5:剣のお姫様の戸惑い
今回もよろしくお付き合いください。
もう少し剣の国(実家)編が続きます。
「どうしましょう、本当…?」
剣の保管庫の中をうろうろする
ここにあるのはあまり私の趣味に合わない剣が多いです
片手剣、大量製作された鋳型に流されて磨かれた剣、戦争用に蓄えられたものです。
言い方は悪いけど使い捨てです
並みの兵士だと一戦闘で一本捨てる感じな消耗品ですから、大量にあります。
その扱いが私の趣味に合わない
剣は大事にしてほしい
大量鋳造品でも剣は剣なのです
保管庫をうろうろして
気になった剣を取り出し、ひと振りふた振りする
「いい剣…だわ」
控えてくれている管理兵に渡す、兵士は慣れたように背負った籠に挿して、目録になにか書き込んでいる
大量生産品でも質が良く、更に希に偶然現れる業物がある、それをむざむざ使い捨てられるのは忍びないので、考え事をするときは良くここに来てこうしている。
「この辺りは質が良いの多いかもです…」
もう一本手に取る、普通に質がいい。こういう剣は一点物ではなく複数をまとめて卸される、その工房の仕事ぶりが剣にそのまま反映されている
「剣以外でもなにか仕事があれば回してあげるよう伝えてください」
剣も私同様そんなに要らなくなるのだからそれも見据えないと
本来の考え事を忘れかける、ある意味忘れたくてここに来ているのだけど…
そんなことをしながら考え事をしていると
「あれ?ここ、こんなに余って…る?」
他に比べて見るからに在庫が多い
「戦争が終わりに近づいて一気に卸してきたようです」
目録をみながら管理兵の一人が教えてくれる
…それは、嫌な予感しかしない
一本取り出す
持った瞬間にわかる、バランスが悪い
ひと振りする…反りました…もう数回振ったら鍔あたりから曲がっ…いえ、もう柄握りが怪しいですね
もう一本取り出し、兵士に水平に掲げてもらうと
「ふっ」
鉄が絡み付くなめるような気分の悪くなる音と感触
切断するつもりだった剣は、くの字に曲がり、切れなかった
「申し訳ありません。これは、この業者は差止めさせます」
先程の目録を開きなにかを確認しながら慌てる兵士を宥め止め
「これ、使えないかしら?」
酷い混ぜ物で、私が魔力を若干通しても切断できなかった
(もう少し通せば楽に切断できましたけど…)
剣としては論外ですが…戦争で護剣…を持つものはいませんよね
現王のあれは盾と本人も言い切りますし…剣の国の王が剣の形をした盾を振り回してるという……
「あ、これ鎧とか盾とかにつかえないかしら?」
私の言葉に兵士達がぎょっとする
「ひ、姫様が剣以外を?それも剣を材料に!?」
そこまで大騒ぎするものです?
こんな混ぜ物だらけのものは剣の形に鋳造されたインゴットにしか見えませんよ?
それにしても、何を混ぜたらこんなに粘りけのでる金属に…
「すみません、籠の中の剣をひと振り出してください」
問題の剣の形をしたインゴットをもう一本取り出し
先程と同じように掲げてもらい、今度は質のいい剣を振り下ろす
-ジュギユ
切断出来ましたが、音が悪い
やはり粘りがありますね
しかし先程斬れなかったのは、振るった鉄がやはり剣というより鉄の塊としか思えなかったからでしたか、まだまだ修行が足りません
「…やはり先程斬れなかったのがお気に召さなかったのですね」
兵士達が切断面を見て考え事をしていたら、そんなことを話してる
「普通の剣で鉄剣を切断とか本当素晴らしいです」
「あれを戦場でもやられるそうですよ」
「不殺の技、本当すばらしい!」
聞こえないように話してほしいです、恥ずかしい
そういえば…あ、またやってしまいました
「あの、これまたやってしまったみたいで…」
兵士の一人が慌てて剣を受けとる
「ありがとうございます、また生き延びる兵士の確率が上がります!」
そんな大袈裟なものにしないでほしいです
私がたまにこの保管庫で考え事をしてるときに、持ったままの剣に無自覚で魔力を通してしまい魔力を帯びさせてしまう事がある
…兵士の間で戦勝のお守り扱いをされているらしいです…
魔力を通したことで剣の質が上がってしまうので、元々いい剣だと指揮官とか武勲をあげたものに与えられるらしいのですけど、ここに置いてあるのは本当使い捨てなので一般兵に授けられるそうです、すべての剣に施すと兄達に怒られるのでこうしてたまに出来てしまう剣でも皆さんに喜んでいただけてて嬉しいです
「これが剣姫の零物か…」
そんな名前ついてるのですか?
