人生で初めての日
今日は「人生で初めて」を沢山味わった日、そう記念日として遺しておきたいくらいだ。
まず1つ、人生で初めて、往復ビンタ×10なんて喰らった。
しかも1発1発が物凄く重くて、後半、ほぼ涙目だ。
後日談だが、鏡を確認して、赤い手形がくっきり残っていることが判明した。
そして、もう1つ。これが重要事項である。
初めて他人の女の子に同棲を申し入れたことだ。
その1行だけを聞けば、とても気色の悪いプロポーズだと思われてしまうだろう。
だが、俺と実羅の関係上、それはとても合理的な事だったのだ。
まあ、そんなこと、一瞬では理解し得れないだろう。
「はぁぁぁぁぁ?!頭おかしんじゃないの!!」
表面上、カレカノ関係を示すにはおあつらえ向きな清楚で可愛い彼女の声が一瞬で崩れ、完全に"死神モード"に切り替わっていた。しかも、それが往復ビンタし終えた後に発動するのが恐ろしい。理性が働くより前に、反射的にビンタするとかどんな教育受けてきたんだよ。
「口より先に手を出すな。」
俺はジンジンと膨らむ頬を撫でながら(涙目で)言う。
実羅は口元を膨らませ、皺を寄せてこちらを釘を刺すように睨みつけて来る。
「いや、いやらしい意味で同棲とか、そんなんじゃなくてちゃんとした理由があるんだって!」
「………」
頼むから、プンプンとか擬音でも良いから何か発してくれ。本当の無言の威圧とはここまで、力を持っているのかと実感する。
「あのな、同棲すれば、不測の事態が発生して俺の生命危機が生じても、お前はすぐに気づいて、俺を助けることだって出来るだろ?」
「だからって思春期の男女が同じ屋根の下なんて、色々アウトじゃないの!?」
「いや、寝室とか色々分けるから安心しろ。」
「どうせ、家事とか諸々やらさせるんでしょぉ?奴隷みたいに扱き使わされるのは嫌だ!」
「いや、そこまでしねえよ!ってか家事くらい許せ。」
「却下す――」
ここだ!ここであの言葉を使えば
「命令でもか?」
俺は少し見下ろすようにして、言う。
すると、実羅はムウっと口を不機嫌に歪ませて、黙り込む。"命令"って言葉1つでここまで拘束出来るなんて、思ってもなかった。
俺は至極ご満悦な笑顔を浮かべてやった。
「……変なことしたら、容赦なくギリギリ息の根が止まらないくらいまでズタズタにしてあげるからね。」
ギリギリ息の根が止まらないくらいまでズタズタにするって、どんな脅し文句だよ。一瞬でそんな物騒な言葉を生み出した実羅の発想力に感銘を受けながら、俺は彼氏面?って感じで彼女をリードして先を進んだ。
極論を言ってしまうと、日本でもっとも安全地帯なのは学校だ。いや、極論では無いな、日本で15年間生きて来た結果行き着いた結論と呼んだ方が正しいだろう。
学校から抜けて行くと、特に市街地、小さないざこざは日常茶飯事だ。酷い衛星都市では、暴力、窃盗、恐喝、あらゆる犯罪行為が罷り通っているとも聞いたことがある。
20年前から、随分と日本は堕ちてしまった。"秩序"というものの形が"不明瞭"になってしまったのだ。
まあ、そんなナイーブな話を今すべきでは無いか、そんなことより今は実羅とどのように安全且つ健全(場合によっては後者は削除)な生活を育んでいくかに思考を巡らせなければならないな。
さて、どうするべき―――ひゃぁ!?
急に掌から感じる柔らかい感触と温もりに、俺は小さく声を上げた。
「ちょっ!実羅?」
「全く、ウブなんだから。」
いたずらっぽい笑顔と上目遣いで実羅は手を握ってきた。
そして、きっと男子高校生なら絶対全員がキュンとするような、蕩ける声というダブルアタックで俺を責めてきた。
…外ズラモードの実羅は、矢張り可愛すぎる!
