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哀しみにさよならを  作者: ばんこ。
第1部
4/9

道端にゆれる春

万里視点にもどります。




「あら、あら。まぁ仲が良いのね〜」


 それは、しぃちゃんと手を繋いで歩き始めたばかりの時だった。後から穏やかな声で話し掛けられて振り返ると、品のある老婦人がひとり。


「こんにちは」

「こんにちは。こんなお婆ちゃんが急にごめんなさいね」

「こんにちは。仲良しは本当だから大丈夫です。ね、バンちゃん」

「ええ、まあ」


 お互いあいさつを交わす。初対面の人に対して、いつもしぃちゃんはここぞとばかりに仲良しアピール、すでに腕も組まれている。彼女曰く最初にガツンと見せつけることによって「牽制」しているつもりらしい。それを見て老婦人はさらに目尻を下げニコニコと微笑む。

 しぃちゃんは愛情深い女の子なだけで無害です。でもなんか、ごめんなさい。


「あなた達を見ていたらなんだか女学生の頃を思い出してね、懐かしくなっちゃって。あら、また名前も名乗らず先におしゃべり……ごめんなさいね。緑川(みどりかわ)幸恵(ゆきえ)と言います」


 幸恵さんが名乗ると、隣のしぃちゃんがすかさず名乗り返す。こういう物怖じしないところは見習いたい。


「私、佐々木志乃ぶです。こっちは友達の……」

悠木(ゆうき)万里(まり)です」


 万里(ばんり)と紹介される前に正しく名乗る。しかし、そのすぐあとしぃちゃんがあだ名の由来をかいつまんで説明するから、幸恵さんも「じゃあ、遠慮なく「しぃちゃん」と「バンちゃん」て呼ばせてもらおうかしら」となった。


「幸恵さんは、おひとりですか?」

「ええ、お友達と約束してたのだけど、急にお孫さんの面倒を見なくちゃいけなくなったらしくて……」

「それは、残念で……」

「じゃあ、私たちと一緒に歩きましょう!」


 以心伝心だね、しぃちゃん。私の言葉に被さってきたけどいま同じことを言おうとしたんだよ。というか、しぃちゃんは返事も聞かず幸恵さんの手をとり「両手に花」とばかりにグフグフしている。

 度々すみません馴れ馴れしくて。悪い子じゃないんですよと言おうとしたけど、幸恵さんも「あらあらまぁ」ウフフと嬉しそうなので、まぁいっか。

 

「二人は学生さんかしら?」


 三人並んで仲よく手をつなぎながらスタンプラリーポイントでもある植物園に向かう途中、幸恵さんとおしゃべり。


「いいえ、私こう見えて国家公務員のエリートなんです」

「えっ……若いのに、しぃちゃんは偉いのね〜」


 えへんと胸をはるしぃちゃんに幸恵さんも本気で驚いている。わかります。私もいまだに年中「エイプリルフールネタ」じゃないかって疑う時がありますから。


「じゃあ、もしかしてバンちゃんも?」

「あ、バンちゃんは……」


 ちょ、待てよ! 思わず使ってしまった……。

 だって、しぃちゃんがさっきから私の台詞取るんだもん。そんな私の心のツッコミに気づくこともなく、しぃちゃんが私の仕事をレクチャーしている。正直、説明力はどんぐりの背比べだ。


「これはまた懐かしいわ。バンちゃんあなた『四季の守人』なのね」

「幸恵さんこそ、よくその言葉をご存知で」


 私の職業を聞いた幸恵さんはそう言った。

 昔はこの仕事をしている人を『四季の守人』と呼んでいたという。なんと風流な。ただ、実際は収穫している側なので守人とはちょっと違うのだけれど、季節感を重んじるところからそう呼ばれていたとかなんとか。


「昔は私の周りにも何人かはいたのだけれど、最近はすっかりお目にかかる機会がなくなったわね」

「確かに、年々減少しているそうです」

「そう……。これも時代の流れかしらね。じゃあ、今日のハイキングはお仕事も兼ねて?」

「はい。そろそろ春の気配もしてきたので」

「まあそうなのね。何かお目当てはあるのかしら?」

「そうですね、今だと……あ、もう咲いてる」


 私が指差した先を幸恵さんとしぃちゃんが同時に見る。たぶん、みんなも道端で見たことあると思う。中心が黄色で菊に似た、淡桃乳白色の花びら。


春紫菀(ハルジオン)

「聞いたことある。あれがハルジオンか〜」

「私も名前は聞いたことあるし、この花もよく見ていたのに。これがそうだとは知らなかったわ」


 ここに「へえボタン」があったら二人は連打しているに違いない。あ、古い……。でも、わかるよその気持ち私も最初は二人と同じ事思ったから。ちなみにさっきタブレットで検索した花言葉を二人に披露する。


「花言葉って、だいたいひとつの花に対していくつかあるけどハルジオンには一つしかないんです」


 知ってる? とほんの少しもったいぶったあと首を傾げる二人(あれ、ちょっと幸恵さんが可愛らしい)に教える。


「ハルジオンの花言葉は『追想の愛』です」


 その瞬間、幸恵さんの瞳が哀しげに揺れたような気がした。ただ、しぃちゃんがその言葉の響きに無駄に(もだ)えたのですぐにそっちの方に気を取られた。


「ひたすら追いかける愛かぁ。体力には自信あるから私に向いてそうだね。バンちゃん」

「……。しぃちゃん、それじゃ「追走」だよ」


 あと、「追跡の愛」にもならないでね。それもうストーカー行為になっちゃうから、ほんと気をつけてね……ね!


「『追想の愛』って言うのは……」

「過去の愛を思い返してしのぶこと。だったかしら」


 や〜ん、今度は幸恵さんに「ちょ、待てよ」。と心の中でふざけてみたものの憂いを帯びた表情の幸恵さんが少し気になった。

 ふと「ちょっぴりアンニュイだね幸恵(ゆきえ)ちゃん」というフレーズが頭に浮かんだ。これは、ひどい。本当にひどい。ごめんなさい。


「あら、先に言っちゃってごめんなさい。違ったかしら?」

「いいえ、その通りです」

「あぁ〜! さては、いま幸恵さん過去を思い出しちゃったでしょ?」


 しぃ〜ちゃん! デリカシー大事!


「あら? わかる? うふふ、この年になれば……過去の愛のひとつやふたつあるものよ」


 幸恵さぁん! 超絶大人の対応ありがとうございます。

 それからしばらくしぃちゃんは幸恵さんの『追想の愛』について興味津々の様子だったが、鉄壁の「うふふ」魔法に翻弄されっぱなしだった。


「ひとつくらい聞きたいです。後学のためにも!」

「うふふ、そうね〜、どれにしようかしら」

「ちょっとだけでも〜」

「うふふ、そうね〜、タイトルをつけるとしたら『或るハルジオンのうた』かしら」




うふふ、あはは、うふふ。

恋バナっていくつになっても楽しいですよね。




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