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植物姫  作者: 歩共あるま
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大切な名前

 名前を考えるのは想像以上に大変なことだった。難解な数式でさえ答えが存在するのに、女性の名前というものには正解などない。この女性が一生名乗っていく大切な名前だからこそ、とにかく考え抜かれたものにしようとアレルは色々考えてみた。数学者、物理学者、生物学者など、片っ端から偉人の名を浮かべてみたり、法則名や、単位を挙げてみたりしたが、おっとりとして、マイペースな女性につけるにはどれも何かが違っていた。考えれば考えるほど分からなくなっていくアレルは、食事を終えてもずっと考えていた。


「アレル、決まった?」


寝転んで両手に顎を乗せ、足を振りながらにこにこして、女性はアレルをじっと見ていた。それはまるでプレゼントを待つ子供のようで、飽きることなくただ嬉しそうにアレルを見つめている。それがアレルは落ち着かなかった。


「まだだよ。そんなに簡単に決められないだろ。大事な名前なんだから」


と、アレルが困った顔をすると、女性は一層嬉しそうな顔をした。


「さっきから何がそんなに嬉しいんだよ」


と言うと、女性はまた笑った。


「だって、アレルが色んな顔をするのよ。優しい顔をしたり、怖い顔をしたり、悩んだり。私のことをずっと考えてくれてるの。それが嬉しいの」


普通なら恥ずかしくて言えないことも、この女性はためらいなくアレルに伝えた。


「な、何言ってんだよ」


と、無理矢理平静を装うが、日を追う毎にそれは難しくなっていた。


 俺は恩を感じている。命を救ってもらい、体力が回復するまで介抱もしてもらった。だからこの女性がそれ、なんて言葉で呼ばれるなんて考えられなかったし、許せなかった。でもそれだけだろうか。人生を変えてくれたルードにも恩情はある。ルードがそれと呼ばれたら腹が立つのも分かる。でも怒鳴るだろうか。冷静さを欠くことがあるだろうか。いつも後ろをくっついてくるような輩は嫌いだった。けど、この女性がずっと後ろをついて回っても不快ではなかったし、むしろいない方が落ち着かないのだ。俺がこんな風に悩むことすら今まで無かったことだ。最近答えのない問題が次々と現れている。きっとそれが俺にとってはストレスなんだろうとも思う。


「ねぇ、アレル。外を散歩しない?」


「え? 名前は?」


「だって月が綺麗なの。ねぇ、行こう」


おもむろに立ち上がった女性は、アレルの手を何度も引いた。


「仕方ないな。ちょっとだけだぞ」


考えていることを途中で邪魔されることが嫌いだったはずなのに、この女性に笑顔で話しかけられると不思議と嫌な気はしなかった。そんな自身の変化にアレル自身驚いていた。


 俺はこの場所に来て人が変わってしまったのか? 今までの俺はどこへ行ったんだ? 今までの俺なら、答えが出てない問題を一時的でも放置するはずがなかった。食事しながらも考え続けたし、適度な睡眠をとれさえできれば後は全部考え事に費やした。散歩なんて絶対に行くはずがない。それなのに、どこか嬉しいなんて。俺は酒も飲んでないのに酔っぱらってるんだろうか。


 そうこうしているうちに、女性の手に引かれてアレルは夜の海辺に来ていた。海に満月が反射し、空には満点の星空が広がっている。満月のおかげで灯りがなくても十分だった。


「明るいね」


そう言いながらそっとアレルの手を離れ、女性はくるくると回って踊り始めた。草木が編み込まれたワンピースがはためいた。


「アレル。ねぇ、月が綺麗でしょう?」


月夜の下で楽しそうに踊る女性に、アレルはいつの間にか見とれていた。


「とても、綺麗だよ」


その時、頭をよぎったのは、美しい純白のユリの花だった。一点の汚れもない真っ白なユリ。英語でユリはーー。


「リリー」


口に出してみてこれしかないと思った。


「アレル、何て言ったの?」


「名前だよ。君の名前は、リリー。どうだろう?」


女性は満面の笑みを浮かべた。


「素敵! 私の名前はリリー! ありがとうアレル」


リリーと名づけられた女性は、アレルに抱きついた。アレルの方は、あまりの驚きに声も出ずにいる。女性に抱きつかれたことがないアレルにとって、リリーの行動には何度も心臓が飛び出しそうになった。


「この名前大事にするね」


首に腕を回したまま身を離し、にっこりと笑うリリーを見て、アレルは顔に血が上っていくのを感じた。全身が熱くなって、心臓が大きく脈打っている。


「そ、そんなに喜んで、もらえたら、ほ、本望、です……」


と、思わずまごついてしまう。


「アレル、お顔が真っ赤よ」


両手で頬を包み込まれて、アレルは完全に硬直した。


「あ、あの、俺、その……」


「イット、どこ行ったの?」


と、心配そうな声が聞こえてくると、リリーは笑ってアレルの側を離れた。


「私はリリーよ! イットじゃないの! リリーなの!」


コロウに助けられたようで邪魔されたようにも感じ、居心地が悪かったようで良かったようでもあり、矛盾した気持ちにアレルは驚いていた。アレルの心臓はなおも激しく胸を打ち、全身は熱いままだった。


「リリーよ! リリー!」


何度も大声で言われて、アレルは声をあげた。


「そんなに大声で言うなって」


「私はリリー! リリーなのよ!」


「あ、名前決まったんだ。ま、あんたにしちゃいいんじゃないかな」


コロウがちらっとアレルを見た。コロウは人間があまり好きじゃない。でも、アレルは彼が少しずつ認めてくれてるような感覚がしていた。


 ふと、頭の中に疑問が浮かぶ。コロウは人間があまり好きじゃない。でも、それをリリーが知っているということは、ここには前に人間がいたってことじゃないのか? ではその人達は今どこに? なぜリリーもコロウもそのことについて何も触れないんだ?


「アレル! 帰ろう!」


「ぼーっとしてたら置いてくぞ」


疑問を抱きながら、アレルは返事をして駆けていった。

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