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植物姫  作者: 歩共あるま
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現在地

 翌日、アレルは二人に尋ねてみた。


「リリーは、コロウが人を好きじゃないって言ってただろう? ってことは、前に俺以外の人間がいたってこと?」


その瞬間、リリーの笑顔が固まった。隣にいたコロウもまるで石にでもなったかのように動きを止める。


「どうしてそんなこと聞くの?」


「深い意味はないけどさ、その人達は今どこにいるのかなって思って」


「知ってどうするの?」


リリーが心配そうな顔でアレルを見ている。


「どうするって、別にどうもしないけど」


というのは嘘である。


 もしかしたら、この島にいる人達から現在地を教えてもらえるかもしれないし、船があるなら乗せてもらえないかと思ったからだった。リリーとコロウと一緒の日々は楽しいし幸せだ。俺がただの船乗りだったら二人に追い出されない限りここにいることを選んだだろう。だが、俺はそこらの船乗りとは違う。この背中に何万という命を背負って航海をしてきたのだ。ここにどれだけいたいと思っても、それ以上に優先しなければならない使命がある。人々を今も苦しめているであろう流行り病をなんとしてでも終わらせなければならない。


 実際にアレルは次々に病に伏していく人達を見ていた。風邪のような症状が出て、そのうち高熱に悩まされ、息もできないほどの咳で苦しんでいた。あまりに激しい咳で肋骨を折った人も何人もいた。ひどくなるとそのうち痙攣が起き、体は本人の意思とは関係なく動くため何ヶ所も骨が折れる。やがて呼吸困難で命を落とすのだ。あまりに残酷であまりに恐ろしい病。今も国中の学者達が自分の命など顧みずに解決策を探していて、アレルもまた尽力していた。自身も同じ病になってしまうかもしれないという危険を冒して。


 アレルが専攻してきた学問は完全学と呼ばれ、ありとあらゆる学問を幅広く取り入れている、いわゆる総合的な学問だ。数学、語学、歴史学、経済学など、学問と呼ばれるものを幼少期から完全学舎と呼ばれる特殊な場所に缶詰にされ、徹底的に叩き込まれるものだ。あまりに難しすぎて一握りでしか習得できない最難関の学問として有名だった。


 アレルは生まれたその日に孤児院に捨てられ、5才から25才まで、完全学舎で勉強漬けの毎日を送ってきた。少しずつ勉強時間はのび、7才になると1日15時間の勉強。睡眠6時間。残った3時間で食事や入浴を済ませなければならなかった。それからはずっと同じ時間配分で一日を過ごしていく。


 完全学は、不測の事態に陥った際、あらゆる事態に臨機応変に対応できる人員を生み出すために国により作られたものだ。専門家にこそ劣るものはあっても、一人で多方面からの味方ができるのは完全学の特色だった。


 また、完全学は国から全額費用が支給されるため生活費はゼロである。その代わりに人生そのものを学問に捧げ、来るべき時に国のために働き、大衆に還元することが義務づけられていた。完全学を学ぶものとして、国民のために還元することは使命なのだ。なんたって、税金で費用が賄われているのだから。


 孤児達にも素晴らしい教育を、ということから孤児は必ず5才で完全学舎に入り、ついていけなくなった時点で完全学舎を離れて通常の学校へと送られる。


 もちろんこれは表向きの理由。この不測の事態は、危険を伴うものも存在する。だからこそ家族や親戚など、縛るものがない孤児はこの時代重宝された。孤児は5才から完全学舎に入ることが義務づけられていた。そのため完全学を習得して活躍するのはほとんどが孤児だった。異義を唱えるものはもちろんいない。


 アレルは特にこの政策に反対していない。むしろ賛成派だった。生活に困窮した両親も孤児院に子供を持っていけば経済的に楽になるし、孤児院では5才から高等な教育を無料で受けられ、自分の力量次第では完全学を習得して将来仕事に困ることはない。テストで目標点を下回るか、意思を見せれば外の世界で生きていくという道も選ぶことができる。それに、何より不測の事態で召集され、家族が欠けることもない。完全学はそのほとんどが孤児院のメンバーなので、不測の事態とやらに仲間達全員で立ち向かうこともでき、余計な人間の介入で場が乱れることもない。仮に死んでしまっても悲しむ家族がいないというのは、それだけで身軽だと考えていたのだ。アレルにとっては知識を生かすべき時にわんわん泣かれて行かないでと迫られるよりかは元々いない方がましだった。


 俺の知識を生かすのは今だ。今動かなければ何のために完全学を学んできたのか分からない。この不測の事態に備えて国は俺を始めとする完全学習得者を生み出したのだから。俺も同じ病になれば命はないが、もし病を治す手だてが見つかって死ぬのなら本望だ。


 そんなアレルの心の中には、ここでリリーとコロウと穏やかに暮らす日々のままでいたいという気持ちも少なからずあった。その気持ちがどうしてもアレルの行動力を削ぐのだ。俺は皆の命を守る大切な役目を担ってるんだ。何をのんきなことを、と何度も自分に喝をいれなければならなかった。


