7 夜の支配者
料理屋を後にした僕たちは、宿屋を探していた。
あたりはすっかり暗闇。食事をしている間に太陽は完全に沈み、優しい月明かりとオレンジの街灯が街を照らしていた。
今回の滞在はそれなりの期間になりそうだから、客室に余裕のありそうな、ある程度客の入りが少ない街外れの宿屋を探すことになる。賑やかな街中から、静かな街外れへと。
街外れと言えどもレフィアン。その景観はやはり見る者の心を躍らせるものであるし、むしろ人通りの少ないこの時間、夜闇に包まれた街にもまた違う味わいを感じる。宿屋を探すその時間も、なかなかに楽しいものであった。
満腹感に加え旅の疲れもあってか、ルゥはとても眠そうに揺れている。
「夜の支配者も眠気には勝てないかな?」
「そんなことない。全然平気」
そう言う彼女はなおも、うつらうつらと船を漕ぎながらゆっくり歩を進める。
「血が足りないだけ・・・ちょっと吸わせて」
「冗談じゃないよ。僕はまだ人間でいたいんだ」
色々と人間の範疇を超えてる自覚もあるけど、ぎりぎり人間としての体裁を保てている間は人間でいたい。
「残念、ロアならルゥの眷属にしてあげるのに」
銀色の少女ルゥは吸血鬼である。
ヴァンパイア、ドラキュラなど、様々な物語に様々な形で語られる者。
夜闇に紛れ、人々の首元に齧り付きその血を吸う化け物。
日光に弱く、日中はその身を隠し、夜の訪れとともに活動を始める・・・などという伝承はあるが、実際彼女はちょっと日焼けに弱いくらいで、朝起きて昼間行動し夜眠る。むしろ旅人として早寝早起きくらいの規則正しい生活を送っている。夜はだいたいこうしていつもおねむである。
物語に語られるような吸血鬼の性質もいくらか持ち合わせてはいるが、特別に変わった能力は吸血によるエナジードレインと、それに伴う被食者の吸血鬼化、血液のコントロールぐらいか。もっとも、彼女のそれは滅多に使われることのないものであるのだが。
「ルゥの眷属なんて、ぞっとしないな。というか今でも、時々、君の下僕みたいな扱いされてるよね、僕」
「気のせい。そんな事実は存在しない」
僕の背中の上には現在、銀色の二つ結びの髪が揺れている。少女一人分の重みを背負って歩いている現状。そんな事実は存在する。絶賛おんぶ中。
「そもそも君、血を吸うの嫌いじゃなかったっけ?」
「うん、美味しくないから、嫌い。トスカ料理の方が、全然美味しい」
とんだ吸血鬼の名折れである。
「さっきパスタとかラザニア食べてたときのルゥ、口の周りが真っ赤でとても吸血鬼らしかったよね」
「吸血鬼の威厳、感じた?」
「う~ん、吸血下手な可愛い吸血鬼お嬢様って感じかな。もうちょっと綺麗に食べられるようになろうね」
「食べるの下手なのは認める。ぐぅ・・・」
ぐぅの音も出るルゥ。うちの可愛いお嬢様には是非とも華麗なテーブルマナーを身につけて貰いたいものである。
その後、宿屋につくまで僕たちが言葉を交わすことはなかった。
そう、気付けば銀色の少女は、僕の背中の上ですぴーすぴーと寝息を立てていたのだった。