さくらに似た花
「スタンプラリーのポイントはこちらです」
「本日、スタート前にお配りしたバッジを植物園の入口で見せると、無料で入園できます」
スタッフの方の説明で無料と聞いたしぃちゃんの目がキラリと光る、エリートなのにそういうところ堅実でいいなと思ってる。
ただ、先はまだ長い。スタンプラリーを押してそのまま次のポイトンへ行く人もいる。植物園の中で私はともかく幸恵さんの体力を削ることになるかも……。
「タダなのね。ラッキーだわ! さあ、しぃちゃん、バンちゃん行くわよ」
「もちろんですよ! ほら、バンちゃん行こう」
余計な心配だった。二人にぐいぐい引っ張られ植物園へ。
「椿が見頃ですね。幸恵さん」
「本当ね。見事だわ」
2人ともすごく元気だね。あれだね、若いからといっても引きこもり気味で体力が衰えてるな、ジョギングか水泳でもはじめようかな。ずんずんと先へ行く二人に少し遅れながらついていく。途中、ふぅと一息ついて空を仰ぐと木に白い小鳥が止まっている……ように見えた。
「ハクモクレン……」
細い枝に白く空をに向かって咲くその花は、まるで白い鳥が止まっているようだった。今年は来てくれるかしら……。この時期いつも顔を見せてくれる面影が浮かぶ。それは嬉しくもあり、しかし同時に寂しさも連れてくる。
一人だとすぐに落ち込んでしまう。けれどそんな私をいつも掬い上げてくれるのはしぃちゃんだった。
「バ〜ンちゃ〜ん。あっちのハーブ園でハーブティーが飲めるらしいから行こう」
ほんの少し先で、ぶんぶん手を降っているしぃちゃん。ほんとに……まったく、落ち込んでいるヒマもないんだから! 悔しいけど、いま私きっと笑顔だ。
しぃちゃんに追いつくと三人でハーブ園に向かう。
「残念〜。桜はまだだね」
「そうね、まだちょっと早いかしら」
「でも、もう蕾は結構膨らんでますよ」
「あ、ホントだ。ねぇ、バンちゃん今年もお花見しようね。マスターにお花見弁当作ってもらって、あ〜、屋台もいいなぁ」
「しぃちゃんは、食べてばっかりだね」
「ふふん、食べないと大きくなれないよ」
珍しく強気にそう言うと、ぐいっと突き出されたしぃちゃんの胸にぐうの音も出ない。ぐぬぬ……。
「あ〜! 桜!」
いつものしぃちゃんの大声……よりもいまは桜だ! ひそかにしぃちゃんより先に桜を見つけるのが私の目標だというのに、毎年、毎年なぜか先を越されてしまう。
しかし、しぃちゃんの指差した先には、確かに薄ピンクの花が……あれ? ちょっと何か違う?
「あれ? 桜? すごくよく似てるけど……」
「ふふん、バンちゃん負け惜しみ……あれ? ホントだ、なんかちょっと桜より花が大きいね」
「あら、この花は……」
とても桜に似ているが、なんだかちょっと違うその花の前で三人とも首を傾げていると、横から答えが返ってきた。
「それはね、アーモンドの花なんですよ」
声のしたほうを見ると、人の良さそうな老紳士。胸元にバッジがあるので同じイベントの参加者だろうか。
「とても良く似ているでしょう。でも、桜よりも少しピンクがかって花も一回り大きいんです。桜よりほんの少し早く咲くので間違う人も多いんですよ」
「アーモンド……初めて見ました」
親切に教えてくれたその人にそう言うと、彼の十八番自慢だったのかそれは嬉しそうに笑ってくれた。
「アーモンド! ゴッホが題材にしたっていう花! これがそうなんだ、わぁ生ではじめて見た。すごい!」
おお、しぃちゃん何気に芸術方面の知識があるのね。そうかこれがゴッホの『花咲くアーモンドの木の枝』の題材になった花なのね。
しぃちゃんと二人で思わぬ「初めて」に出会いはしゃぐ。その老紳士は「村木史郎」と名乗ったあと、私たちにもう一つの十八番ネタとでも言うように花言葉の由来となった話をしてくれた。
「アーモンドの花言葉は『愚かさ』や『永久の優しさ』など色々あるけれどギリシャ神話のエピソードに由来しているんです。
ある青年が戦争の帰りに船が難破し、流れ着いた先である女性と出会い恋に落ちました。ところが、その後青年がいったん本国に帰国すると、別の美しい女性と出会って恋仲になってしまい、帰ってきませんでした。その間彼を待ち続けていた女性は病にかかって亡くなってしまい、その姿をアーモンドの木に変えました。その後青年がふと昔愛した女性を思い出し、アーモンドの木に泣きながらすがりつくと、見事な美しい花を咲かせたと言われているそうです」
村木さんの話を聞き終えると、しぃちゃんが「その青年は本当にまったくどうしようもないですね」などとひとり憤慨している。確かにそう思うけれど、人の心も時には季節同様移り変わる事だってある……どうしようもないことがこの世界にいっぱいあることをしぃちゃんも私も知っている。
それでも、しょうがないと何も言わずに諦めるよりしぃちゃんみたく怒れるほうがずっと素敵かもしれない。その時、やけに静かなのが気になって幸恵さんの方を見ると、ハンカチで口元を抑えて静かに涙をこぼしていた。
「どうしたんですか? 幸恵さん、どこか具合でも……」
「いいえ、違うのよ。大丈夫……少し昔を思い出してしまって」
「これは、すみません。私が余計な話をしてしまったせいで」
急な事に村木さんもおろおろしながら思わず謝る。
「そんな、村木さんのせいじゃ……。どうしてかしらね」
「もしかして『追想の愛』ですか?」
しぃちゃんはもう黙ってて〜しぃ! そう思って彼女の唇に人差し指を立てたけど、何を思ったか私の指をぱくり、チュパっと吸い付く。だめだこりゃ……。
そんな、しぃちゃんの行動に不意をつかれたのか幸恵さんが思わず吹き出した。ホッ、良かった。何が役に立つかわからない。
「ふふ、急にごめんなさいね。ハルジオンにアーモンド……、しぃちゃんの言うとおり過去を思い出してしまって」
「幸恵さん……」
「バンちゃん、心配そうな顔しなくても大丈夫よ。ねえ、良かったら聞いてくれないかしら、誰にも言わずにずっと胸の奥にしまいこんでいた或る追想の愛の話を」
「でも……」
「おかしいわね、今日出会ったばかりなのに何だかあなた達に聞いて欲しい気持ちなの、不思議だわ」
私はしぃちゃんと村木さんを順番に見ると二人とも頷いてくれたので、近くにあるハーブ園のテラスカフェに移動した。
注文したハーブティーを飲み、少し落ち着いたところで幸恵さんが話し始めてくれた。