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死神の懐中



「あなたが言う通り、私は死神なんて望んでやっているものじゃない。だけど、やらなければならない。それが私に課せられた"罰"なんだ。」


実羅は少しはぐらかすように笑って、そう言った。


「そっそれって――」

「私にも何なのか分からないの。ある所で目が覚めて、その周りの人達に言われたの、"お前には罪がある"って。」


罪?あまり身近で聞かないその言葉を少し頭で反芻する。

霞浦実羅が何かを犯したのか?


「何か、ほんの少しでも覚えていないのか?」

「ええ、自分の名前、家族のこと所か、目覚める前の記憶が一切無かったの。」


実羅は少しだけ俺を見て、申し訳なさそうに言った。


「けど、記憶がなくても、見えない罪への意識だけは心の根幹に根強く芽生えていた。だから、その"罪"を認めたくなくても、認めなけれればならなかった。

そんな葛藤の中、与えられたのが死神の役だった。」


実羅はスカートを少し、弄りながら俺の顔から視線を逸らした。何だか、その様子は俺が彼女に振られた時に似ていた。


「あなたの言う通り、私は死神なんて、したくない。手を伸ばすことも出来ず、人の命が掻き消える瞬間をただ、見送るなんて、したくない。けど、それが本当なら、私は"死神"をやりたくないなんて、言う資格無いよね。この境遇だって、私の"罪"が元凶なんだし。」


…………………。

俺は人生経験が足りないから、不正解なことを言って目の前の少女を傷つけるのが怖いから、何も言えなかった。否定も肯定も出来ない悔しい気持ちが喉に詰まる。

暫く、俺たち両者、口を開かなかった。このままだと、沈黙に完全に呑まれる気がして、無理矢理口から言葉を捻り出す。


「すまねえ、なんも言えなくて。」

「良いの、誰かに自分の内ことを話せて、少しは気が楽になった。」


実羅は少し、悲しそうな笑みを浮かべた。…嘘だそれだけで気が紛れる筈がない…。胸の内にあるもどかしい気持ちが膨潤する感覚がする。


「でも、また"罪"が増えちゃったな。あなたの人生にピリオドを打ってしまったこと。」

「お前、最初の頃と言う事随分変わったな。最初なんて俺の事罵ってたクセに。」

「ちっちが!あの時は焦ってたの!それにあんたがストーカーしてたことを許した訳じゃないから。」

「もうそろそろ、許してくれ。あっ、これ命令だからな!絶対に許せよ。」


すると、わざとらしく実羅を苦い顔をする。そして、"じゃあ、許してあげる"と小声で呟くように言った。


「けど、お前の辛さも少しだけ理解出来たよ。何をしたのか分からないのに罪意識を持たなきゃ行けないなんて…さ。」

「じゃあ、私のこと解放して?」

「それは却下。俺の人生を悔い残さずに終わらせるんだ、せめてリア充で死にたいし、まだまだいっぱい実羅に罰としてやらせることもあるんだぜ。」


実際、こいつがいないとやれない事ばかりだからこれから、実羅にとっては負担が大きいだろう。だが、少しでも、実羅の緊張感を薄れさせたかったから俺はわざとらしく笑ってやった。ついさっきの話を訊いて同情に近い感情が湧いたのだろうか。

実羅は一瞬で身を引く。まじで引いた顔をしている。


「訂正する。あなたを性欲がままに動く変態ストーカーに昇格させる。」

「いや!やらしいことなんて一言も言ってないわ。」


気づけば、授業が始まるまで1分を切っていた。

窓から漏れ出ている音は喧騒から移動教室に忙しない足音に変容し、バレーボール集団も急いで昇降口へと駆け込んでいる。

俺達もそろそろ行かないと…!


「そろそろ行かないと。ほら、行こ。」


実羅が手を差し伸べ、恋人繋ぎするように促す。もう、彼女モードの霞浦実羅になるらしい。

彼女の手に触れる前に最後に言いたいことがある。これだけは今、この瞬間に言わないと、それこそ後悔してしまいそうな急を要する言葉だ。


「実羅!」


実羅はこちらを向いて、少し瞳を濁したような、それこそ彼女の実羅と死神の実羅が半々で棲みついているような中途半端な顔をする。


「あっあのさ…」

「なに?」


実羅に告白した時みたいに心臓が激しく拍動する。なんなら、あの時よりも激しい。血液の周りが悪くなって気絶する時みたいに頭がぼんやりとする。けど、これだけは伝えたい。伝えなきゃならない言葉なんだ。


途切れ途切れな言葉を実羅へ―――――届ける。


「あのさ!お前には、俺の残りの人生たっぷり付き合ってもらうし、それは一種の罰だかんな!忘れんなよ。」


息が詰まる。


「…けど、俺の前ではさ、そんな見えないものへの"罪"の意識なんて捨てていいから、お前はお前らしくしてみろよ。」


何言ってるんだよ…ダサすぎだよ。言った後、あまりの恥ずかしさに、こちらを見つめる実羅の顔から急いで目を逸らした。

顔から火が出る思いだ。


ありがと―――


そんな掻き消えそうな声が俺の鼓膜を静かに揺るがした。とても落ち着くオルゴールの音を聴いたみたいだ。

狂乱していた俺の心臓も眠り唄で心地よく寝付く子供の鼓動みたいに穏やかになる。


「今の本当に彼氏っぽくて、かっこよかったよ。」


少しだけ照れくさそうに実羅は言う。しかも、ちょっとだけ赤面していた。

心臓が跳ね上がった。そして一気に顔が熱くなるのを感じた。

ヤバいっ絶対照れてるよ俺!