 コロウとリリーの反応から、アレルはやはりこの島に自分以外の人間がいたと確信していた。二人は島にいたはずの人間達については話したがらなかった。


「そんな人間のことなんてどうでもいいだろ。そんなことより、今日は海辺で散歩しようよ」


「そうよ。そうしましょ。いいでしょう、アレル」


半ばすがるようなリリーに、アレルは仕方なく頷いた。


 島の人達がどこにいるのか、知らないわけにはいかない。仲間の想いを無駄にしないためにも、使命を全うしなければならないのだとアレルは自身に言い聞かせた。




 リリーやコロウと過ごす日々はとにかく穏やかなものだった。ある日は日向ぼっこをし、ある日はリリーが出したイカダで透明な海の上を進み、またある日は砂浜に絵を描いて動物達を教えた。それをリリーが植物で形作った。コロウのように話すこともできるし、元気よく跳びはねたり、アレルとリリーを乗せて走ることもできた。暗くなれば天体観測をし、星座を教えた。穏やかで平和な日々。常に頭に知識を叩き込み、時間通りに仕事をこなす、そんな日々に身を投じてきたアレルにとって、リリーやコロウと過ごす時間は仲間を失ったアレルの心を慰め、満たしていった。特にリリーと一緒にいることはアレルを幸せな気持ちで満たした。


 しかし、穏やかな日々を過ごせば過ごすほど、リリーやコロウとの時間が長くなるほど、胸には焦りや罪悪感が押し寄せた。今こうしている間にも多くの人が病で苦しんでいる。大衆のために働くことが自分の存在意義のはずなのに、何を遊び呆けているのか、という良心の呵責に悩み、アレルを追い詰めていった。それは日増しに大きくなり、頭の中に真っ黒な雲のように立ちこめる。


 俺はもう死んだと思われてるだろう。それなら、ここで暮らしててもいいんじゃないか? いや、俺は何を言ってるんだ。多くの人が今苦しんでるんだぞ。二十年学問に徹してきたのはいざというとき多くの人の命を救うためなんだぞ。何を考えてるんだ。でも、もしかしたらもう他の誰かが病を治す手だてを見つけたかもしれない。


 いつのまにか、アレルはここにいられる理由を必死で探していた。それと同時に、自分の使命も捨てきれず、何とか使命に没頭する言葉も探した。完全に板ばさみの状態だった。リリーをとるか、何万と言う命を救うことをとるか。天秤にかければどちらをとるべきかなど明白だが、どうしてもどちらかを捨てることはできず、悩める日が続いていた。


 その日は三人で海辺を散歩した。穏やかな波が打ち寄せて、砂の粒が運ばれていく。海の水は透き通っていて綺麗で、リリーが裸足で走り回っていた。まだ残骸は残ったままで、リリーはその上を歩きたがった。砂とは違う独特の足触りが気に入ったらしい。その日もリリーは残骸の上を目指したので、アレルは手を出した。リリーが手を重ね、アレルが支えてあげるのが常だった。


 リリーが残骸の上を歩き終えると、手は離れてしまうため、アレルはできるだけ長く残骸が続いてくれることを願っていた。足場に危険なものがあるかは先頭を歩くコロウが目を光らせていたため、特に怪我をすることもなく散歩することができた。


 早く結論を出さないといけないのに。動き出すなら今すぐ、なのに。


 そんなことが四六時中頭の中をしつこくついて回る。そんなアレルに


「アレル見て! かわいい魚が泳いでるわ」


というリリーの楽しそうな声がかけられた。尾ビレが体の3倍ほども大きいのが特徴の小魚を指さすのを見て、アレルは笑った。


「あの魚はプリローズって言うんだよ。暖かい海の浅瀬に生息してて、尾ビレがバラの花みたいだからこの名前がついたんだ。あの魚は夜に尾ビレを岩に固定して休む性質がある。その時に尾ビレは赤く光るんだ」


「お前物知りだなぁ」


コロウが珍しく驚いたような声をあげた。


「まぁな」


「ねぇ、アレル、あの魚は?」


「あれはカキマツ。あれはハニヤラメ。あ、あの魚はオニチニヤキョウジュって言って、生息してるところがかなり限られてる珍しい魚なんだよ」


リリーがきくもので知らないものは無く、アレルは名前を教えてあげた。リリーは何にでも興味を示し、多くをアレルに質問した。その度にアレルは迷うことなく答えた。専門家には劣るものの、大体の魚とその生息地は頭の中に入っていたし、地理の構造も頭の中にしっかり入っている。何度も何度も答えるうちに、アレルははっとした。


 現在地がわからない? 俺は何を言ってるんだ。ここにはプリローズも、カキマツ、ハニヤラメ、それにオニチニヤキョウジュまでいるんだぞ? 現在地の特定なんて簡単じゃないか。


 アレルの頭の中に次々情報が駆け巡る。オニチニヤキョウジュという不思議な魚は世界でも生息地が3ヶ所と、限定されているのが有名な魚だった。暖かな海の中で、オニチニヤキョウジュが生息している場所。かつ、アレルが向かっていた方角を考えると、答えは自ずと出てくる。


「まさか、まさか、そんな……」


アレルは海の中を泳ぐ魚の中にもう一度オニチニヤキョウジュを探した。ハリネズミのようなトゲだらけの丸い体。独特な赤と青の縞模様の体色。アレルの頭の中で疑いは確信へと変わっていく。


「まさか、ここはカヘナ島の近くか……?」


血の気が引いていく。カヘナ島はアレルが目指して航海してきた場所。つまり、流行り病の毒素の原因となっている猛毒の島。


「アレル? どうしたの?」


リリーの質問に答える前に、アレルは目を見開いてコロウに訊いた。


「ここの近くにカヘナ島という島はないか!?」


コロウは顔をそらして答えないようにしていたが、アレルは目が血走るほど必死になってもう一度コロウに訊いた。


「頼む答えてくれ! ここの近くにカヘナ島という島はないか!?」


コロウはあまりに豹変したアレルに驚きながら言う。


「カヘナ島は、この島の名前だよ」

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