第一話【転生シノギ】
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異世界ヤクザ
第一話【転生シノギ】
往来は賑わいに満ち、雑踏は人でひしめく。
だがそれを、ばっさりと二つに割って歩くものがある。
肩で風を切る男である。
ぱりっと糊のきいた、白いスーツを着ている。
シャツはどぎついほど真っ赤だ。
革靴も外連なほど磨き抜き、テカテカとしている。
オールバックの金髪、当然染めた髪だ。
しかもグラサンつき。
絶対に、まかり間違ってもまっとうなカタギではない。
くわえタバコが、道端の喫煙禁止看板を相手に突っ張りぶりを見せつける。
忘八の権化。
その白スーツは、道のど真ん中を歩き、やがて、一軒の粗末なビルディングに入った。
目指すは二階。
看板にはこうある。
――蔵権組。
と。
立派な木造りの代紋であった。
伊達や酔狂で飾る看板ではない。
壁に撃ち込まれた弾痕もだ。
つい二週間前、縄張り争いをしているチャイニーズの鉄砲玉が撃ち込んできた。
それを気にするふうもなく、白スーツは組の事務所に入る。
「うっす」
「あ、はよざっす!」
「うっす! 魔鬼崎の兄貴、はよざっす!」
「おうマサ」
中にいた、チンピラの三一が、角刈りとパンチの頭を下げる。
男――魔鬼崎狂句郎は、磨き抜かれた革のソファに腰掛け、ぞんざいにテーブルに足を投げ出し、高級ブランド靴を乗せ、咥えていたタバコを手にとった。
「うっす!」
舎弟の角刈り――サブが、テーブルから取り上げた灰皿を差し出す。
そこに吸いさしの灰を落とし、魔鬼崎は視線をさまよわせた。
「叔父貴はどこだ」
「へえ、それがまだで」
「珍しいな。組長が刑務所行ってる間ぁ、いつも早くから事務所入ってるのに」
「ですよねえ」
「おいマサ。てめえは知らねえか」
「俺もわかんねっす。うっす」
マサ――パンチの男である。
というような会話をしていたときである。
まるで彼らのやりとりに呼ばれるように、組のドアが開いた。
「よう、遅くなったな」
「はよざっす! オク三郎の叔父貴!」
「うっす! はよざっす!」
「うっす!!!」
その巨体を前に、すかさず魔鬼崎も、サブとマサも、頭を下げてお控えなすった。
ずいと、窮屈そうに、真っ黄色の派手なジャケット姿が中へ入る。
身長2.5メートルの肉体に、人間用事務所は少し狭い。
肌は緑色である。
豚のような面構えに、牙が軽く唇を割って下顎から出ていた。
オーク族のオク三郎である。
オーク族でありながら苦学して大学を出たインテリヤクザで、蔵権組では組長である、ドラゴンの蔵権組長、通称オヤジからは、よく組を頼むと任せられている、極道家業30年の大ベテランであった。
今、昨年の抗争での出入りで、組長の蔵権は懲役に出ている。
代貸であるオク三郎の叔父貴が組を仕切っていた。
小さな組だが、この辺りのショバを〆るバリバリの極道である。
「どうしたんです、今日は」
「もしかして、また呉武組のやつらがなんか仕掛けてきたんすか」
「そんときぁ言ってくだせえ、俺がいつでもカチコミますぜ」
へへ、と前歯がごっそり抜けた汚え面で笑い、サブが腹巻きに挿している、舶来のチャカを見せる。
「そんなんじゃあねえよ、よせよせ、おめえそんな勢いづいて抜きたがるとなあ、またポリにパクられんぜ」
「へえ、す、すいやせん!」
まったく、と、魔鬼崎も肩を竦めた。
どうにも若い衆の二人は、まだそこらで単車を転がしているゾク風が抜けねえ。
チャカなんぞはドスと同じ、必要なときだけ敵の命取る道具だ。
それを格好つけて抜きたがるのでは、まだまだ素人のド三一よ。
「で、なんかあったんですかい」
「おうよ。まあ、こいつを見てくんな」
そう言ってオク三郎は、自前のラップトップパソコンを出したのである。
なにがあるのか、ずいと野郎三人は雁首揃えて覗こきこむ。
そこにはこう書いてあった。
「転生請け負い。ですかい?」
と。
――転生請け負いいたします。
――人生再スタート!
