2 『オオトリ』を探す少女
「オオトリ?」
小高い丘の頂点から見下ろす景色。そこに一つの赤が存在していた
燃えるような赤色をした長い髪、それと同じ色を湛える瞳。適度に日に焼けた肌を牧歌的な民族衣装に包んだ一人の少女が、そこに佇んでいた。
「私は今、ある事情からオオトリを探しているんです。旅の方なら、なにか特別なことを知っているかと思って。オオトリを見ませんでしたか?」
その口調からも、立ち居振る舞いからも明朗な印象を受ける少女は、快活で明るい表情を浮かべ、まっすぐな瞳でこちらを見つめている。
再度繰り返される質問『オオトリ』についての問い。それは実在する生き物か何かなのか、それとも物語や伝説の類いであるのか。青い鳥のようなものであるのか。
旅人である僕たちにまで情報を求めるからには、おそらくそれは不確かな存在で、確証のない事柄なのだろう。
少女の真剣なまなざしにはなにか強い意志を感じ、ちょっとした興味や夢物語を追いかけるだけの道楽ではないことは伺われたが、残念ながら、少なくとも僕はその問いに対する答えを持ち合わせてはいなかった。
「ごめんなさい、僕はそのオオトリについてはなにも知りません。ルゥはどうかな、知ってる?」
「知らない」
ルゥは少し首を捻り逡巡しながらも、すぐに否定の言葉を発する。
同じ道を辿ってきたルゥにも、『オオトリ』を知る道理はなかった。
「そうですか・・・」
僕たちの返答を聞くと、期待していた答えでないことに少女は少し気落ちしたようだった。
だがその表情はすぐに明るいものへと戻り、
「すみません、突然。旅の方にはこうして、尋ねてまわっているんです。」
「力になれず、ごめんなさい。その、オオトリって一体、何なんですか」
先ほどから何度も出ている単語『オオトリ』それは果たしてどのような物なのか、少女に直接、疑問をぶつける。
「オオトリは、出会うと幸せになれるんです」
なにか理由があるのか、答えにならない答えを口に出し、少女は微笑む。
「どうも、ありがとうございました。またお会いしたとき、なにかわかったら教えてくださいね!」
続けざまにそう言うと少女は一度深く頭を下げ、足早に去って行った。僕たちが歩いてきた方角へと。長い長い街道を、赤い色が駆ける。
一瞬の邂逅。名前さえも告げないまま、一つの疑問を残し、赤い少女は遠くに消えた。
「行っちゃった・・・」
赤い少女が去った方を見つめながらルゥが呟く。
「またお会いしたとき、か」
確信的な少女の言葉。それはきっと少女がこのあたりでずっと『オオトリ』を探しているということに他ならないのだろう。いつでもいるからまた会える。
そしてその確信にはもう一つの理由。劇的な少女の赤に気を取られ気付かなかったが、僕たちの進む街道、その遠くにようやく、街が見えた。
街へとつづく道筋は一本。旅人はいずれ必ず同じ道を引き返すことになる。
それはつまり約束された再びの出会い。
赤い少女はこの街道を通る旅人に声を掛け『オオトリ』について問いかけ、断片的な情報だけを与えることにより興味を湧かせ、旅人たち自らオオトリについて調べさせようという算段なのかもしれない。
そしておそらく『オオトリ』についてはこれから行く街で知ることが出来る。きっと街の誰もが知る事柄であるのだろう。
ここまでお膳立てされれば、生来好奇心の強い旅人たちは、否が応でも『オオトリ』についての興味を捨て去ることが出来なくなる。
「オオトリってなんだろ」
ルゥの発した疑問の声。その声には確かな好奇心。好奇心の強い旅人はこんなにも近くにいた。
正直僕も、すでに溢れ出る興味を抑えられずにいる訳であるし、これは見事に赤い少女の思惑通りといったところか。能動的に人の心を動かす、なかなかに強かな少女である。
次の街でやるべきことが一つ、決まったようだった。