1話
それは、丁度一か月前のことであった。人が住む大陸の北にある大陸、一般に魔大陸と呼ばれる大陸での魔王の復活が観測されたのだ。500年前、勇者による最後の聖戦が行われ、それ以降、別大陸からも感知出来る程だった魔王の圧倒的な覇気が消え去っていた。その覇気が突如現れ、人々はその圧力に耐えながら生活することになったのだ。
人類は覇気による圧力や、配下の魔人がいつ襲ってくるかわからない恐怖に耐えながら希望を待った。そしてその人々の希望を背負う者こそ……
赤かった空は既に暗くなり、もはや夜と言っても良い時間帯、そんな中4人の男、いや体格からすれば青年と言って間違いない人間が立っている。
彼等のうち3人は残りの1人を囲み……
「おいおい、何とか言ったらどうなんだ?」
唐突に囲んでいる1人が口を開いた。
「……」
囲まれている男はまるで彼の声が聞こえないかのように口を閉じたままだ。
「使えない職業だからって黙ってたら見逃されるとか思ってないよなぁ?」
「……」
「今までコケにしてくれた礼をしっかりとしてやるよ。」
「……煩い」
我慢できなくなったかのように、ついに男は口を開いた。
「あん?」
「煩いって言ってるんだ」
「何調子に乗ってるんだよ。非戦闘職業のテメェが戦闘職業を貰った俺らに勝てる訳がねぇだろうに」
「そう、そこなん…うわ!」
囲まれている青年は職業を貰ったという言葉に反応し、我が意を得たりとばかり口を開くもすぐに殴りかかられ、避けて口を閉じることになる。
「いきなり何するんだ」
当然の抗議、しかし男達はそれをあっさりと流し、
「とにかくお前の強みはもう幼馴染の“勇者”のみ、“鑑定士”ごときが俺たちに逆らうなよ」
今まで黙っていた囲んでいるうち2人目の男がそう言った。その言葉に青年は一瞬反応しそうになるも、すぐに諦めたように首を振る。その様子に最初の男が苛立ったのか、手を上げ
「あら、面白そうなことをやってるじゃないの」
後ろから聞こえた鈴を転がすような声に慌てて握りしめた拳を開くことになる。
「コウキ、早く来てくれない?お祝いもあるし、何より…ううん、何でもないや」
突然現れた女、いや体格から見ればまだ少女ともとれる人物は、面白そうと言った割にあっさりと流し、囲まれている青年に水を向ける。
ある意味この少女が、青年が男達にリンチ紛いのことををされる原因の大部分だったりするのだが、青年も少女も、果ては男達自身もそれには気付いていない。
いや、少女は少し勘づいているのかも知れない。何しろ少女は月明かりに煌めく髪に、まるで一つの芸術品であるかのような端正な顔立ち、それでいて冷たさを感じさせない柔らかい笑みをたたえている。その上、胸の膨らみなど男好きのする身体をしている。今までに男達からのような感情を向けられることも多かったであろうから。
「えー、分かったよ。考え事がまとまっていないのに……」
青年は渋々といった様子でその場を離れようとする。
しかし、それを男達が黙って見ている筈もなく、
「おい、アリス、何邪魔してくれてんだ。」
それは自分の想いに気付いていないためなのか、3人のリーダー格と思しき、今迄話していなかった男が突っかかるようにアリスへと文句を言った。
「何よ、今私はコウキと話してるの。」
「だが、まだそいつへの罰が終わっていない。」
「あら、何に対する罰なの?アガン」
その質問にアガンはコウキがアリスと仲が良いことが気に食わないということを言うわけにもいかず、
「次期村長の俺に対する不敬だ。」
咄嗟にそう答えた。しかし、それは結果的に悪手であった。
何故なら……
「なら、貴方は勇者の行動を阻害したとして罰を受けるべきね。」
今夜、彼よりも余程高い“勇者”の地位についた彼女に言える言葉ではなかったからだ。