死神ちゃんは静かに宣言した。
俺は刃を突き立てられた。なんなら、首にちょっとカスって切り傷が出来た。
―何故、先程まで子型犬のようにキャンキャン吠えていた彼女が1度収めた鎌を抜刀し、武力行使に出たのか…それは。
「調子に乗るのも大概にして。そんな戯言を私に聞けと?」
その戯言。
―俺の彼女になれ―
という言葉だった。
…別にこの返答は想定内、そして向こうも俺が次に返す言葉は分かっているだろう。
「出来ないなら、お前の正体ばらしちまうぜ。」
「その前に監禁すればいい。あんたが死なない限度でなら何をしたって問題は無い。」
実羅は脅し文句みたいに言いながら俺を睨みつける。
それで言い負かしたつもりかよ。
「したいなら、してみてもいいぜ。まあ俺は自殺するけどな。」
「…!」
実羅の鎌先が少し揺れた。そして、表情に変化は出ていないものも、僅かに瞬きの数が増えたことから明らかに動揺しているのが見て取れる。
無駄だ実羅。俺に余命神告を使ったその瞬間、俺の終わりは確定された(らしい)が俺とお前の駆け引きでお前が勝つ可能性はゼロになったんだ。
その分で言えば、もしかしたら余命神告をされなければとっくに殺されてた可能性も否めない。
どっちにしても、今日ここに来てしまったことが失敗なのだ。あの分岐点。死神の彼女を"視た"あの時。幸福な顛末を迎える可能性が潰えたと思えば、今ここに立っていることが良くも悪くも奇跡と言えるのかもしれない。
兎に角、お前はもう俺に勝てない。
そうありったけの力を含んだ瞳で実羅をじっと見つめる。
どうやら伝わったらしい。俺に向けられた刃が徐々に下がり、ついに鞘へ収めた。
「とっこんとん、嫌いになりそう。あんた。」
ずーんと暗い表情(殺とか書いてありそうなくらい)を浮かべて、力の抜けた表情を浮かべて俺を見た。いや、瞳には俺の姿すら映ってないようにも見える。
一言で言うと無気力って感じだ。だが、哀れとも思わないし同情も出来ない。これは罰なのだ。
そこで俺は得意げな顔で実羅を見下すようにして言った。
「ふん、やっと分かったようだな。」
「仕方ない。どうせ余命は1年、短い人生の最期くらい初恋の彼女が付き合ってあげれば、心置き無く死ねる?」
ふうと、息を吸い込んで死神は宣言するようにして俺へ誓った。
「私、"クラスメイト"の"霞浦実羅"はあなたを大好きで止まない宗一くんの彼女だよ❣。これから宜しくね!宗・一・くん。」
あからさまに可愛げな口調を作り、鬱蒼とした顔もいたずらっぽい笑顔に練り直して俺に言った。
あぁ、可愛い。俺が恋した彼女そのまんまの可愛さだぁ。(まあ、心の中は黒色だろうけど)
きっと実羅はもう悪夢の棺に片足を突っ込んだ気分で今をお過ごしなのだろう。けど、俺からして見りゃ、悪夢を始まらせたつもりもない、まだ悪夢の棺の蓋をこじ開けさせただけだ。
これから、俺に"たっぷり"付き合ってもらうんだからな。 俺の人生の終幕を彩らせるための長い旅路に。
「よろしく!実羅ちゃん。」
こうして、俺たちの関係は始まった。
本日。快晴、湿度40%、気温26℃。
俺は普段、クラスで目立つことはない。1度だけイヤホンが外れた状態で何故だかL○NEmusicが起動して、クラス中に鳴り響いたあの日以来、俺がクラスで目立ったことは断じてなかった。
だが、今日その記録はついに終止符を打つこととなった。
「宗一くん。はい、あーん。」
「おっおう。あーん。」