「そりゃ。」
「を!!」
柔らかさと温もりは徐々に肩へと吸い上がってきて―遂に胸に肘が!…当たって――――やばいこんなに大きかったんかよ…。
あまりにも過激で大胆不敵な実羅の行動に俺は対処しきれず、頭に血が回らなくなる。立ちくらみたいな感覚が波のように打寄せる。
俺は湯豆腐みたいに茹で上がった蒙昧な頭で彼女を見つめる。
完全におちょこっているいる顔だ。その顔は外ズラモードの実羅のふわふわした可愛らしさと、死神モードの実羅の人を弄んでいる小悪魔感、2つの要素が融合しているように見える。
「みぃ…みのらぁあ!お前なにしてんだよぉ…」
沸騰したヤカンになった気分だ。耳の穴から蒸気が発射しそうな程、頭が熱い。
「あなたの弱い所、見つけちゃった。」
いたずらっぽく微笑む。コノヤロウ、何が楽しくてこんなこと…
「ほら、だいたい予想はついてたけど、やっぱりあなたは彼女が誘って来て、手も出せない、臆病な人なんだなーって。」
「いや!こんな公共の場でやったら警察ものだぞ。」
「いいじゃない。牢屋の中にいれば、ある程度の安全は保証されるんだし1年経ったら私が迎えに行けば、それで仕事完了よ☆」
「よ☆じゃねえわ!お前が得するだけで俺肩身狭い思いしか出来ねえじゃねえか。」
とんでもねえ奴だな。こんなのを好きになっていた時期があったと思うと、俺の女を見る目はまるで無いことが裏付けられた。
いや、一応補足しておくが俺が霞浦実羅と付き合っているのはこいつに一種の嫌がらせをするためってのが大半であり、決して今は好きな訳ではない。
どうしてこいつの本性を知っても尚、好きでいられるだろうか、いや、いられない。
「なんでいきなりこんなことを?」
「周りの女子高生があなたのことをいやらしい目で見てたし、取られないようにってね。」
実羅が俺の耳元まで口を寄せて囁く。甘い吐息が直接耳孔に吹き掛かり、こそばゆくなる。その動作もとても色っぽくて…意識がそちらへ持ってかれそうになる。
それから目をそらすように周囲に目を向ける。
見ると、周りには三角形に散らばる点a,b みたいにまばらに立つ同じ制服の人達が、こちらを注視している。
俺は動揺を隠して実羅とイチャイチャする。
だが、霞浦実羅に彼氏が出来た、と他クラスにここまで知れ渡るなんて、本当に彼女は絶大な人気を博しているらしい。
1度深呼吸をして、恥ずかしさを押し殺して声を変える
「今日はどこに行きたい、みぃ?」
「うーん、今日は遊園地行きたいなぁ。」
実羅は凄い複雑な表情で瞬き1つしてから、もう一度顔を作り直して言った。今完全に引いてたよな?なに、そんなに演技酷かった?
「あれが霞浦さんの彼氏ぃ?(ボソッ)」
「釣り合ってないよね。」
女子高生2人が小声で呟く。
全然いやらしい目じゃねえし、むしろ蔑みだろうが。しかも、めちゃくちゃ聞こえてるからな。驚くくらいに。辛辣過ぎでしょ。女子高生ってこんなんなの?怖すぎる。
なんて思ってた矢先、家に到着していた。周りの人間に集中し過ぎて、思いの外早く感じる。
いや待てよ、流石に早過ぎないか?
玄関の表札を横切った辺りで実羅が突然吹き出す。含み笑いというか、ずっと我慢していたようだ。
「あははぁ、みぃってどんだけ腑抜けた呼び名なの…あはは」
「しゃあないだろ、他にカレカノぽい呼び名見つからなかったんだよ!」
いつの間にか、実羅は死神モードに変化していた。彼女は死神モードになった時、雰囲気が清純な白から濃淡な黒って感じで変わるから、すぐに分かる。
"死神"実羅はひとしきりにケラケラ笑ってから、実羅は嬉しそうに返答する。まだ白さがあどけなく残っているようにも思えた。
「でも、嫌いじゃないよ。ちょっと気持ち悪かったけど」
「結局気持ち悪かったのかよ。」
「所でみぃ。今何かしたか?」
「みぃって2人の時言わないで。」
どうやら死神モードの実羅の前ではみぃという呼び名は全く不愉快なものらしい。
実羅は表札を砂遊びをする時のように横になぞり、俺をしたり顔で見つめてくる。
「まあ瞬間移動って感じかな。」
瞬間移動!?そんなことできるのかよ。いきなり、耳慣れないというか、非現実的な単語が耳から駆けて来たので一瞬びくる。
「いや、誰でも彼でもって訳じゃなくて、あなたみたいに私の存在を認知した人との間のみ可能ってこと。まっ目撃者もいないし、瞬間移動しても問題ないなと思ったから、したの。」
「いや、もしだれか見てたらどーすん―」
「あれっふたりとも何してるのぉ?」
ふと、会話に切り込んで来る闖入者。その声には物凄く聞き覚えがあった。
「けっ、賢吾!?」
「ちっす。」
俺と実羅はほぼ同時に面食らった。