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自縄自縛


「広い家だね。」


家に入った途端、実羅が今までの暗い雰囲気を打ち消そうと明るい調子で声を上げる。


「まっまあな。」


その変化に気後れする形で俺は頷き、彼女を中へ促す。

実際、俺がこの家に彼女と同棲しようと考えたのは家が広いという理由もある。

そーいやこいつの家どこなのか気になるっちゃ気になる。



「はい。お茶だ。」

「ん。ありがと」


男の家に入ったのが初めてそうには見えないが、彼女は随分落ち着きがないように見えた。さっきの出来事が尾を引いているのかもしれないし、これから話す内容が愉快なことでは無いと予見しているのかもしれない。


「男の子の家に入ったのは初めてか?」

「違うよ。()()()と違って()()()じゃないから。」


いきなり毒舌を披露された俺はしどもどした。(しかも中々真実だから返す言葉がない!)。


「そういうあなたはあるの?女子の家に行ったこと。」

「生憎、陰キャの俺は女子の家どころか男友達の家すら数える程しか行ってねえよ。」

「本気で悲しい人だね。でも大丈夫だよ。」


憐憫を垂れるような労り顔で俺を見詰めてきた。いちいち挑発が多いなおい。これがスクールカースト上位者の余裕と自信かよ……。


「大丈夫って何が?」

「えっ。何とかなるってこと、深い意味はない。」

「口引き裂くぞ。」

「でも、川凪君は本当に出来た人間だよね。あなた以外でも沢山友達いるのに態々あなたと絡むなんて。」


流石の陽キャ勢実羅さん。陰キャの恫喝には意も介さないなんて、その上更に俺を間接的にdisってくるなんて(陽キャ云々より単純にこいつ性格悪いんじゃないか説も有効)。

だが、賢吾が良い人間なのは肯定すべき点なので俺への侮辱は無視して話を展開する。


「あいつは昔から誰よりも成長早くて、色んなことで才覚溢れる人間だったしな。それでいて性格も良い。俺について来てくれる理由は分からないけど。」

「ねえ、屋並孝輔って分かる?」

「おっおう。分かるよ。」


閑話休題と言わんばかりに実羅は話をいきなり変えた。もしかしたら今まで本題を切り出す所に迷ってて、話を転々とさせて来たのかもしれない。

そう思ったのは、屋並孝輔。その名前を口にした後の表情がやたら冷酷で真剣なものになったからだ。


「屋並孝輔ってクラスでも陽キャって感じのあの元気ハツラツ形男子だろ。」


そんなに話したことはない。何せ彼は川凪とは違い、自分とタイプの合わない人間とは自分から声を掛けようとしないのだ。

最初の頃は性格の偵察がてら俺に話し掛けてきたことは何回かあったが、スクールカースト確定された今では全く話すことが無くなった。



「それで?あいつがどうした。」

「彼は1ヶ月後死ぬ。」



ツーと血の気が引いていく感じがした。その言葉を噛み砕くのにそう時間は要らなかった。

涙が出る訳では無い、別に賢吾と違って仲が言い訳でも無いし。

唯、強大な焦燥に打ちひしがれた。彼のいつもの元気ハツラツな顔と死に顔が全く重ならなくて………虚しくなる。所詮人間なんてこんな感じで簡単に死んで行くんだ……て。


すると、バチンと頭が弾けるように傷んだ。()()()のことが鮮明に頭に思い浮かんだのだ。脳みそそのものが赤く滲みたようにはっきりとこびり付いて離れない黒々とした赤。

そして、蓋をしていた箱がこじ開けられたように。ずっとモザイクをかけて見えないようにしていたその人物の顔が、揺蕩うみたいに部分的に浮かんできた。


やめろやめろやろめやろめやめろやろめよろ――――

やめろ!!


「どうし―――宗一?!」「大――――夫?」


段々とめまいが俺を侵食し、目の前が暗闇に引きずられていく。あの日(トラウマ)が心の中を蝕んでいるんだと思う。

いつまで経っても治らないんだ、これ。

………やばい吐きそう。


「うっ……」

「宗一!」


ビクリっと俺は肩を揺らした。朝、大音量で目覚まし時計が鳴ってびっくりするのと似た感覚だ。だが、視界は夢か現か分からないような暗闇から爽快な程はっきり晴れた。晴れた視界で見えるのは実羅の少し不機嫌な顔だ。


