俺と同じ目をした彼女は…
…………。(拙い文章ですがよろしくお願いします!!!!)
「ごめんなさい!!」
射し込んだ夕日が教室を茜色に染め上げていた。
外からは野球部の声が聞こえる。カキーンという鋭い金属音の数秒後、ホームランが決まったらしい。皆が大声で1人の部員を茶化しながら歓声を上げていた。
騒々しいとも思うがあの輪の中に入りたいという気持ちも少なからずある。
3階からは吹奏楽部の演奏が聞こえる。
軽やかなリズムと聞き覚えのある旋律が頭の中で融解したみたいに淡々と中に入ってくる。なのに何の歌かは思い出せないのだ。
思い出そうと俺は膨大な記憶の片隅から探りを入れる。
だが、目の前の出来事が原因なのか焦りで全く情報が入ってこなくなった。
気を誤魔化そうとしたが無駄らしい。
観念して俺は目の前の惨状に意識を向けるとした。
ここは1-Bの教室だ。
6時の校舎2階は死んだ生物の胃の中のように静かだ。普段は耳障りな程の笑い声や騒音に梱包されていたこの2階はいつの間にか風船の空気を徐々に抜いていったみたいに静かになり、今になっては掛け時計のリズムのよい秒針音を残すのみとなっている。
そんな静けさの中で俺と目の前の少女は教室の中にいた。
何がごめんなさいなのか。
ざっくり言うと俺は目の前の少女に告白して振られたのだ。
いや~、八割型無理だと思っていたのだが秒単位で振られるとは思っていなかった。
好きです!付き合ってください!そう上擦るような声で言った。
すると、心臓の鼓動は動悸が起きたように跳ね上がった。呼吸するのも困難になるくらいだ。
告白してから返答の間、普通相手も驚きのあまり、気が動転し、
返答に困るものだと思っていた。
そこで生じるタイムロスをこちら側の取り乱れた心を繕い、冷静さと余裕を作るために使いたかったのだ。
だが、まさかの秒殺。
告った刹那にごめんなさいっと言われたのだ。
心の整理どころか一呼吸もまともに付けなかった俺は目眩を催し、そのまま床に倒れそうになるほど全身の力が抜けた。
その間、今まで蓄積された疲労感と焦燥感がどっと俺に注がれ、連続攻撃となり精神がずたぼろになった。
今、彼女は俺に対する罪悪感を感じているのか次の言葉を紡ぐのに戸惑っていて、とてもあたふたしている様子だ。
俺は振られたことの気恥しさで彼女の顔を真っ直ぐ見ることが出きず、呆然と俯いたままだ。やべえ…恥ずかしすぎて目も合わせれねえ…
滴る冷や汗が顎を伝い、落ちていく。そして水を吸い尽くしたスポンジみたいに少しずつ汗が脇から染み出てきた。未だ覚めやらぬ緊張感のせいだ。
何か話さなきゃ…!
「わざわざゴメンな!こんな時間に呼び出して、その~俺なんかに興味持たれたら…気持ち悪いよな…」
引き締まらない頬を上にあげ、無理して笑顔を作って言った。
そうしなきゃ、今でも泣きだしそうになる…
「その~俺のことはどうでもいいし、気にしなくて良いからな!明日の学校でも気遣わなくてもいいし、その…忘れてくれていいよ…今日のことは」
俺はやるせなさを誤魔化すみたいに半シャツの袖を弄っていた。
「うっうん…」
彼女は弱々しく、か細い声で答えた。
「ごめんね。こんな素っ気ない返しをしちゃって、本当に自分でもダメな人間だなと思ってる。…けど、今は恋愛に興味がないの。君も私なんか忘れてくれて良いからね」
「分…かった」
…………………………………………………………………………。
嫌だ。忘れたくなんて無いんだ、…君を見つめていたあの時間、俺はとても幸せだったんだ。ただ、陰から君の姿を勝手に見て、勝手に満足を得ていただけの独りよがりな幸せ。それでも。それだけでも俺の生きる意味に値していたのだ。
報われなくても良い、ただ君の幸せそうな顔だけは俺の温かい思い出として残させてくれないか。
そんなことを言えば彼女に明らかに軽蔑されるか笑われるだろう。
だからあえて俺は無言のままゆっくりと教室を出る。
自分自身にかける言葉も見当たらない、
