表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
植物姫  作者: 歩共あるま
10/11

生きるための選択

 その事を伝えようとしたアレルにコロウは言った。


「リリーは人と一緒に生きている時だけ時間が進むんだ。だから、300年以上も経ってるのに姿は変わらないんだよ。だからアレル、リリーと一緒にいてやってほしい。もう寂しい想いをして欲しくないんだよ」


その事実に、アレルは衝撃を受け、また頭の中でずっと同じ姿のリリーに納得した。閉じ込められていたあいだもずっと姿が変わらないのは、不死なのではなくて、ただそこに誰もいなかったから。


 リリーは300年以上の間年をとることもできず、孤独に過ごしていたのだ。ようやく現れた人間と一緒に過ごしていたのに、その人間はリリーを閉じ込めて行ってしまった。どれほど悲しかったことか。どれほど寂しかったことか。


 コロウが言ったことをアレルは理解したが、その願いは心の底から望んでいて、それでもって非常に難しいことだと同時に理解していた。


「微粒子がどの程度の距離で空気を正常に保てて、どこから有毒化するのかが分からない以上、リリーを国に連れて帰るのは危険だ。危険人物だと思われたらそれこそ閉じ込められるどころですまない可能性がある。俺の国は陸続きだから、他の国に影響が出るとなると難しい……」


アレルが自分の心を押し殺し、客観的に発言すればそうなるが、アレルは拳を握りしめた。


「でも、またリリーをここに置いていくなんて、俺にはできない。またここで一人寂しい想いをさせることも、それに、ここにいればいずれ国から船が来てしまう。コロウが説明してくれたことに、やがて皆気づくだろう。そうなったら、そうなってしまったら……」


それ以上は言えなかった。アレルの頭の中にあったのは、リリーが殺されてしまうかもしれないということだったからだ。多少の犠牲はやむを得ないと、国が判断してしまうことが、アレルには恐ろしかった。


 一緒にいたい。何も害がないならここでずっと一緒に暮らしていたい。でもここにいれば多くの人が病に苦しんでしまう。でも行ける場所なんて、リリーには……。


 話を聞いていたリリーが、涙を拭き、目を大きく見開いた。


「そうだわ。私が遠い場所に行けばいいのよ」


その言葉に驚いたのはアレルだけではなく、コロウもだった。


「一緒にいて欲しいって俺が言ったの分かってる?」


「でもコロウ、これは一緒にいるために一番いい方法よ。私は離れた新たな場所を見つけてそこで暮らすの。それから、そこでの暮らしがうまくいった時、アレルを呼ぶの。どうしても見つからなかったら大きな島を作ればいいのよ!」


この時代、まだ世界の全貌が明らかになっておらず、未開の地が多かった。それはもしかしたら遠く微粒子が国に届かない場所があるかもしれないということだ。


「でも、どうやって?」


「私にはコロウがいるもの。コロウを大きくすれば乗って飛び回れるし、疲れたら近くの島とか、海の上に大きな植物のイカダでも作って休むの!」


「嵐が来たら?」


アレルの心配もリリーは笑った。


「海の底から蔓を大きく伸ばして波が届かないところに木の家を作るわ。私、割りとどこでも生きていけるわね」


それは国の人を救い、また二人で生きていくという願いを同時に達成することができる、最善の選択であった。


 コロウが側にいれば、必要な時に助けてくれる。リリーの特殊な力があれば、やり遂げられるかもしれない。危険な旅にはなるだろう。でもコロウ、リリー、二人の力と運に任せるしかない。そして、俺にできることは……。


「じゃあ、その間に俺はリリーと社会がうまく共生できる方法を探そう。いつか、人間社会とうまくやっていくことができるように。きっと、楽しいだろうから。あと、できれば微粒子の研究を進めたい。この微粒子がなんとか有毒化しない方法を見つければ、それもまた社会ででも生きていける手助けになると思う。コロウは連れていけないし、誰かいてくると助かるんだけど……」


そう言うと、リリーは頷いて手をかざした。突然蔓や葉が凄まじい速度で巻き込まれていくような植物の球体ができ、手足が生え、頭ができ、やがてそれは小さなハムスターの形になった。コロウと同じような、でたらめな植物の集合体。五センチほどの小さな体だ。


「この子はエルフィー。とてもいい子なのよ。これだけ小さければきっとそんなに影響は出ないと思う」


エルフィーはリリーを見るなり足に駆け寄り、両手をめいいっぱいまで広げて抱きついた。


「あぁイット、久しぶりね」


「イットじゃなくて、リリーだよ」


とアレルが言うと、エルフィーは少し跳んで驚き、リリーの後ろに隠れてアレルを指差した。


「誰? この人」


リリーは笑いながらアレルにチラリと目をやる。


「私の大好きな人よ。とても優しいの」


リリーを直視できずに目を背けたアレルにまた笑いながら、リリーはしゃがんでエルフィーに言った。


「あのね、エルフィー、私はこれからコロウと新しい素敵な場所を探しに行かなくちゃいけないの。私達が今たくさんの人を苦しめてしまっているから。アレルはまた私達が一緒にいられるように頑張ってくれるけど、それには私の力でできた子が必要みたい。だから、代わりにアレルを手伝ってあげて」