昼食の時間、クラスは大騒ぎとなった。その理由は俺達のことだ。
"クラスの地味キャラとクラス人気NO.1の称号を持つ霞浦が付き合ってるぞ"というもの。
他クラスからもざわつきが広がり、気づけば俺の席から半径5mくらい先まではクラスメイトが境界線を設けたように一切入ろうとしない。
実際一番後ろだったから陣取った場所は最小限で済んだのだが、さすがに気が引ける。
「どうしたん?宗一くん。」
「いや、なんでもないよ!」
俺は"彼女"こと霞浦実羅の弁当箱から卵焼きを箸でつまみ、かじる。
その姿を教卓の前辺りで集まって食べていた男子集団が睨みつけて悔しそうな顔をした。やはり俺達2人がカップルなど異質らしい。
まあ、外界評価では俺が下、彼女が上なのだろう。まあ現状況下では事実上その逆が正しいのだが。
俺は実羅をじっと見つめる。
すると彼女はこちらの視線に気付くとにかっとした笑顔を向けた。
あぁ…俺が好きだった霞浦実羅だ。もう一度再熱しそうな勢いで俺の心は彼女の笑顔に惹かれた。
―――――まあ、偽りなんだけどね。すべて。
そう思うと、初恋の日々みたいな心が燃える想いは一気に萎える。こんなに近くに居るのに、あの時には得られなかったこの数10センチの距離に俺は居座ることが出来ているのに、心のドキドキは収縮していくような感じがした。
「ど・う・し・た・の!」
と言い、スルスルと実羅が俺に肩を寄せ、わざとらしく当ててきたのだ。
「ひぁ。」
物思いに耽ていたせいで、一瞬変な声を上げてしまった。
実羅は少し困ったような、訝しむような顔をしていた。
「すっすまねえ。さて、ご飯も食べ終わったことだし、外でも行って散歩しねえか?」
俺が上位だと再認識させる為にも、ちょっと言葉遣いを荒くさせて話した。
すると、実羅は能天気な笑顔でピースサインを作って言う。
「いいね!いこう。」
「これがあんたが求めていたことなら、随分と安いものね。」
人が居なくなった瞬間、態度一変。ツーンとした態度で実羅が言う。ついさっきまでの表情豊かな霞浦実羅は一体何処へやら。
まあ、それは俺的には好都合な話だけど。
「これだけで、済むと思うなよ。"死神"こんなの序の口だかんな。」
"死神"と聞いた瞬間、実羅の肩がピクリと動いたが、「次に何が始まるのか楽しみにしてるわ。」と皮肉めいた感じで返答した。
だいぶ本領の実羅に戻ってきたらしい。
―――そろそろ今まで聞きたかった質問をしよう。ここに連れ出した理由はその為なんだから。
「実羅、お前はどうして余命神告した俺を殺せないんだ?」
意外な質問だったのだろうか。実羅はあっけらかんとした顔をした。
「どうしてって、そんなの"規則"なんだからとしか答えれない。」
実羅はいつの間にか持っていたパック牛乳をストローで吸った後、答える。
やはり…何らかの規則に縛られているのか。となると、私情により俺を殺すなんてことは本当にできないようだ。
「実羅、訊きたいことが山ほどある。授業始まるまで、少し話さないか?」
俺はそこに置かれていたベンチに座るよう促した。
「一応、確認しとくけど、それは"彼女"としての実羅ちゃんか、"死神"としての実羅、どちらで聞くべき話。」
「当然、後者の実羅で頼む。」
分かったわ。と実羅。
ベンチにどっかりと座り、脚を組みながら俺の話の続きを待つ体制を取る。
いや、態度大きすぎだろ…。"死神"としての実羅こんなに行儀悪い感じなの?
