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植物姫  作者: 歩共あるま
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使命への挑み方

 計画は既にできていた。恐らく近いうちに、ゲルーセント号が消息が絶ったのを知った国からの船が来る。もう向かっているかもしれない。それに乗って自分は国へ帰り、カヘナ島ではない別の毒素の原因を突き止める。


 船が来るまでの間すべきなのは島の散策。島自体はかなり大きいため、地図を作る必要があるだろう。歩数と方角から大体の距離と位置関係を掴んで全体を把握し、同時進行で島の探索もしなければならない。以前他に人がいたなら、必ず人工建築物が残されているはず。一度流行り、毒素の原因はカヘナ島だと文献に記載されていたということは、やはり何かの手掛かりがこの島にはある。毒素の原因とされているということは、探索中に何らかの経路で感染し、発症する危険がある。絶対にリリーを連れていけない。彼女を危険にさらすなんて考えられなかった。


 果物が生る木も把握していたし、海に向かって小さな川が流れていたからなんとかなる。幸いなことに、ルードの剣が深く突き刺さった残骸が残されていて、サバイバルにはちょうど良かった。


 アレルは島の左側の探索を開始した。巨大な葉を使い、鋭い枝で傷をつけるようにして地図を描き、最初は歩数を途中から数学を使って次々に位置関係を明らかにしていく。幸い地面は数式を書き放題だったため、かなり頭の中を整理するのに役立った。距離がわかれば時間も計算で割り出せる。アレルが決めた島のポイントには大体どれくらいの時間があれば拠点から行って帰ってこれるかがわかった。そのおかげで余裕をもって探索に時間を割くことができた。頭の中にある幅広い学問の知識はとにかく探索を優位に進めてくれた。


 何かを突き詰めていくことは、アレルの頭を満足させるはずだった。しかし、頭の中には常にリリーの笑顔があり、その笑顔を何度振り払おうとしても、うまくはいかなかった。集中しようとしても、どこかでリリーのことを考えてしまう。


 俺が完全学習得者でなければ、今頃リリーと一緒にいられたのに。いや、でももし完全学を学んでいなかったら出会うこともなかったんだろうな。


 アレルは考えていた。完全学を学んでいたからこそ自分はリリーに出会い、そして一緒にいられないのだと。皮肉なことに、リリーと出会えたのは完全学のおかげなのだ。


「アレル!」


リリーの声がして、アレルは顔を上げて姿を探したが、数秒してそれが幻聴だと気づいた。そんなことはしょっちゅうで、アレルはその度にリリーの姿を探し、肩を落とした。


 そんな日々が続いたある日、アレルは島の中央を覆い尽くす森の中に、コンクリートで造られたトンネルを発見した。奥に延々と続いており、暗い。コンクリートは所々崩れているが、まだ原型を保っていた。小さな松明を持って中に入っていくと、鉄格子の扉があった。扉には厳重すぎる程に鎖が巻かれ、南京錠もしてあったらしい。らしい、というのは、鎖は錆びて穴だらけになっており、脆くなった所で千切れ、真下に南京錠が落ちていたからだ。


「こんなに厳重にする必要があるのか?」


洞窟で松明を持って入るのは自殺行為だが、何故か奥から風が吹き出していたため、アレルは松明の材料を集めて直してから行ってみることにした。


 中がどうなっているか分からないため、かなりの時間持つようにと材料を用意し、もう一度鉄格子の扉の前にやってきた。


「酸欠にはならなさそうだな」


アレルは鉄格子の扉を押し、中へと入っていった。中は同じコンクリートのトンネルが続き、唐突に視界が開けて、ゆるやかな螺旋を描きながら地下へと繋がっていた。直径大体十メートルの空洞に巻きつくようにコンクリートの床は続いていた。下は暗すぎて見えないため、行くしかない。一歩進んで、何かを踏んだ感覚と何かが割れる音がして足元を見ると、薄いガラスが割れて散乱していた。頭上に松明を持っていくと、斜め上の壁に均等に裸電球が取り付けられているのが分かった。割れて元の形は分からないが、発光するフィラメント部分はギリギリ残っていた。光らなくなって随分と時間を感じさせるものだった。


「誰かいないか?」


エコーがかかったように響いたが、返事はない。アレルはそのまま緩やかな螺旋を降りていった。十分、二十分、三十分、一時間、二時間。時間だけが過ぎていく。松明は途中で消えかけたため、小まめに材料を足さなければならなかった。


 大体三時間経った頃、ようやくアレルは最下層に辿り着いた。そこには分厚い鉄の扉があったが、内側から開けた痕跡があった。扉はすっかり錆びていて、取手のところに巻きつけてあった鎖が先程と同じように穴だらけになり、千切れていた。風はこの中から吹き出しており、アレルは中へと入ってみた。


 扉の中は円形の小部屋になっていた。暗くて湿気が多く、見上げると吹き抜けになっていた。遥か頭上に空いた穴から日差しが漏れていた。定期的に水の粒が落ちる音がする。大体直径三メートルの円形の小部屋。一筋の光が差し込むだけの場所。厳重にしてあったが、特に目ぼしいものはそこにはなかった。


