全ての真実
コロウに連れられて、島の右側に初めて足を踏み入れたアレルは、森の中を進んだ。急に開けたかと思われたが、アレルの目に飛び込んできたのは随分古い造りの建物だった。レンガ造りで、1階建てで四角い構造だった。
「中を好きに見ていい」
アレルは中へと入っていった。レンガが崩れているところもある。真ん中に広間のようなものがあり、入り口が広間を四角く形作るように並んでいる。どこも崩れているところがあり、おかげで日光が射し込んで明るかった。
右側から一室ずつ入って中を見て回り始めたアレルは、倉庫、トイレ、食堂などを見た。左側の部屋へ回り始めると、アレルはその部屋に置かれているものに目が釘付けになった。
左から数えて3番目の部屋は実験室らしかった。古い実験器具がズラリと並び、どれも温度や湿度の変化から割れてボロボロになっていた。
「ここは、研究所だったのか?」
コロウは頷いた。
「次の部屋が資料室だよ」
アレルはその資料室を訪れた。中には山のような資料が残されていた。紙は変色し、かなりボロボロになっていたが、ギリギリめくれる状態だった。適当にめくったページを読んでみると、そこにはこう書かれていた。
「1410年5月6日。F01105、植物を発生させることに成功。植物種は問わず」
「これは、今から300年も前のものなんだな。でも、F01105ってなんなんだろう」
そう言ってみたが、コロウは何も答えず、アレルはまた適当にページをめくった。
「1415年9月27日。F01105の発生させた植物から微粒子を採取。トフメラミントール剤改良に使用。効果あり」
アレルはめくったページに貼ってあった写真を見て絶句した。そこにいたのはリリーだったのだ。
「え? まさか、そんな……ここに写ってるのは……」
コロウは頷いた。
「リリーだ」
「え? でも、これは1400年代のもので……これは、300年も前のものじゃ……」
「アレル、私はずっと今まで生きてるの」
その言葉はさらにアレルを混乱させた。
「そこの資料に書かれている時は、人がよく出入りしてたよ。船がよく側まで来てたし、みんなリリーの力に興味津々で、色んな実験をしてたよ。植物を自在に操れるなんて、皆びっくりしてた。リリーも人がよくて、進んで力を貸してたんだ。新たな産業や医学の発展のために」
コロウは軽く羽ばたいて資料をめくり、何枚もの写真をアレルに見せた。それは、アレルが一人で行動しているときに見たコンクリートのトンネル、鉄格子の扉、螺旋状の造り、そして、最下層にあったあの小さな部屋。
「これを向こうで見たんだろう?」
「あぁ、この小さな部屋も見てきたよ。小さくて、湿気が多くて、吹き抜けがあったな」
コロウは頷いた。
「この写真が撮られた頃、ある病気が本土で流行り始めた。風邪のような症状が出て、咳で苦しみ、痙攣する病気が」
「まさか、今流行っている流行り病のことか?」
「そうだよ。まさに今本土で猛威をふるっている病気のことだ」
コロウは一拍置いてから続けた。
「流行り出した病は収まるどころか悪化していった。アレル、君が考えたことは合っているんだ。カヘナ島から何か毒素が来ていると突き止めた人間達は一斉にこの島で原因を探し始めた。でも、何が原因かを特定できなかったんだ。リリーの何かが影響して病が流行っていると考えた本土の人間達は毒素がこれ以上外へと出回らないように対策をすることにした。その対策は、リリーをこの地下牢に閉じ込めること」
リリーは悲しそうにアレルの腕を抱き締めた。
「大丈夫?」
アレルが尋ねると、リリーはさらに強く腕を握って小さく頷いた。
「リリーはほんの少しの水と光があれば死なない。でも、少なすぎる日光だと、植物を操ることはできなかったんだ。リリーが出した植物はリリーの力が届かなくなると枯れてしまった。もちろん俺もだ。あの穴から中に入った俺はずっとリリーの側にいたよ。でも、だんだん体は茶色く変色して、動かなくなっていった。リリーは何度も泣いて、俺だけでも助けようとしたけど、あまりに日光が少なすぎてできなかった。忘れもしないよ。1460年2月14日に人間達はリリーを騙して地下に閉じ込めて、この島から全員出ていったんだ!」