彼女に言われた"忘れて"という言葉は予想以上に堪えたらしい、いつの間にか涙をつーっと流していた。それを自覚した俺はもう耐えきれなくなり、静かに啜り泣いた。…ちくしょう。所詮はその程度としか思われてなかったんだ。
彼女の笑顔、時々話しかけてくれた時の優しい言葉。それらが俺の中にあったから、今まで頑張ってこれたのだ…
それを彼女自身に否定されたら…俺は何を糧にして生きればいいんだよ……
突然吹いた夕方の涼しい風がその涙を空中に散らせる。
コレも青春の一幕と言えるのだろうか。
俺は振り向く事さえ出来ない。
ただただ、弾ける水飛沫みたいに爽やかに俺の恋物語は終わりを告げた。
俺は長峰宗一。高校1年生だ。身長が少し高い以外勉強・運動・顔。全てに関してごく普通だ。
友達もいるにはいるが閉鎖的な性格なので信頼した人間としか話していない。
俺は積極的に好意を抱かないのだ。それは恋愛に関してもしかりである。そんな俺が恋をしたなんて自分でも驚きだった。
正直な所こんな感情は必要ないと思っていた。
恋心が芽生えた頃から邪念や妄想に苛まれ、まともに授業も受けれない。彼女の姿を授業中問わず眺めてしまう。くだらない話をするだけでも一言一言おかしなことを言っていないか気になるし緊張してしまう。そんな徒労に似たものを繰り返していた。
…彼女に俺が届くはずがないのは明白だ。
俺は彼女とペアになるには全ての要素で不釣り合いなほどの出来損ないだ。
なので尚更こんな感情はいらないのだ。
だから全ての想いを打ち明け今までの想いにケリを付けるために告白したのだ。
そして至極当然に俺は振られた。これに関しては計算通りだ。
そして俺の恋心は打ち砕かれ、全てが平穏に終われた――――――――――――――
のなら良かった。
そこで全てが断ち切れたのならそれこそ青春の一幕と言えるだろう。だが、そう都合よく感情は流れなかった。
最悪のケースで残ってしまったのだ。
俺は校門のまっすぐ行ったコンビニの電柱からうっとりとした顔を出している。電柱の影から1人の人間の姿を観察していのだ。
…霞浦 実羅。俺が告白して敗れた少女だ。
成績も良く、人当たりも良い。俺とは対照的だ。
それにパッチリとした黒い眼、細くてくびれたウエスト、スカートから覗かせる細長く白い足。
おそらく美少女に近い容姿と言えるだろう。目に映る全てが完成された人形みたいだった。…まあ振られて当然だな。
彼女はいつも通りに校門をまっすぐ出て、俺のいるコンビニの方面まで歩いて来る。
肩くらいまでかかったセミロングの黒髪がなびいている。
それを右手で抑えながら彼女はイヤフォンで音楽を聞いていた。ほのかに爛々とした微笑を浮かべている彼女はとても上機嫌と伺える。
俺に気づく気配はない。
今日で観察を初めて6日目だ。
振られた後、俺はこんな犯罪紛いな行為をしようと思ってなどいなかった。ちゃんとした経緯があるのだ。
振られてから2日くらい経ったあとのことだ―
俺は帰宅の準備を終え、帰路につこうとしていた。
時刻はあの時と同じくらいだ。同じくらいに太陽は水平線に沈みつつあり、俺の影は教室の入口の扉近くまで伸びていた。
鞄を背負い、迷いの色を帯びた顔とおぼつかない足取りで階段を降りていく。…どこに寄り道しようか。コンビニ?ガッツリレストランでも行くか。
少しスピードを上げて階段を降り、下駄箱に行く。
音楽室からは前よりも軽快なポップの音調が滔々と流れているが、徐々に遠ざかっていく。
それとは裏腹に俺の気持ちは対照的だ。
鞄の荷と彼女への思いに終止符を付けたことへの沈んだ気持ちが混じり合い、告白から時間が経った今でも足取りを重く感じていた。
靴の裏に粘着テープでも貼ってあるのかと思う程、足が地面にひきつられるみたいに重く、不憫に思っていた。
結局何も起こらないか。
俺は彼女への恋煩い以外のことでも小さな焦燥感を抱えていた。
高校に進学したというのに中学と変哲のない生活。少し苦しさが腫れ上がっただけの空虚なだらしない生活だ。