賜物とか言われるよりは良いですけど…なにか嫌な感じが少しします
「姫様の信奉者の間ではおも…んんっ失礼いたしました」
私の視線に気がつき誤魔化すように話を切り上げる
ツルギが持ち込んだ言葉のひとつに反応していただけですけど何かあったのでしょうか?
「もう少しだけ見て回ってもいいですか?」
管理兵とはいえついて回らせるのは忍びないのですが
魔剣大量製作という前科があるのでお目付けは仕方ありません。
考え事をしていたら一区画全ての剣に魔力を通してしまい兄達に怒られたのはいつだったかしら
「考えは纏まりましたか?」
保管庫の前で控えていたレインが、保管兵の方が大事そうに抱えている剣と籠に挿された剣の比率を見て
「そんなに悩むことですか?」
あのあと気づいたら籠の中の剣すべてを御守りに変えてしまい、誤魔化すために慌ててまた品質のいいものを探すということに…
「調停とはいえ、あの王は苦手なの」
この間まで戦争をしそうだった大国のひとつ、【フェルディナント】が和平の申し入れをしてきた。
その調停式とその後の催しに出席して欲しいと長兄に頼まれました…
若き王の国、戦乱で前王が崩御され臣下と盛り上げているとは聞いています。
どうにもあの胡散臭さが気になります
次兄とは違うあの胡散臭さ、前王が健在の頃、戦場で遠目に見たことがありますが
あの国もうちの国に少し似ているのですが、何か歪さを感じました
うちの現王は脳筋とはいえ紋章もちであり、馬鹿を装って部下の話を取り入れやすくする事くらいはします。
あの国は…どうも歪です
なにより、黒髪の長髪を全て油で後ろに流すとか、わざわざ褐色肌にしているところとか信用ができません
「姫様は、あれは生理的に嫌いな部類でしたね」
レインも見たことがあるのでしょう、表情を歪めていた
「アリオン様とベスタ様を足して、良いところ黒く塗りつぶして三で割ったくらいですか?」
不敬と怒られそうな例えかたです
「それ、ただの劣化版ベスタお兄様では?」
私の言葉に
「それ、聞いたら流石に泣きますよベスタ様」
あなたを私に差し向けた黒幕を庇うなんてレインも優しいわね
「気乗りしないけど、お兄様が何も言わないと言うことは、行けと言うことなのよね」
「アリオン様も同行されるんですよね?」
正確には私がお兄様に同行するのだけど、レインも若干私を信奉してるふしがある
「こちらでの最後のお務めとおもい、気乗りしませんけどいきます、準備を頼めるかしら」
「もちろんです」
「本当に一瞬なのね」
移動に本来なら数十日かかる大国までの道のり、少人数移動なら渡り繋ぐ者の使うゲートに似た移動魔法が使用できる、便利な魔法だけあって、使える国同士の間者の送り合いや魔法感知の精度向上とか、幼馴染みが苦労しているのを見ているので感心してばかりでは申し訳ないですが…やはり便利です。
遠征費が安く…魔力が術者一人では足りなく、魔晶石を大量に消費するため、安くはないそうです…
しかし、こんなに簡単に移動が出きると精鋭部隊を国の中に送り込まれたらと思うと怖いです。その為に魔力感知の精度向上とかにも力を注いでいるのですけど…
「クレア様…」
レインが苦笑いをしている
お付きの騎士も微妙な顔をしている
「私何か変なこと言いました?」
レインが若干よそ行きの顔で笑い、侍女然とした話口調で言う
「クレア様?この国にしてみればクレア様がいきなりここに現れた事の方が恐怖ですよ?」
騎士の皆さんも頷いている
私一人になにを大袈裟な
剣がなければレインに瞬殺されますよ?
まぁ、剣があれば一個師団でもお相手出来ますけど
「あ、そういうことですか」
今回私は剣はひと振りしか所持を許されていません。
私がこの国で暴れると厄介だとでも思われているのでしょうか
「些か不愉快です」
その場の全員が苦笑いをしている
都合三回ゲートは開かれた、二回目に宰相であり次期国王として長兄が訪れた、それに合わせるかのようにこの国【フェルディナント】の重鎮らしき人物も現れた
「クレア様はおまけですか」
レインが不満気に洩らすが、そんな当たり前の事で怒らなくてもいいでしょうに
三回のゲートで人も荷物も全て移動できた。
帰りはこの国の使い手に送ってもらうことになるそうです
「お互いの国の機密を少しづつ見せる事で壁を少しでも無くすんだよ」
長兄がやってきた、向こうの相手はいいのでしょうか?