――明るい未来がそこにある!
――今なら格安! 通常料金30%引き!
どうにも飲み込めない数々の言葉が並んでいた。
サブとマサは顔を突き合わせ、首をかしげる。
多少は渡世の事情に明るい魔鬼崎も、これはすぐ飲み込めなかった。
視線をオク三郎に向ける。
「どういうこってす」
「新しいシノギよ。ホームページを業者に頼んで作ってもらった。ツイッ◯ーとフェイ◯ブックアカウントもある。こっちの更新はサブとマサにやってもらおう。狂句郎、おめえは俺と営業だ。格好もカタギ風にするぜ」
「まってくだせえ、まだどういうシノギかよくわかりませんぜ。チャカや粉の売とはチゲえんですかい」
「まあな。そっちはおいおい話そう」
そう言って、オク三郎は、話始めた。
「どうも~。始めましてえ、ワールドテンセイ・プログラミングの魔鬼崎ですう」
「オクです、よろしくお願いしますう」
分厚い眼鏡。
七三分けの髪(とうぜんカツラ。
程よく着慣れた感のあるグレースーツ。
なるほど、営業周りをしているリーマンそのもののなりだった。
ふたりがやってきたのは、某有名ファミリーレストランチェーン店であった。
待ち合わせた相手は、どう見てもうだつのあがらぬ、どういう職かよくわからぬような、色白の肥満男であった。
「新藤さんですねえ? どうも初めまして、よろしくお願いしますう」
不良債権回収やショバ代の上がり、博打のカタを巻き上げにいく時とは裏腹のネコナデ声であった。
魔鬼崎のごますりに、相手の色白肥満は、汗をかきつつ頷く。
「どーも。ほ、ほ、本当に、できるんですか。転生。魔法ですよね」
ちらとオーク族のオク三郎を見る。
なるほど、人間族でないオーク族は、今でも魔法世界のつながりを示すのにうってつけだ。
本当はエルフのほうがいいのだが、あいにくああいう希少種やら、金持ちばかりの種族というのは、こういう場末のチンピラ家業をするものではない。
「ええ、もちろんですよ。ちゃんと国際魔法協会の認定書もあります」
「今ならお値段は30%引きですので、お安くなってますう。どうですかあ」
ニコニコニコニコニコと。
それはもう満面の笑みで語る。
ごますりごますり、揉み手してである。
契約書はすでにテーブルに出してあった。
必要書類に書き込まれた記載事項は大変文字が小さく細かい。
これを一読で理解できるかどうか。
肥満は取り上げ、読む。
「どうですかねえ」
「ま、まってください、読ませて」
「ですがねえ、今もう予約がいっぱいになりそうなんで」
「ええ! 本当ですか!」
「っと、失礼。ええ、はい。はい。なるほど」
これみよがしに鳴る電話。
向かいの席に座っていたサブがかけたものだった。
スマホを内ポケットに仕舞い、オク三郎は残念そうに首を振る。
「すいません新藤さん、もうこれで予約打ち切りになりそうですんで、これで」
「どうもお手数かけました」
「ま、まって! 払います! 契約しますから、どうか!」
「へえ、そうですかあ。まあそこまでおっしゃるなら、ねえ」
「ええ、お一人くらい可能ですよ」
「か、書きます! 書きますから!」
肥満は、汗をダラダラと流しながら、契約書にサインした。
ずいぶんとひとが集まった。
全部で30人ばかりだろうか。
全員男だ。
色白の肥満、新藤もいた。
土方風、痩せ型、眼鏡、人種もまちまちで、大陸系や、果ては亜人の犬人もいた。
共通している風合いとなると、全身から漂うオーラである。
負のオーラとでもいえばいいのか。
肩を落とし、生気がない。
疲れ切っているふうである。
金持ちや富裕層の匂いはない。
だが、そういう相手こそ、むしり取るには好都合なのだ。
「えー、どうも、集まっていただきありがとうございます。ではこれより、テンセイの儀を行いたいと想います。はい、センセーどうぞ」
「うんむ……」
むにゃむにゃと。
眠たげな男が出てきた。
白髪白髯であった。
ローブ姿で杖を持っている。
魔術師ふうである。