「一体、何なんだここは」


アレルは松明の材料も底をついていたため、火が消えてしまう前にまた螺旋を上がり始めた。火は途中で消えてしまったため、壁に手をつきながら上がっていく。


 謎の建物。目ぼしいものも特になく、あるのはただの小さな部屋。過去、あの部屋を何に使っていたのだろう。何かを閉じ込めていた? でもその何かはもう外にいる。鎖が千切れるまであそこにいられる生物なんていやしないし、実験に使うには狭すぎる。


 そうこうしているうちに、アレルは地上に戻ってきた。空はいつの間にか赤く燃えるようだった。もう拠点に戻らなければと、アレルが歩き出してしばらくしたとき、聞き覚えのある声が聞こえた。


「おーい、アレル!」


それはコロウの声だったが、アレルはいつの間にか声の方向を懸命に探していた。姿を見つけて思わず駆け寄ろうとして、その場で足を止めた。


「コロウ、来ちゃダメだ」


「どうして?」


途中まで飛んできて、コロウはその場で地面に降りた。


「リリーは来てないだろうな」


「来てないぞ。俺が置いてきた」


アレルは安心し、少しがっかりとした。


「でも、すごく悲しんでるんだ。もう全然歩かないし、ずっと泣いてるんだよ。俺、もう見てられないんだ」


コロウが困り果てたように言った。


「なぁ、素性も目的も何でも話すって俺に言ってくれただろ? 話してくれよ」


アレルは頷いて深呼吸してから、自分の生いたち、素性、航海の目的、流行り病、自分の使命など、必要なことは全て打ち明けた。コロウは話を聞いている間特に何も言わず、時折頷くだけだった。


「毒素の原因はカヘナ島だと文献にはあった。なら、必ずここのどこかに手掛かりがあるはずだ。毒素も病もまだ不明な点も多い。発症すれば助からないし助けられない」


コロウはそこまで聞いて、ゆっくりと頷いた。


「アレル、君の言い分を聞いて俺は納得だ。リリーのことばかり考えてる俺からしたら、酷いことするなって感じだけど、君からはあの夜決意を見たんだよ。リリーの悲しみも理解できるし、でもアレル、君の言い分も立ち位置も俺は理解できる。本当に、納得だ。だから、アレルの決意と人柄を信じて俺も手を貸そう。でも、俺とアレルは全く別のところを心配していたらしいね。リリー、もういいよ!」


その言葉に、アレルは目を見開いた。


「ダメだ! コロウ、話を聞いてたか? 俺は今毒素を振り撒いているかもしれないんだぞ! リリーを病気にさせるつもりか!」


リリーは走ってこようとして、アレルの剣幕に足を止めた。


「アレルこそ俺の話を聞いてたか? 俺とアレルは全く別のところを心配してたんだよ。心配しなくてもアレルの体に毒素はない。ここの空気ももちろん清浄だ」


そう言い切るコロウに、アレルは眉間にシワを寄せた。


「そう言いきれる根拠はあるのか?」


「あぁ。なんたって俺は元々ここにいた人間達の研究に携わり、毒物の検出役を勤めていたからな」


「毒物の検出だって?」


「実験すれば出てくるだろ? 人間の体に都合の悪いものが。無色無臭でも俺は毒物に敏感なのさ。だからはっきりと分かるんだよ。だから安心していい。ほら、リリーおいでよ! 大丈夫!」


そう言われて、リリーはまた走り始めた。


「そんなに走ったら危ないぞ!」


コロウが忙しなく跳び跳ねながら忠告するが、リリーは関係なくアレルに突進する勢いで走る。そうして、アレルの側まで来ると、思いきり抱きついた。アレルは戸惑っていたが、やがてリリーの肩が震えているのに気づいた。すすり泣く声が聞こえて、アレルはそっとリリーを抱き締めた。


「ごめん。ごめんな」


リリーがいる。それだけで、アレルの心は満たされていった。本来ならあってはならないことのはずだったが、アレルの心は安心感でいっぱいだった。




 リリーにもアレルのことは話された。リリーを毒素から守るためにも一人で、自分の身を顧みずに探索をしていたことも。


「アレルは、たくさんの人の命を救おうとしたんでしょう?」


「そうだ。俺は国の人々の病を何としてでも治さないといけない。そのためにはどれだけ危険であってもやり遂げないといけない」


必ず手掛かりを見つけて見せる。


「ねぇ、アレル。私思うの。全部一人で抱え込まないで。私にも、コロウにもできることがきっとあるわ。アレルはもう一人じゃないのよ。皆で力を合わせてこの問題を解決しましょう」

と、にっこりとリリーは笑った。


「そうだよ。丁度いい三人がここにそろってるんだぞ。三人寄れば文殊知恵ってやつだろ?」


と、コロウがまた騒がしく羽をばたつかせながら言ったのを聞いて、リリーが尋ねた。


「コロウは人が嫌いじゃなかった?」


すると、コロウはちらりとアレルを見てから言った。


「アレルは、認めてやってもいいかな。割りとガッツがあるし」


アレルもまたコロウを見た。


「ありがとう」


コロウはフンッと満足げに鼻を鳴らした。


「私はアレルが必要な道具をなんでも出すわ」


「俺は毒を検知したらすぐに知らせよう」


「俺はこの使命を全うしよう」


三人寄れば文殊知恵とはよく言ったものだ。驚くほど必要なものが揃っている。一人ではない。仲間の力を借りて、俺は前に進むことに決めた。これが俺の使命への挑み方である。

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