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8 痛みと優しさ

街外れの宿屋。決して高級ではないが、ある程度の清潔感があって滞在しやすそうなもの。その一室を今回の拠点として借りることにした。

滞在期間は決めず、宿を出る最後の日に宿代は精算する。食事を用意して貰わないかわりに格安で泊めさせて貰うことを交渉して決定した。


旅人にとって宿代は頭を悩まされる一つの大きな問題だ。財源は限りある訳であるし、出来るだけ削れる経費は削ってしまいたい。たとえ店主に苦い顔をされようとも、引けないところは引けないのだ。


僕一人であれば野営をすることも厭わないのだが、なんといっても年頃の少女を一人抱えている故、出来るだけ安全そうな場所を選びたい。

レフィアンは、この世界でも随一の治安が良い地域ではあるが、それでも野党や盗賊などの輩がいないとは限らない。そもそも、僕たちがそういった輩にやられてしまうということはまずないだろうが、たとえどんな相手でもむやみな戦闘をすることはルゥの情操教育上よくない。彼女には優しくて気高い娘に育って欲しいのだ。


もちろん、旅の都合上やむを得ず野営することもある。今回レフィアンに来るまでの道のりでも、何度か野営はした。そういうときは出来るだけ人通りのある街道沿いにベースを作り、なるべく危険のないように気をつけている。


「ん~、よく寝た」


僕の背で気持ちよさそうに寝ていた銀色のお嬢様は、宿屋の一室に着くとベッドに腰掛けぐーっと伸びをする。


「ロアの背中は何度寝ても気持ちいい。ルゥの専用ベッド」


「僕の背中はベッドではないし、疲れたからってすぐ僕におんぶをせがむのはやめなさい」


なんだかんだ言っても結局おんぶをしてしまう僕側にも問題がないとは言わないが。


「おぶされ系女子、きっと流行る」


「流行らないし、流行らせないよ」


ちょっと可愛いのは認める。


「結局ロアもルゥをおんぶ出来て役得のはず、ロアはいつもルゥを背負いながらにやにやしてるの、ルゥ知ってる」


「言いがかりだ!にやにやなんてしてない!というか君、そんなキャラだっけ!?」


僕のはにやにやではなく父性愛のこもった微笑みだ。


「女子三日会わざれば刮目せよ」


「毎日会ってるよ!」


「毎日会っているからこそ気付かないうちに成長してる。ロアの知らないところでルゥはどんどん綺麗になっていく」


「やめて、なんかちょっと寂しい気持ちになるから!気付いたら娘が大人になってて嬉しくも寂しく一人枕を濡らすお父さんみたいな気持ちだよ!」


「ルゥは明日、どこかの馬の骨と結婚します」


「娘は絶対にやらんんん!!!」


楽しそうに僕を手の平の上で弄ぶルゥ。その表情は今までにないくらいに明るく、優しい微笑みをたたえていた。

以前はこんなやり取りが出来るような子ではなかっただけに、正直驚いている。気付かないうちに、ルゥの中で、何かが変わっているようだ。

お耽美系無表情美少女もそれはそれでよかったけど、こうやって、素直に女の子らしく笑うルゥの方が何倍も素敵だ。やっぱり年頃の女の子は年頃の女の子らしく可愛く振る舞っているときこそが一番魅力的だと思うんだ。


・・・それは嘘ではないし、ルゥの変化を見ることは心から楽しい。それでも、ルゥがこんな風に明るい少女になればなるほど、僕に優しい微笑みを向ける彼女を見ていると、忘れられない古傷がじくじくと痛む。きっといつまでも忘れることのない傷跡。忘れてはいけない罪が、僕の心を苛む。


「ロア、どうしたの?ルゥは結婚なんてしないから安心して」


「違うんだ、なんでもないよ」


思わず暗い表情を浮かべてしまっていたであろう僕に、ルゥは心配の言葉をかけてくれる。優しい少女。もう絶対に、失いたくはない温かさ。そんな温かさをもう一度知ってしまったことが、さらに僕の胸を締め付ける。


もう戻らない過去が、僕の犯した罪が、決して変わらない現実が、ぎりぎりと僕の首を絞め上げる。どんなに息苦しいとあがいても、泣き叫んでも、その手を緩めることはしてくれない。

だから僕はいつからかその痛みに身を任せることを決めた筈だった。その痛みになれた振りをして楽になった気になっていた。

それでもこうして痛むことを思えば、結局いまだにその痛みを、受け入れることは出来ていないのだろう。


自分を赦さないなどといっても、自分を赦してくれそうな誰かに、その傷を慰めて欲しがっている。・・・その自分だけは、絶対に赦さない。


「明日からまた、たくさん街を歩いて回るんだ。もうそろそろ寝ないとね」


深呼吸を一つ。きっと今の僕は、普段の優しい表情でルゥに向き合えてる。きっと大丈夫。


「うん、わかった。そろそろ寝る」


ルゥが僕を気遣ってくれることが痛いほどに伝わる。僕の弱い部分を少しだけ知っていて、でもそれを理解することはまだ出来なくて、だからこそそれを理解してくれようとしている。

本当に僕の知らない間に、ルゥはどんどん成長しているんだ。


もうずっと同じところで立ち止まってる、どこかの誰かとは違って。



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