↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤ノ影斗記 \ Anti-Dreams  作者: 鰓鰐
第α章 青嵐―Into the Blue ―
2/14

〈1〉


―1―




打ち終わったメールが無事に送信された事を確認すると、少年はパタン、と小気味良い音とともに、携帯電話を折り畳む。赤いボディのガラパゴスケータイ、その外付けディスプレイに表示された時刻は16時40分。高校へ進学した時分、初めて所持する事になったこの機械を、少年は未だ慣れない手付きで撫でた。


入学早々、クラス中の生徒から赤外線通信でメールアドレス交換の洗礼を受けたのも、すでに二ヶ月前の事。夏休みを翌月に控えた彼は、読書感想文の課題図書を借りるため、普段訪れる事のない図書室に赴いていた。


「ふっ……!ん……!」


放課後、冷房の効いた室内に人は少なく、だからこそその少女に目が留まった。上段にある書物を取ろうと必死に背を伸ばし、指先が触れるか触れないかのところでもう一頑張りしている。誰かに頼めばいいものを、まるで他人の手を借りては負けだと言わんばかりの勢いで、少女はそれに挑み続ける。赤い縁の眼鏡をかけた彼女は、少年と同じクラスの生徒だった。


「手、貸そうか?」


後ろから声をかけると、それに驚いたのか、その拍子で手に触れた書物が、落ちそうになる。それを、彼は予測していたように受け止めた。


「あ、や、八神くん!?」


「去年の文化祭の資料か。そういえば美原さん、実行委員だったもんな」


そう言って書物を差し出してくるのが、同じクラスの八神七斗(やがみ かずと)という男子生徒だと気付くと、美原と呼ばれた小さな体躯の少女は、慌てて居住まいを正す。


「あ、ありがとう……その……」


チラチラと顔を窺いながら、美原は書物を受け取る。何となく妙な沈黙が訪れそうだと察すると、八神七斗は「気にしないで」と笑いかけた。


「たまたま見かけたから、声かけたんだ。どう?委員会は順調?」


何気なく、話題作り程度の意味合いで尋ねた一言だったが、美原はわずかに視線を下げる。それだけで、明るくない話題に踏み込んでしまった事を察するのは、易かった。


「え、えっと……実行委員全体としては、うまく機能してる、んだけど……」


歯切れの悪い言葉を聞いて、彼女が何かしらの問題を抱えている事をどことなく読み取る。何となく思い当たる節があり、「実行委員って、各クラス二人ずつだったよな?」と問いかけると、彼女の眉はますます下がった。


「うちのクラスの実行委員、美原さんと、もう一人は誰だったっけ?」


「……む、村山くん……」


それを聞いて、八神七斗は合点がいったというように頷く。彼女が口にしたのは、二人と同じクラスの男子生徒の名前だった。ただし、数週間ほど前に体調を崩して欠席してから、彼は一切学校に来ていない。


風邪にしては長過ぎる欠席期間に、思わず深刻な病気なのではないかと疑う声が、当初はクラスの中にもあった。しかしそれを否定したのは、深夜に家の近くを出歩く彼の姿を見たという、複数のクラスメイトによる証言だ。つまりそれは、彼が『自主的に学校に来るのを拒んでいる』という事であり、今のところ担任を含めたクラス全員の共通の見解は、平たく言うなら、彼が不登校だという事になっている。


「それで、委員の仕事を一人で抱え込んでいるわけか。担任には相談した?」


「う、うん。代役を立てよう、って、言われた」


「そうか。まあ、俺も部活がなければ手伝いたいんだけど。……でもそれじゃ、結局は根本的な解決になってないよな」


腕を組みながら、八神七斗が呟く。美原はその意味を問うように、不思議そうに首を傾げていた。


「代役はいいかもしれないけど、それじゃあ村山の件は解決しないからさ。代役云々より、やっぱり本人がクラスに戻ってくるのが一番だから。……よし、決めた。俺、今日は部活が休みだから、一度村山の家に行ってみるよ」


何気なく提案するように、八神七斗は言った。それを聞いて、しかし美原はキョトンとした表情を浮かべている。


「……八神くん、村山くんと仲よかったっけ?」


言われてみて初めて、八神七斗は考え込む。


「時々話す程度かな……まあでも、何もしないよりはいいと思って。何が出来るか分からないけど、皆心配してるって事は、伝えときたいし」


微笑みかける八神七斗の姿を見て、美原は慌てたように目を逸らす。それから彼女はしばらくもじもじと悩む素振りを見せた後で、口を開いた。


「あ、あの……じ、じゃあ、私も……一緒に行ってもいいかな?」


「同じ実行委員だし」と慌てて付け加えながら、躊躇いがちに八神七斗の方を見上げる。それに、八神七斗は快く頷いた。だがこの時、少女がその言葉を絞り出すのにどれだけ勇気を必要としたのか気付けるほど、彼には乙女心というものが理解出来てはいなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。