プロローグ
「えすえす、えすえすあーるさま、SSRこい、来い、来い…ッ」
暗闇のなか、はっきりと表情まで照らす程スマートフォンに顔を近づける。
地方都市の街灯の少ない住宅街、人気のない時間帯を良いことに
家に帰るまで我慢できずに液晶を指で触っていく。
興奮のあまり震える指を鎮めようとするも、数カ月ぶりの「イベントガチャ」に
仕事終わりの電車の中で通知を見つけた瞬間から心臓は鳴り止まない。なんたって大好きなキャラクター、つまり推しの初めての最高レアイベントなのだから。
【このアイテムを購入します】の表示、つまり『課金ボタン』を押す指も震える。イベントピックアップガチャというものは期間限定開催な上に、出ないときはほんとに、全く!全然!「引けないもの」なのだから。なにがピックアップなものか。ピックアップされてるのは私の給料じゃないか。
そう……今月の給料がどんどんこのボタンに吸い込まれていることも頭の片隅で理解はしていた。平々凡々な社会人中堅世代、最近結婚式を挙げた友人に聞いた費用はピックアップガチャに吸い込まれた金額とそう変わらなくてちょっぴり落ち込んだりする。
「これで出なかったら一旦やめよう……」
自分に言い聞かせるように声に出し、購入したアイテムで
ガチャをひくボタンを押し―――――
目の前にひどく眩しさを感じて、それから衝撃。
そうして私は死んだ。
✳
「死んだけど生きてる……」
頭がおかしくなった発言じゃない。断じて。
ここは自分の部屋。自分のベッド。
シンプルな白い壁紙に囲まれた部屋には小学生の頃から使っている学習机が壁を背に置いてあって、横には体操服のジャージやら参考書やら。高校受験も終わってあまり活躍の機を見ないでいる机の上には、友達とお揃いで買った今流行のゆるきゃらぬいぐるみが並ぶ。
そう、私は公立に通う高校一年生で、両親と1つ違いの弟と暮らす極々、極々普通な『女子高生』だ。
「転生しても平々凡々って嘘でしょ…………」
それなりの高熱が出て学校を休んで寝ていた私には、昨日までの記憶がはっきりある。16歳、青春真っ只中今を生きる女子高生のつもりで生きていたのに、転生前の年齢を追加で考えるとむしろ親に近い人生を生きてきてしまっていることになる。
……いや、ちょっと転生前の期待と違うんだけど。
どうせ転生するなら魔法の使える異世界とか!なんかちょっとお金持ちの貴族令嬢とか!それこそ、乙女ゲームの世界に転生なんて設定の小説にハマった時期もあった。
つまり姿形ももちろん、世界が違う未来文明、素敵な許嫁やライバルや冒険や、自分のスキルが開花しちゃうような、劇的なことが起こるからこそ転生する意味があるのだと。
この16年を思い出しても「普通」すぎてむしろ、転生の記憶なんて思い出さずに幸せになりたかった……………