「まずは君を休ませる部屋に案内をしてもらわないとね」
ならなぜお兄様がついてくるのですか?
レインもいるのに
なにより、この国の方が何故か困っている気がします。
「ふん、見た目は大丈夫ですね」
部屋の中をひと通り見たレインが腰の後ろ、リボンに隠したポーチから八画錐形の結晶石を取り出し部屋の中央に置き、言葉を紡ぐとそれに反応して銀色の光が広がる
「あら?」
私から強い紫の光が漏れる、正確にはその…腿の辺りから。
後は長兄の指輪から水色の強い光が、レインの腰のポーチからの黒い光、そして私が一本だけ持ち込んだ剣はその二つより小さな紫光をはなっていた。
「クレア?」
長兄の咎めるような眼差し
「この長さは剣ではないので…」
隠していたものを出した、この場にある魔力を帯びた物のなかで一番強い光を放つ小剣、無銘ながら使い回しも良くて護身用にしていた
「それの総称は?」
「小剣です…、」
『名前』と聞くと私が身近な剣につけた名前を言うのを見越されています
「クレア様、せめて短剣にしましょうよ」
短剣だと心許なくて…
「レイン、そこじゃない。一本だけと言ったよね?」
そんな子供に言い聞かせるように言わなくても…
「何かあったら怖いじゃないですか」
「…君が剣を多数持っている方が相手は怖がるよ」
なんですかそれ?小娘一人になにを言って…
「では、質問だ、君が持ってきた『ネポス』だったか、あとそれは?」
この小剣を指差す、もしかして怒っていらっしゃいますか?
「『クレイス』です」
「この二振りがあれば、君はどれだけ闘える?」
そうですね…
「剣の力は使用しても?」
疲れたように頷かれる
長兄の事です、もう予想をしていますね
「そうですね、頑張ればこの城なら落とせるかと思います」
嘘偽りなく、誇張もなく答える
あれ?いかがされました?
「悪びれもせず言うんだよね、この妹は」
「そこがクレア様の美徳です!」
「流石に剣二本で落とすとか言うとは…」
「いえ『クレイス』の力を使えば『ネポス』が宝剣庫の中の剣の力を使えるので…」
長兄が初耳だと驚く
「戦争とかには向いていないと思っていましたので報告はいらないかと思いました」
長兄が額を押さえている
「宝剣庫の中の剣の能力が使える…?どこにそんなふざけた剣が…いや、アレックスの門の魔法の応用か?」
流石です、アレクサンドラの魔法研鑽と古代の王剣の叡智と私の剣姫としての魔力で作り上げました
私が向こうの世界に行っても大丈夫なように色々用意しています
その試作品のひとつです
「…用意周到すぎる」
今の保管庫魔法や宝剣庫魔法だけだと何があるかわかりませんからね
「君は向こうの世界に戦争しに行く気なのか?」
なにを?恋は戦争と聞いています、備えるに越したことはありませんよ?
「まだまだ何かあるのかい?」
「もちろんです」
お兄様如何されたのかしら?
「戦時中ではなくてよかったですね」
侍女がのんきなことを言っていた、あの侍女の事だから妹に「お兄様達には秘密ね」と言われて黙っていたのだろう、弟が暗部の中でも選りすぐり、クレアに対抗できないにしても護衛と抑制になるようにとつけた侍女だが悪い方向に働いている気がする。
『お兄様どうかしましたか?』
…、昔より表情も豊かに年頃相応になってきたのは良かったか
それにしても、大事に布に包まれた、対の長剣と小剣
こんなものを創っていたとは…
この先を考えると少しだけ楽しみなのだが、憂鬱になる
弟も頭を抱えているだろう
魔術研鑽士の肩書きをもつ、妹とは別の意味で暴走する研究者アレクサンドラ、研究費を削減してやりたいところだが…妹がほぼ出している現状なにもできない
更にとんでもないものが生まれないことを祈るしかないけど
神も妹の味方なのだよね…
クレアの口調が本編(現代)と全然違いますが、一応わざとです。
やめようか悩みましたけど、予定通りです(本当?)