「しぃちゃん」は国家権力を持つ女?
志乃ぶ視点です。
ピ、ン、ポ〜ン♪ ピ〜ン〜ポ〜ン♪
(バンちゃ〜ん) (お〜は〜よ〜)
「……」
返事がないので、インターホンカメラを覗き込んでみたけどもちろん中の様子がわかる訳もなく、仕方ないな〜といそいそと伝家の宝刀を抜く。
合鍵を使って侵入成功。あ、チェーン掛けてないな? オートロック付きマンションとはいえ不用心だぞ! 後でお仕置きだな、グフフ……。と考えながら勝手知ったるバンちゃんの部屋を捜索。
早起きしてお仕事の準備を済ませたものの、迎えが来るまでちょっと時間があるから窓辺の揺り椅子に座ってほんの少しのんびりしていたらそのまま2度寝しちゃった。ふぅ〜、バンちゃんの可愛い行動の推察ちょっと長かったかな。
このまま一緒に寝たいけど今日はお仕事、お仕事! と言い聞かせてバンちゃんを起こす。
「バンちゃん、おはよう。朝だよ〜、お仕事行くよ〜」
「うぅ〜ん。しぃちゃん……? おふぁよ〜」
あくび混じりのあいさつ、あ〜可愛い! もうお仕事なんてどうでも良い! バンちゃんに抱きついて至る所にぐりぐり。お気に入りは念入りにマーキング! これ基本。
「しぃちゃん、服がワシャワシャになっちゃう……」
バンちゃんの言葉にハッとして、シワがつく前に手早く服を整える。ちょっと暴走しちゃった、てへ! そろそろ時間も迫って来たので、バンちゃんにリュックを背負わせ、腰には収穫の際に使用する小瓶を数本収納できるポシェット。中は割れないようにフカフカの仕切りがある特注品(マスターお手製)だ。
荷物くらい私が持つと言ったが断られた。こういうのも自分でやらないと収穫に影響するらしい。思ったよりずっと繊細なお仕事なんだと改めて思う。
あ、今日は私「佐々木志乃ぶ(ささき・しのぶ)」がレポートします。バンちゃんはすぐ「ぐわ〜」で説明を済ませちゃうから。そこも可愛いんだけど。……とにかく、目的地までの道中簡単に話すね。
まず、私のお仕事は「可愛いバンちゃんの観察」。……嘘じゃない、本当だから。いま世界で魔法を操れる人の数が年々減少してて、時代の流れもあるから仕方ないのかもしれないけど後継者不足が深刻な問題になってるの。で、いまだ抜本的な解決方法はないもののとりあえず国はそういう希少な人物を監視する機関を作って、私はそこの職員。ふっ、こうみえて国家権力を持つエリートなのです! あ、ちょっと待って。
「バンちゃん、朝ゴハン食べた?」
「まだ、でも今日お天気いいから光合成だけで……」
「だ〜め! すぐ光合成で手軽に済ませちゃうんだから。ほら、マスターが持ち歩けるように作ってくれたサンドイッチがあるから」
ごめんね、バンちゃんの朝ゴハンが気になって。ちなみにバンちゃんがお仕事の日はマスターがお弁当を作ってくれる。
え〜と、続き。マスターの様に魔法を操る人はまだ一定数いるから監視なんてつかないけど、バンちゃん魔法は使えないけど「特異体質」でちょっと希少な存在なの。とにかくエリートの私は「バンちゃん」担当て事。
どう、バンちゃんより分かりやすかったでしょ?
あ、大事な事言い忘れてた! バンちゃんとは仕事上の「友達」じゃないから。担当になる前にプライベートですでに知り合って本当の「友達」になってたの! ちゃんと言っておかないとビジネスフレンドと思われてたら心外だから。
「はい、お茶。水分も補給しておかないとね」
「ありがとう。しぃちゃんは? 朝ゴハン」
「ちゃんと食べてきたよ。今朝はね〜目玉焼きに〜、卵焼きに〜、卵かけご飯に〜」
「……うっぷ。だからしぃちゃんは元気なんだね」
やった! バンちゃんに褒められた。
「嗚呼〜、良い天気! 絶好の散歩日和だねバンちゃん」
「うん。久しぶりのお仕事だけど、ちょっとワクワクする」
今日は、電車の沿線にある広大な敷地を誇る緑地ハイキングイベントに参加する。開放感たっぷりの緑豊かな公園や植物園なんかをまわるコースだ。遊びに来た訳じゃないよ、これもれっきとしたお仕事の一環。
バンちゃんのお仕事の内容は知ってるよね。ただたんに「息吹」を収穫してもダメなんだって、こうやって自然を体感して色々な人達と触れ合うことによって「季節の調味料」としての深みとか複雑な味わいが生まれるとかなんとか。
とにかく収穫には「お散歩」が欠かせないのだ。イベントの受付を済ませ参加者バッジをリュックに付ける。これを見せれば今日一日いろんな割引が受けられるクーポンみたいなものだ。
スタート時間まで待機しつつ、ぐるっと見渡してみたが意外とご年配の方が多い。
「なんだか若いグループとかファミリーが少ないね」
「今日のコースは子どもが歩くにはちょっと距離があるからじゃない? それに長時間歩くだけなんて子どもは退屈だろうし」
なるほど。お散歩に関してはエキスパートのバンちゃんならではという見事な推察。
「それに最近、「四季」が流行りでイベントが増えているって言っても、若い人達にはVRの方が、臨場感にプラスしてドラマティックな演出が手軽に体験出来るから人気だね」
「そうだね〜、ブームなのになかなか自然保護が進まないのは、そのせいかもしれないね」
「……うん」
うおっ、マズい。バンちゃんのテンションがちょっぴり落ちちゃった。
「バンちゃん! スタートする前に〔お花摘み〕に行こう」
「あ、うん。そうだね」
ふう、何とか気を反らせる事が出来た。〔お花摘み〕から戻ると、スタート前の注意事項と本日の概要がスピーカーを通じて説明される。
「バンちゃん、今日スタンプラリーもあるよ。ステキな景品も用意してるって」
「ほんとだ。楽しみだね、しぃちゃん」
こんなふうにしてバンちゃんのお仕事は始まる。今日はどんな自然に、どんな人に出会えるのだろう。
スタートの合図が聞こえるとバンちゃんと手を繋ぐ。バンちゃんは私のすることにあまり拒否反応を示さないよっぽどの事じゃない限り何でも受け入れてくれる、器が大きいね。
だから恋人繋ぎをしたって大丈夫なのだ。逆に私の指が冷たいと分かるとこうやっていつもよりキュッと握ってくれる。
さあ、今日も歩こう! バンちゃんと一緒に。
「あら、あら。まぁ仲が良いのね〜」
バンちゃんの優しさにニマニマしてると後から穏やかな口調で声を掛けられた。
やっと歩き始めた二人。
どんな人と出会い、どんな体験をするのか「一期一会」。