普段の学校のイメージが今の座り方と相反して、かなり仰々しいことに感じる。
「それで、訊きたいことは何?」
「その前にお前、座り方変えないと、校内の人が見たらお前の株下がるぞ。」
「大丈夫。皆からは私がベンチの上で正座してるように見えてるから。」
「どんな能力だよ。」
というかベンチの上で正座ってそれはそれでおかしくないか?まあいっか。
「ずっと気になってたことがあったんだ。お前、本当は死神なんてやりたい訳じゃないだろ?」
「なんで…そんなこと分かるの?」
「俺がお前をストーカーした発端はお前の虚な瞳だったからだ。」
実羅は原子を発見した人類みたいな顔をして、俺の顔を覗く。
「どういうこと!?あんた、まさかそんなとこまで見てたの?」
「…話したら、俺の質問も答えるか?」
俺だって意外と恥ずかしいんだよ!こんなこと言うの。
実羅は逡巡するように幾許か考え込む。そして――
「分かった。話す。」
そう言った。
…なら俺も対価として屈辱的と言うべきあの想いを打ち明けねばならない。誰にも言わないと鍵を掛けた想いを。
「お前の瞳が俺に似てたから、つい目に入ったんだよ。」
心外ね。と俺に言い捨てるが、それには拒絶の念は感じ取れない。
「俺、両親が居ないんだ。それかを原因って訳でも無いけど、昔から何かしたいとか、これになりたいとか無くてさ。the・虚無って感じだったんだよ。それでお前に振られた後、見たんだよ。あの夕暮れ、茜色に影が降りたあの時、お前の地平線より向こうを見つめる俺とそっくりな虚無な瞳を!」
一旦言葉を区切り、息を整えてまた続ける。
「それで思ったんだよ。お前と俺は案外同じなんじゃないかって。お前は俺とは違いなんでもソツなくこなすし、クラスからの人気者。到底、俺なんかと比べられるはずないと勝手に自分の内に肯定させて、落ち着かせていた。
けど、本当はお前も脆弱な部分は奥に隠して振る舞ってるだけで俺と同じ部類な人間なんじゃないかって思ったんだよ。
だから、俺はお前を影から追い続けた。恋とはまた別の感情、好奇心云々のものを燃やし続けて、駆け出したんだよ!」
俺もかなり熱が入っているらしかった。これを言い終えるまで向こうでバレーをしている高校生の楽しげな声、断続的で不規則なボールを叩く音が耳にまるで入らなかった。
そして、全部言い終えた瞬間、居眠りから覚めた時みたいにハッとなり、完全に暴露した事に気付く。
実羅は話の続きを珍しく真面目に聞いていた。
「そう、なるほど。だからあなたは私をストーカーしたんだ。」
「気持ち悪いストーカーだって改めて思ったか。」
「いえ、少なくとも性欲がままに動く変態ストーカーに比べれば、理性的で幾分まし。それに…」
実羅は切なそうな、寂しそうな顔を浮かべこちらを見た。
ぶるっとした。その表情は少しでも触れれば崩れそうな程、儚いものに映って見えたのだ。そしてその儚さは美しくも感じさせる。
「独りは寂しいよね。」
その言葉は慈悲や恩徳のある、優しい声音を持っていた。
そのまま、頬を触れられて、そう言われていたら自然と涙を流してしまいそうな程だ。
俺の命を攫いかけた女の言葉なのに、どうしてこんなに温かいのだろう。
こいつは死神だから、非人道的な暴虐たる悪魔。そうどこかで決めつけていたのかもしれない。
「あなたのことは分かった。あの時、あの神社で出逢わなければ、友達くらいならなってあげて、相談に乗ってもよかったかもね。」
出逢い方が違えば…か、そうすれば俺は余命1年なんてことにならなくても済んだのか。
もちろん、今の選択でも別に良いんじゃないか、なんて思う気持ちは微塵もない。
だが、本当の霞浦実羅が少し知ることができた気がして嬉しかった。
「私も全て話す。」
覚悟を決めたようにそう言って死神は静かに立ち上がった。