コロウは怒りの声を上げた。そして、アレルを見て言った。
「地上に出てきたのは半年前だった。前は俺みたいな仲間がたくさんいたけど、どんどん数が少なくなっていくのをリリーは見てきたから、俺だけに絞ったんだよ」
アレルは絶句した。流行り病の最初の患者が出たのはリリーが出てきた半年前と合致していた。
「待ってくれ。今は1786年だから、リリーは326年も地下に閉じ込められてたってことか!?」
リリーはアレルに抱きついて頷いた。
「私、寂しかったの。また、急に誰もいなくなって独りぼっちになっちゃうんじゃないかって思ったの」
アレルは、後ろをいつもついてくるリリーの行動に合点がいった。残骸の中に何かないかと探していたとき、リリーは私も行く! と叫んでアレルに突進してきたことがあった。本当は、300年以上も独りぼっちだったため、姿が見えなくなるのが怖かったのだ。
アレルはリリーをそっと抱き締めて、頭を優しく撫でた。300年など、アレルには想像もつかない年数だった。アレルは20年学問に費やしてきただけの自分が、急にちっぽけな気がした。どれだけ孤独な毎日を送ってきたのか、とアレルは思った。
コロウはうつむき、やがてどこからか例の密閉瓶を取り出した。
「この瓶を開けたときに俺は確信したよ。この中の空気はリリーの操った植物が出す小さな粒に反応したんだ」
「さっき資料に書いてあった微粒子のことか」
「そう。その微粒子は本来は病気を治したり、傷を癒したりするものなんだ。でも、あの大気と混ざりあったときに、大気に負けて飲み込まれたんだ。それどころかその微粒子は逆に汚染されて毒性も持ってしまった」
リリーは、ポロポロと涙をこぼした。
「俺はリリーを騙して、長い間地下に閉じ込めた人間が大嫌いだ。だから、アレルが流れ着いた時もこんなやつ追い出そうって思った。でも、リリーは寂しかったから、俺も渋々いるのを認めてたんだ。でも、アレルだってこの島の人のことを知れば、研究のことも、微粒子のこともそのうち知ってしまう。そしたらリリーを見捨ててしまうだろうし、閉じ込めないといけないなんて間違った研究の結果を見てしまえば、アレルもまたリリーを悪者にして、乱暴な手をとるかと警戒したんだ」
コロウは人が嫌い。そんなもの、誰でも嫌いになるだろう。死なないことをいいことに、大切な人が300年以上も地下に独りぼっちで閉じ込められたのだ。それも、騙されて。
話を聞いてアレルは納得した。コロウの態度も、島の人のことを聞いたときの反応も、何もかもが繋がった。つまり、国はリリーに病の原因全てを押しつけ、幽閉し、無かったことにしたのだ。もしリリーが生きていられなかったら、扉を開けたときにリリーは倒れて死んでいただろうとアレルは想像した。
「リリーは悪くないだろう? だって、リリーだけのせいじゃないじゃないか! 微粒子を有毒なものに変えたのは本土の人間が大気を汚染させたからだ。それなのに、全部リリーのせいなんてあんまりだ!」
国はそのうち大気汚染対策を開始し、大気は限りなく正常に戻った。この島自体の大気は正常なため、問題は本国の大気汚染そのものだったのだ。大気を正常に保つリリーの植物が出す微粒子が、大気汚染に強く反応する。ただそれだけのことだったのだ。
全てを理解したと同時にアレルの頭の中に一つの予想が浮かぶ。大気汚染しているのは国の方であっても、真実を国が知れば、リリーは悪者にされるだろうということ。病の原因だと言われて何年も何百年も無幽閉されているだけじゃない。病の原因と言われてしまえば大勢を救うためだとか正当化されて殺されかねない。それは一刻も早く対策を練らなければならない事態を意味していた。