飛んできた短剣とその直後突っ込んで来た青年への対処で失敗することになる。