あまりの実羅の可愛さに心臓が射抜かれた。


「そら、早く行くよ。」


実羅は俺の手を強引に引っ張り、走り出す。(もちろん、恋人繋ぎだった)

ペイントで赤を上塗りされた感じで俺の顔は更に紅潮した。

彼女もきっと、俺と同じ状態に陥っているだろう。握られた掌の隙間から微かに滲む汗を感じてそう思った。


彼女はやはりまだ罪意識を感じている。それは僅かに残る表情の強ばり方から分かった。

俺の前で彼女は見えない罪に怯える必要などないのに。だって君の目の前に立っている人間だって立派な罪人なんだから。


高揚していた気持ちが少し覚めた。


チャイムが鳴る。やっぱり、間に合わなかった。



放課後の1幕である。俺は6限目も終わり、先に昇降口で待っている彼女を待たせるのを悪く思い、席から立って颯爽と教室から出ようとした時だ。


「なぁ、宗一!」


俺を呼び止めるような語感で誰かが言う。俺に友達なんて極わずか、なら俺に声を掛けた人物も1人しか思い浮かばなかった。


「お前まじかよ、霞浦と付き合うなんて!」


彼はとても興奮したような、落ち着きがない口調で俺に駆け寄る。

川凪賢吾 無口で目立たない俺に唯一、仲良く声を掛けてくる気さくなクラスメイト。友達だと俺は思ってる、向こうはどうか知らないが。


「あっああ。そうだけど?」


賢吾の勢いに気圧されて、弱気な声で答える。


「そうだけど?じゃねえよ!お前すげえな。」


無邪気な笑顔で俺の肩をビシバシ叩く。まさかこんなに祝福されるとは思わなかった。だが、賢吾の表情から察するに煽りに来たようにしか見えない。


「いや~今日の学級話題は専らお前達のことだぜ?ついさっき長峰宗一を許さない会なんてLINEグループも作られたくらいだしな。」

「えっマジかよ、恐怖でしかねえ。」


元々クラスメイトからの羨望や絶対な人気を誇っていた実羅ではあったが、まさかそこまでとは、そこまで嫉妬されると俺の身の危険も感じる。


「いや~本当にビックリだぜ、いつからそんな関係になったんだよ。つうか2人が喋るところなんてあんま見たことないぜ?」

「まっまあ色々あったんだよ。」

「確かお前、霞浦に1回振られてなかったか?」


……!!そう言えば俺、賢吾に振られたことを話しちまったんだ。振られた後、妬けになってつい口が滑って―――やばい、どうやって返せば…。


「宗一?」

「あっいや、実はあの後さ―――」


俺はその時なんて言ったか覚えていない。少し気が動転していたので、口を閉じてから意味不明なことを言っていなかったか不安になったが、辻褄合わせに必死になって作ったお話に酷く賢吾は感動していた。まあ…いっか、何とかなったわけだし。


「マジか、そんなことがお前あったのかよ。」

「ああ、だから振られた後付き合えたんだよ。」


"そんなロマンチックなことが"と賢吾は呟きながら俺をマジマジと見る。


「長続きするといいな!お前らカップル。」

「おっおう。」


賢吾はとても爽やかな笑みを浮かべて俺を祝福してくれた。煽りに来たんだと思っていた俺にとっては少し意外だった。こんなに真っ直ぐな祝辞を述べるなんて…やっぱこいつ良い奴だな。素直にそう思った。


「お前もテスター様だったよな。だったらお前らが末永く幸せであるように後で祈願しておくよ。」


賢吾は首に掛けてあったペンダントをちらりと見せた。


「ありがとう!」

「ん、あんまり留まらせるのも悪いよな。どうせ、昇降口で愛しの実羅ちゃんが待ってるんだろぉ?」

「うっせえ。」


やっぱり煽り文句1つは言わないと気がすまなかったらしい。


「そんじゃあな。実羅ちゃん大事にしろよ!」

「おお、そんじゃあ明日な。」


賢吾は無邪気とも爽やかとも似つかぬ笑顔を向け、俺とは逆方向に別れた。図書室にでも寄るのだろう。


α‬試験合格者 川凪賢吾。俺とは別格の才能を持つ人間だ。あいつは曇り一つ無い表情で俺に話し掛けてきたが、実際の所あいつはとても大変な時期だ。

常人ならざる能力を持つが故、常人には無いはずの苦労もある。それが彼なのだ。

それでも俺にわざわざ話しかけてくるのは賢吾にとってなんの得があっての事だろうか。

……いや、元々あいつは独りの人間には手を差し伸べたくなる性格なのだろう。理由などそれだけで事足りる。むしろ、それ以上深掘りするのはただの俺のエゴなのかもしれない。

階段を駆け下りながら、そんなことを思った。



靴を履き替えると昇降口には少女のシルエットが浮かんでいた。


「遅い!彼女をこんな暑い所で何分も待たせるなんてどんだけ乱暴なの。」


可愛らしい声で外ズラ彼女モードの実羅は言う。


「ごめんごめん!ちと賢吾と話してた。」

「それで、話したいことってなーに。デートスポットのこと?」


「今日から俺ん家で一緒に暮らしてくれ。」



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