アリス、上陸
海面から差し込む光が、額の上を滑る。
時折光を遮る魚の影が、朧げな視界を泳いでいた。
......私、溺れたんだった。
目をつぶろうとして、初めて気付く。
水圧を感じない。呼吸ができる。背には乾いた砂の感触がある。
ゆっくりと体を起こす。
私は、大きな泡の中に居た。
海底に空気のドームが出来上がっている。
しかし、何よりも目を引くのは......。
質感は岩のようだが、私の背後には巨大な蓮の花が咲いていた。
「おにーちゃーん!起きてぇー!」
家の外から声が聞こえる。非常にやかましい声だ。
枕にしがみついて、寝返りを打つ。
「起きろ!バカ!」
やがて意識は、微睡みの中へ......。
「痛ってぇ!てめっ、殴りやがったな!」
「起きないのが悪いんですぅー」
せっかくの昼寝を邪魔しに来たのは、妹の海月だ。海に月と書いて、ミツキと読む。
海月の髪は、水に濡れ額に張り付いている。買ったばかりのウェットスーツも、水が染み込み色が暗くなっている。手に持っているのは、お手製の銛と、狩りの成果だ。
布団の上に胡座をかく。
「お前それ密猟じゃ......」
「いつものこと!」
「あんなぁ......。見つかったら罰金じゃ済まないぞ」
「大丈夫だよ。海竜、今大変だし」
海竜第三地区。
それが、俺らの都市の名前だ。
海を縁取るように、番号付けされた立方体の住居が立ち並んでいる。
「また反政府部隊か......」
「ギフトの何がそんなに大切なんだろうね」
「俺たちは戦争を知らないからな」
ギフト。戦争に用いられたいわゆるロボットだ。世界はギフトと言う兵器そのものを無くそうとしている。しかし、武器を手放したくない者たちから反感を買っているわけだ。
「しかし、反政府部隊撃退にギフトを使ってるようじゃなぁ......」
「説得力ないよねー」
「母さん達は?」
「かいものー。おてて繋いで出かけてったよ」
「相変わらず仲がよろしいこって何よりだ」
「私は、恥ずかしいからやめて欲しいけどね」
ベッドから降りて、海月の手から魚をひったくる。
「あぁー!どーすんのさぁ!捨てるなよ!」
「捨てるわけねーだろ。取っちまったら食うしかないからな」
「よく言った!じゃ、もう一匹取ってくるね!」
「えっ、あっ......ちょ!まっ!」
引き止めるのも聞かず、出てってしまう。
「あーもう、本当に......」
魚を冷蔵庫にしまって、代わりにペットボトルのお茶を取り出す。
喉に味の薄い液体を流し込みながら、明日のことを考える。
「夏休みも、あと半分か......」
寝てばっかじゃつまらないよな。
結局ベッドの上に寝転がっていると、警報が鳴り出した。脳を揺らすようなけたたましい音だ。
「またか......」
と言うのも、最近は鳴りっぱなしだ。
今に、撃退用の黄土色のギフトが出動するだろう。
窓から外の様子を窺う。
「お、今日はSFOもセットか......」
空には、虹色の鱗粉を、散らしながら舞う蝶の姿が見える。あれがSFOだ。
そして、その中央を飛行用の装備があるわけでもないのに、骨のような体のギフトが飛んでいた。
「何だ?あのギフト?」
普通ギフトは、フレームと呼ばれる骨格に装甲を纏わせているが、どこからどう見てもあの夕陽を背にしたギフトはフレームだけだ。
「あんなんで挑みに来るなんて、碌に資材も残ってねぇんだな......」
突然、地面が揺れ出す。
すると、すぐに黄土色の機体三機がライフルを携えて、背部飛行ユニットで飛んで行くのが見えた。
......が、次の瞬間にはその一つが撃破されていた。
「は......?」
さっきまで、遠くに居たはずの敵ギフトが上陸していた。
直ぐに、他二機も撃退に向かうが弾が一向に当たらない。
装甲を捨てて速さを取ったのだろうか?
「いや......それにしたって早すぎるだろ」
てか、これヤバくないか?いつも見たいにさっさと撃破されて終わるかと思ってたけど、上陸って......。
どうやら、戦争を知らない俺らは平和ボケしすぎてたみたいだ。今までも身近に戦闘が行われていたにも関わらず、麻痺した危機意識は避難を選択しなかった。
反政府部隊の撃退を、一種のショーのようにすら思っていた。
でも今、生まれて初めて生命の危機を感じている。
更新は結構遅いと思います。