何も楽しくなんてない…虚無感に呑まれるような日々を延々と繰り返しているだけ。ほんとうになんか起きないかなー。
気づいたら俺は校舎から出ていて、騒がしい校庭の前にいた。
物思いに耽る間にどうやら心が飛んでいたらしい。
そして、つい今まで気にならなかった周りの雑音が否応もなく俺の耳に降りかかる。
サッカー部、野球部、外周しながら声を飛ばす陸上部。全ての音が耳障りなものとしか感じれない。
……遮断するためにも右ポケットからスマホを取り出しイヤホンで音楽を聞いた。最近のお気に入りバンドの新曲だ。
そしてそのノリの良い音楽に合わせて、校庭の横の道をゆったりと歩く。ふと目に止まった数人のサッカー部員のパス回しを輪郭だけを捉えるみたいにぼんやりと眺めた。
何故だが遠い憧憬を覗くみたいでとてもかすれて見える。視力は決して悪いわけではないのだが。
それは彼らのように目標に向かって突き進みたい。という願望から来ているのかもしれない。
まあいいや、それより早く家に帰りたい。
踵を返して前へと方向転換―――少し向こうに彼女、なんと霞浦実羅が立っていた。
「!!!」
電撃が走る。なぜ彼女がここに…!
それと同時に形容し難い違和感を感じた。本当に彼女なのか?なにかいつもと雰囲気が違う。
もう一度見るがやはり彼女は霞浦実羅で間違っていない。
だが、なんというのかいつもに較べ生気が無いと言える。どんよりとした目つきは全く彼女らしくないのだ。
その灰色の視線の先は…サッカー部では無く、もっと遠く、地平線の方へと向けられていた。
しかも、オレンジ色に滲む地平線を忌み嫌うみたいに無表情で見つめている。
どうしてそんなに虚しそうにしてるんだ。
すると彼女は歩くのを再開し、真っ直ぐと坂道を下っていってしまう。
あ…行ってしまう。待ってくれ!
俺は思考するより速く走り出していた。
あの目は…俺に似ている。反射的に何故だかそう思ったのだ。
彼女の事情は知らないが今見せた虚ろな目は俺の中の時の断片
として刻まれた。
そしてふと思う。
―もしかして彼女も俺と同類なんじゃないか?―
クラスでは誰とでも愛想よく話し、楽しそうにしている彼女は俺とは全く違う人種だと決めつけていた。
だが、心の奥底にある感情は俺と同じように虚無に近いのではないだろうか。
ただ彼女は俺とは違い器用に感情を制御しているだけなのではないだろうか。
そんなことを思いながら風を切るように全速力で坂を下り、彼女を追いかける。何人もの下校生徒を追い抜くスピードだ。しかし呼吸の乱れがダメージとして顕著に表れていることを自覚した。
例、横腹も痛いし、咳も出る。
だがどうしても彼女と話したい!そう思い彼女が向かったと思われる住宅街にやっとの思いで駆けつける。ここら辺で曲がったはずだ!
―だが、彼女はもう居ない―完全に見失った。
閑静な住宅街に僅かに漏れる俺の不規則な呼吸だけが虚しく響く、どこに行ったんだ彼女は?
ここら辺に住んでいるのか。それとももっと向こうなのか。
もう一度走り出そうと腹を押さえ進むが、もはやなんの道標も存在しない。
しかもここは入り組んだ住宅街、細い道を含めば、かなりの分岐路がある。
…ここから彼女を見つけ出すのはかなりきつい。
そう思った俺は背中を丸めてとぼとぼと本当の帰路についた。
1度は敗れさり、彼女を諦めた。もちろん今でも恋愛としては完全に諦めている。
だが、それを上回る感情が俺の心を躍動させた。
彼女はもしかしたら俺に似ているのかも…と。
違うとしたら何故、いつも明るい彼女があんな風にしていたのかを知りたくなった。
いわば好奇心だ。
爆発したこの心は油をとうに注がれ、もはや、自分でさえ鎮火出来そうにない。
善悪の分別が付けれないわけでは無かった。ただそれより今は俺のすべき事はこれなのだと、純粋にこのまま燃えるに任せようと思ったのだ。
そして俺は躊躇することを辞め、まもなく始めたのだ。彼女の観察を。