実際に、世界魔術協会の認定許可証を持っていることを示した。
だがこれは、ほぼ偽物といっていい。
大陸某国では、金を払えばどんな人間にでも免許を発行する地域がある。
そこの、それだ。
つまりはこの免許証を持っていれば誰でもいいのである。
集まった男たちは、みな、期待に胸を躍らせた。
「これでこのつまんねえ世界ともおさらばだ」
「ああ」
「俺、異世界にいったら美人とセックスするんだ」
「俺も」
「どんなスキルが手に入るかなあ」
と、ウキウキしていた。
認定書と魔法の許可証を見て、信じ込んでいる。
あるいは、本当に心底、今の境遇に嫌気が刺していた。
新藤もそうだ。
家に引きこもること10年、親の小言にもうんざりし、働くのも嫌だった。
転生、なんと心の浮き立つ言葉か。
素晴らしい第二の人生を保証するという、ホームページの文言にすがりつき、親の仕送りを全て支払いに回した甲斐がある。
「うっし、サブやれ」
「うっす」
合図をして、魔鬼崎とオク三郎は横へどいた。
ドドドドドド! と、巨大な質量が突っ込んできた。
ロードローラーであった。
全員を轢き潰すのにこれほど都合のいいものはない。
土建業も、一事業の一環でやっている事務所だった。
サブは無免許であったが、運転はできたので。
次の瞬間には、大勢の人間がただの肉塊になる。
殺人罪が適用されないのはわかっていた。
彼らが魂魄的に死んでおらず、別の生命に転生したことを、魔法学とその免許が、市に申請しているからだ。
問題は後の肉体の処理だが、これはさすがに別業者に委託すればよかったと想いつつ、魔鬼崎はゴム長を穿いて処理しだした。
以前、敵の組の鉄砲玉をバラしたときのことを思い出していた。
(こ、ここはどこだ)
新藤は目を覚ました。
そうだ、自分は、転生したんだ。
新しい世界だった。
赤ん坊に生まれ直したのだろうか。
ああ、ぬくもりが全身を包む。
心地よい。
(昔の記憶を持ったまま、僕はこうして新しい命に……今度はイケメンに生まれれたかな、どうだろう)
ぴぎい
ぴぎい
変な声が聞こえる。
体になにかが当たる。
毛深いものだ。
顔をあげる。
そこには、毛に覆われ、牙を生やし、デカイ鼻をして、ヨダレを垂らした顔があった。
(なんだ、こいつは! なんだ! なんだここは!)
見渡す。
周囲には、自分と同じくらいの大きさの塊が転がっていた。
親の乳を必死に飲んでいる。
爪の生えた四足で地面を掻きながら。
汚穢なる土の寝床で腹ばいになって。
豚。
野豚だ。
なぜ自分が、人間の自分が野豚に混じっているのか。
新藤は慌てて視線を落とし、絶望した。
そこには、他の子豚と同じ、鉤爪の生えた畜生の足があった。
もし鏡があれば、一層早く彼は現実を受け入れたろう。
(うそだ うそだ うそだ! うそだ! こんなの! うそだ!)
真実だった。
その後、猟師に狩られるまでの幾年もの間。
ひとの心を持つ豚は汚らしい、どこの世界かもわからぬ異世界で、生き抜いたのであった。
「おっす」
「あ、はよざっす! 兄貴!」
「うっす! はよざあっす!」
「おう、来たかい」
「遅くなりやした、叔父貴」
事務所に入り、魔鬼崎は、組員のそれぞれにアイサツする。
アイサツは大事だ、どんな業界でもだ。
どんな形でもである。
魔鬼崎が出したのは、先程営業で取ってきた、新しい契約書であった。
このところ、やり口を掴んで、彼一人でも美味いカモを引っ掛けている。
「今月だけでもう10件か。しばらくはイケそうだな」
「へい。まあ、そのうち警察も嗅ぎつけてきそうですが」
「なあに、まだ違法魔法に認定されたわけじゃあねえ、それにほれ、きちんと転生はできてるってよ、認定されてるじゃあねえか」
「そうッスね、なにになるかは、わからねッスけど」
というようなやりとりを、二人は交わす。
転生シノギ。
新しい新興のシノギである、いずれ参入してくる別の業者のことも考えつつ、魔鬼崎はテーブルに足を乗せ、鬱陶しそうに、懐のチャカ、愛用のコルトを弄ぶのだった。