6 『大鳥伝説』
「きっとそれは『大鳥伝説』のことね」
食後のブレイクタイム。サービスのコーヒーを運んできてくれたウェイターに『オオトリ』について尋ねてみた。
「このあたりには『大鳥伝説』という伝承があるの。世界を翔る大翼の赤い鳥。その鳥は不思議な力をたくさん持っていて・・・」
曰く、『オオトリ』というのは不思議な力を持った大きな赤い鳥のことを指す。世界中を翔け回る赤い鳥は、様々な土地でその力を振るい、たくさんの人に恵みを与えてきたのだという。
時に国を救い、時に国を滅ぼし、時に人を幸せにし、時に人を不幸にした。
いくつもの時代にまたがり人々の前に存在し続けた大鳥。いつまでも続くと思われたその恩恵も、人智を越えた奇跡の力も、限りない時間を経ても尽きぬ人々の欲望を前にしてはやがて限界が訪れる。いつしか大翼の鳥は、その権能を行使することで生命力を大幅に失ってしまっていたのだった。
力を使い果たした『オオトリ』は、持てる最後の力をもって、自らの生まれた地へ帰り、長い長い眠りについた。
「・・・そしてその大きな赤い鳥が眠っているというのが、このレフィアンの地というわけよ!」
大きく手を振り上げながら、ウェイターは語る。気付けば近くの椅子に座り、『大鳥伝説』について熱く語り始めた彼女の瞳は、情熱の色に爛々と燃えている。
「このあたりでいう『オオトリ』はたいていの場合『大鳥』だから、お兄さんが話してくれた、赤い女の子が言ったっていうのもそれで間違いないと思うわよ」
『オオトリ』とはそのまま『大鳥』のこと。大きな鳥。なんだか可愛い。
「大鳥を探している・・・か。なんだかそう聞くと普通に鳥好きなだけの女の子にも思えてきますね・・・」
「あながち、間違ってなかったりするかも知れないわね、鳥好きの女の子が大きな鳥の背に乗ることを夢見て探している・・・とか」
大笑いしながら嬉々としてそう言うウェイター。
「もし本当にそうだったら流石に苦笑いですけど」
その可能性はまずないだろう。僕たちの出会った赤い少女は、『そういうの』じゃない。
「ルゥは大鳥の背中、ちょっと乗ってみたい。空からレフィアンを見下ろしたらとても楽しそう」
「鳥の背中に乗ったらふわふわで気持ちよさそうよね」
「それもある。もふもふ、ふわふわ。きっと温かくて乗り心地も最高」
「なんだか良い匂いとかしそうよね」
「翼に顔を埋めたい」
大鳥の毛並み(?)について盛り上がる女性陣。伝説の大鳥の威厳はどこにいったのやら・・・。
「そういえば、ここに来る前に会った女の子は、大鳥に出会うと幸せになれるとも言っていました。それはどういうことでしょう?」
それは、『長い休息』・・・この場合死に近いニュアンスの言葉に受け取れるそれについたはずの大鳥に実際出会うことができるのか、という疑問・・・とは少し違う。
そもそも伝説上の生き物であるはずの大鳥に『出会う』ということが、そのままその意味を持つ言葉であるとは考えにくい。この街で言う『大鳥に出会う』とは、なにか特別な意味を持った言葉であると考えるのが自然だ。
だからこそ、赤い少女が意味ありげに放った『大鳥に出会うと幸せになる』という言葉がどんな意味を持つのか、ウェイターへ疑問を投げかけたのだ。
「実は『オオトリ』っていうのはね『大鳥』だけじゃなくて・・・」
「いつまで油売ってんだい!ちゃきちゃき働きな!」
ウェイターがルゥの疑問に答えようとしたその時、怒声が店内に響いた。長い間話し込んでいたウェイターに対してのもの、それはこの店の女将さんの発したものだ。
「ごめんなさい。女将さんがカンカンだわ、戻らなくっちゃ!」
申し訳なさげに手を合わせるとウェイターは急ぎ足で自分の仕事に戻っていった。
「せっかくいいところだったのに・・・」
ウェイターの入っていった厨房の方を眺め呟くルゥ。
いそいそと料理や飲み物をテーブルに運び始めたウェイターはこちらをみて再度申し訳なさそうな表情で会釈をした。
「話の途中ではあったけど、長い間話してくれたあのウェイターさんには感謝しなきゃね」
「うん、優しい人だった。動物好きに悪い人はいない。このお店、また来よ」
人の良さそうなウェイターは、間違いなく人の良いウェイターであった。
料理は絶品であったし、人の良いウェイターもいることだし、滞在中にもう一度この店を利用しても良いかもしれないと真剣にそう思う。