エルフィーはまた少し跳んで驚き、アレルを見上げ、じっと吟味するかのように睨んだ。アレルはエルフィーをそっと包み込むように持つと、目の前まで運んでにっこりと笑った。


「リリーと一緒が良かったかもしれないけど、ごめんな。クリーンルームとかにいてもらわないといけないかもしれないけど、でも絶対大切にするから、どうか力を貸して欲しい」


エルフィーはじっとアレルを見て、やがて頷いた。


「今度はいい人間みたいね! いいわ、あたしが力を貸してあげる」


と、胸を張った。


「さぁ、早くここを出ましょう。皆を助けなくちゃ」


人間に長い間閉じ込められていたにも関わらず、リリーは今皆を助けるために動いている。アレルはそう思うと何より心が楽になった。


 研究所を出て浜辺に行くと、遠くに船が一隻こちらに向かってくるのが見えた。アレルもまた国に帰らなければならない時が迫っているのだ。リリーがそっとコロウに両手をかざすと、まるで風船が膨らんでいくように、みるみるうちに五メートル以上にまで巨大化していき、アレルは飛び退いてなんとか踏まれずに済んだ。


「おっと危ない。もうちょっとで踏んじゃうところだった」


「もうちょっとでペチャンコになるとこだったよ」


と、アレルは軽くコロウを非難したが、コロウはごめんごめんと笑っていた。


 出発の準備が整うと、リリーは両手を広げたアレルに思いきり抱きついた。


「やっぱり寂しいわ。だってずっと独りぼっちだったもの」


「俺もだ。でもまた一緒にいられる日が必ず来る」


アレルはそう言って強くリリーを抱き締めた。


 お互い場所は違っても、想い合い、頑張ることができる。また会うその日まで、少しのお別れだ。


「リリー、好きだよ」


もう一度リリーに伝えた。しばらくは伝えることもできない寂しさがアレルに込み上げる。


「私もよ、アレル」


リリーもまた強く抱き締め返すのをアレルは感じていた。体を離してお互いを見ると、どちらからでもなく二人は笑った。


 お互いを好きなのはもう知っている。最後ではないこおも、一緒にいるために頑張るのだと言うことも。リリーの笑顔を見ると、アレルの寂しさや不安は消えていき、必ず社会で堂々と生きていける方法を見つけるというやる気が満ちていった。


「いってくるね、アレル」


そう言って離れていこうとしたリリーをアレルは引き寄せた。そうして、リリーにそっとキスをした。


「絶対に呼んでくれ。必ずリリーに会いに行く」


リリーは幸せそうな顔でもう一度アレルを抱き締めた。


「えぇ、会いに来てアレル」


アレルは身を離すと、リリーの手をとり、丁寧にコロウの背中へエスコートした。最後の最後までその手を離さない。


 寂しいけれど、それでも二人がまた一緒にいられるために、今は少しのお別れをしよう。


 アレルはコロウに乗ったリリーを見つめながら、ゆっくりと手を引いた。


「リリー、どうか気をつけて」


リリーもまたじっとアレルを見ていた。


「えぇ、いってくるわアレル」


「俺がリリーを絶対に守るよ。そして、新たな場所を見つけたらすぐにエルフィー目指して飛んでいく。他にもたくさん仲間がいるからリリーは寂しくないし、それまでの辛抱だ」


コロウが大きな頭をアレルに向け、小さく頷いて言った。


「信じるよ、コロウ。リリーを頼む。その時が来たら必ず来てくれ。ずっと待ってる」


エルフィーはアレルの肩に乗せてもらい、両手を振った。


「この子の事は心配しないで。じゃあね、リリー、コロウ!」


「じゃあね、アレル、エルフィー!」


それぞれが最後の会話を終えると、コロウは力強く飛び立ち、羽ばたいた。その姿はみるみるうちに小さくなり、やがて小さな点となり消えてしまった。


 間もなく母国の国旗をはためかせる船がはっきりと見えるまでに迫ってきた。アレルが手を振ると、向こうもまた手を振った。船がさらに近づいてくると、アレルは急に振っていた手を止めた。船から振っていた手の主は、筋肉質で、がっしりとした体つき。隣には、金髪に青のメッシュが入った青年が立っていたのだ。そして、何人も何人も、どんどん甲板に出てきたかと思うと皆が声を上げた。アレルは手を下げ、代わりに口を押さえた。涙が次々に溢れて手を濡らし、彼の名を呼ぶ声に返事ができなかった。そこにいたのは、随分前に失ったはずの仲間達だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