「何が思い浮かんだのか知らないけどさ」


実羅はじっと俺を見つめてこういった。


「宗一、あなたを殺すのは私。だから、今は死なないで」


思いがけない言葉を口にされた。

彼女は別に俺の心に問いかけるのでは無く、自分自身がただ言いたかったことを告げるように憮然とした態度でそう言ってきた。

その言葉に何故だか救われた気がした。

そうだ、俺を殺すのは彼女だ。俺自身が俺を殺してはならない。

悪夢の中の俺に俺を殺されてはいけない。


「ありがとよ、死神。」

「…?」


本当に俺の気持ちを察してかけた言葉では無いらしい。だが、それが嬉しかった。誰にも俺の心の中は悟られたくはない。開示するつもりもないし、したくもない。



実羅は俺にもう一杯のコーヒーを頼んだ。俺はキッチンに行きコーヒーを注ぎ、ついでに俺分もコーヒーを注いだ。

俺はそれを持っていき実羅は"ありがと"と軽く微笑み、そこからしばらく無言でコーヒーを飲んだ。


「1ヶ月後に死ぬ…か。俺よりも先に死ぬなんて気の毒だな。どうせ死ぬなら仲良くしておいた方が良かった気がするな。」


これは本心を包み隠さず言った言葉だ。もし彼がこのまま何事もなく、青春を謳歌すべく突き進むなら、仲良くしたいとは思わなかった。

だが、1ヶ月後で彼の溌剌とした姿、声、クラスメイトを授業中に笑わせるジョーク、全てが見納めになると思うと、最期のその瞬間を記憶の断片に刻み込みたい思うのは不謹慎な事ではないだろう。

仲良い訳では無かったけど、嫌いじゃなかった。


「私だって嫌だよ。クラスメイトを、しかもそれなりに仲良かった友達、花火だって一緒に行ったくらいの仲良しを殺さなくちゃならないなんて……。」

「どうにか、ならないのか?」


実羅は俺をちらりと見てから、学校鞄から本を取り出した。

その本は聖書に近しいものなのかもしれない。真っ白で静謐な感じのそれは表紙の真ん中に"聖典"とだけ書いてあって他には擦り傷や滲みさえない。

実羅が数頁パラパラめくり、俺にとある頁を見せる。


「すげえ綺麗に保管されてたんだ――」


それに記載されていた言葉に俺は絶句した。

空いた口に猿轡を噛まされたみたいに、声が出なくなったのだ。

俺は唯、その夥しい白が目をチカチカさせる頁の真ん中を瞠目した。


屋並孝輔 1ヶ月後 死亡


「こうやって、突然この本に浮かんでくるの。」

「これが余命神告…?」

「いや、違う。これは絶対神告というもの。ここに浮かんだ人間の名前の人間は必ずこの日に死ななければならない。余命神告は何度か定期的に現れて消えていくものだから、あなたのような()()を除けば死の確率が高まるだけで回避する方法はある。けど、これは別。」

「えっ、待てじゃああの時俺に宣告したのは…」

「浮き上がっていたの。余命神告が、それを間違えて口にしてしまったのは私の最大のミスだけど、決して一年後に死ぬことは私が作り上げたシナリオじゃない。()()()()()()()


"上の誰か"その言葉に引っ掛かる所はあったが、それより屋並についてが先決だ。


「……直接伝えるのか?本人に。」


口が重かった。いや、言い終わった直後に失言だったことに気づく。


「分かんないから今考えてる。」


彼女は寂しそうな、しおらしいような顔を浮かべてそう言った。その双眸は"聖典"を睨み付けたまま、動かない。

少しだけ潤んだ目は苦痛さえ押し殺して、やるせない悲しみを唯耐え抜いているように見えた。

泣くことすら許されないのだろうか。彼女は。

彼女だって本当は泣きたいのだろう。ただ、自分の中で"それはダメだ"と自身を束縛することで、きっと堪えている。


やっぱり彼女の心はまだまだ檻の中なんだ。


「俺も…ついて行っていいか?」

「どういう意味?」


実羅は眉をひそめ、怪訝な表情を刻んだ。そんな実羅の顔を俺は見た事がなかったので少しだけ狼狽えたが、息を整え、言いたいことを伝えた。


「俺も一年後に死ぬんだ。どんな感じでお前に介錯してもらうのか、知りたい。だから、屋並にこのことを打ち明けるなら俺も連れてってくれ。」

「……いいよ。けど、自己責任だからね。」


"自己責任"。その言葉に重圧を感じた。うっかりミスすれば深い穴に堕ちて行くのではないか、不吉というか不気味というか、心の奥底を震わせる何かがあった。


「ああ。分かってる。」



俺はまだ微かにコーヒーの残ったカップに口をつけ、飲み干した。砂糖を入れすぎたのか、底の方は少し甘ったるい


「俺もお前に話したいことがあるんだ。というかそれをは話す為にここへ呼んだ。」


彼女はやおら困惑の色もなく、芳しいコーヒーの香りを嗜むようにカップを持ち上げて"ん。"と声を漏らした。


「長話ごめんね。暗い話ばかり、次は宗一の番で。」


私もちょっと話し疲れたし。とため息混じりに呟いた。

今日は随分と話がコロコロするもんだな。


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