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哀しみにさよならを  作者: ばんこ。
第1部
1/9

苔(ッ、コッコ〜!)



 ピピピッ、ピピピッ、ピピピピピピンポ〜ン♪


 どれくらいそうしていたのか。

 ベッドの上に倒れ込んで以来ピクリとも動けなかった。今回は自分でも苔が生えてもおかしくないと思える程の落ち込みっぷりだ。きっと、インターホンが鳴らなければあと一週間は平気でこのままだったと思う。


 いや、ただ2〜3回鳴らして諦めるくらいだったら反応しなかった。時には激しく、時にはリズミカルに豊富なバリエーションを披露する人物に心当たりがあるのと、このままでは隣近所からの苦情が来てしまう恐れを感じて、重苦しい気分をぶら下げたままドアを開ける。


「バンちゃん! 良かった生きてたぁ!」


 眩しい光が差し込むと同時に強烈なタックルをくらい残りのHPが尽きそうになる。そんな私をよそに、無事を確かめるように全身をまさぐるのは数少ない友達の一人「志乃ぶ」こと「しぃちゃん」だ。ちなみに私は万里(まり)であって、万里(ばんり)ではないんだけど。もう「ばんり」として定着している。


 おい、こら。しぃちゃん……。心配するふりしてなかなか際どいところまで触ってるよ。ごまかしたってバレてるんだから、だってさっきからグフグフ笑ってるの聞こえてます。


「あ〜! バンちゃん、これって……」


 突然、耳元で大きな声をだすから耳がキーンとするじゃない。何かと思って見てみれば、しぃちゃんの手に緑の絨毯(じゅうたん)らしきものが。

 あぁ、本当に苔が生えてたのね。


「何が原因か知らないけど、この立派な苔を見る限り相当じめじめ……落ち込んでたんだね」


 本当の事なので、しぃちゃんの言葉に素直に頷く。ただ、苔は生えてもカビを生やしたことは一度もない。自慢にもならない事を心の中で得意気に(つぶや)く。


「でも、このまま苔球みたくバンちゃんを鑑賞するのも悪くないなぁ」


 にやりとする我が友に、全身に苔を(まと)った私がミロのヴィーナスのポージングでじっくりと視姦される光景を想像してぞっとする。

 良かった。おかげでこの状態でいることの危険性を認識できた。


「しぃちゃん、一緒にお風呂入って苔とって欲し……」

「よし来た! 喜んで!」


 私の言葉に食い気味で返事をすると、ひょいと抱え上げられてお風呂場に連れ込まれる。わ〜お! 同じ女子とは思えないほどの力持ち。あれよあれよという間に素っ裸にされ浴室の椅子に座らされると、グフフと怪しい笑いとは裏腹に丁寧に肌を傷つけないように優しく生えた苔を取ってくれる。ただ、それを大事そうに集めているのはもしかして。


「ねえ、しぃちゃん。ちなみにその苔どうするの?」


 一応、礼儀として聞いてみる。すると、彼女も礼儀として答えてくれた。


「もちろん苔球にして、バンちゃんの変わりに()でるの」


 ……そう。まあ有効活用して貰えるなら苔も本望だろう。

 綺麗にとってもらった後、一人でも大丈夫だからと断るも、まぁまぁ病み上がりなんだからと強引に全身くまなく洗われる。女の子同士とは言え少し度が過ぎてない? いや、友達少ないからどれくらいまでが「普通」なのかわかんないけど。


「この磨けば磨くほど白く、吸い付くようにもちもちとした肌。髪は短いながらも艶やかな濡羽色(ぬればいろ)。その瞳は湖の底のような冷たい碧眼で、ぷるんとした唇は柘榴の……」


 あの……もう大人しく洗われるので口には出さないで欲しいな。

 お風呂から上がった後も、タオルで拭かれパンツも履かせてもらい髪も乾かしてくれ、ホコホコの私をクンクンと匂いギュウギュウと締め付けていたが、お腹から別の「ギュウギュウ」が鳴ると、名残惜しそうに離れご飯を作ってくれる。


 愛が重めだけど、いいお嫁さんになりそうだよね。そう口に出せばまたタックルをくらいそうなので、心の中で感謝の言葉も添えて贈る。

 キッチンから珍しく良い匂いが漂い思わずスンスンと鼻を動かす。作って貰っておきながら失礼な物言いだけど、しぃちゃんの料理を例えると豪快な漁師めしのはず、が今日はいつもと違う。


「マスターからの差し入れ。今温めてるから、ちょっと待っててね」


 しぃちゃんの言葉になるほど納得。

 ほどなくして、白いカップに注がれた鮮やかな橙色のスープが運ばれてくる。苔が生えるほど落ち込んでいた時は食べるという事すら思いつかなかったが、そのスープの前にあの時の沈んだ心はどこへやら。


 弱った胃をびっくりさせないように、ほんの少し掬って口に運ぶ。ふんわりとろりとした優しい甘味が口の中に広がった。同時に無邪気で懐かしい気持ちがふっと(よぎ)る。その「人参のポタージュ」をせっせと掬っては口に運びながらタブレットで検索する。


 マスター、行儀が悪くてごめんなさい。心の中で謝りながらそのページを開く。人参の花言葉は「幼い夢」。先ほどの気持ちの正体を知り、なるほどと思いながらまた一口。相変わらずマスターの料理は美味しくて五感はもちろん、第六感まで刺激される。

 さすが「魔法調理師免許」を持つマスター。


 ……。説明する? ホントは流れに乗って紹介したいんだけど、てかたぶん「ぐわ〜」とか「おりゃ〜」ぐらいの説明力しかないから期待しないでね。


 難しいので簡単に言うと、「魔法調理師免許」は季節魔法を使用する料理人が持つ、まぁ調理師免許みたいなもの。食べると味だけでなく、第六感というか、え〜と心で感じる? 心に響く? みたいな時があるでしょ? だからその免許を持ってるという事は、その季節を体感したり、今みたいに「花言葉」に由来する気分を感じたり、収穫した際に触れた感情だったりを、より味わえる料理を作る事が出来るってこと。


 ついでに、私はその心を響かせたり、感情を伝える元となる調味料? スパイス? となる素材を収穫する仕事をしている。よく食材と間違われるけど、それはちゃんと農家さんが丹精込めて作ってる。

 う〜ん、なんかさ野菜や果物はもちろん草花や樹木の「息吹(いぶき)」とか、その時に一緒にふとした瞬間に現れる人間の感情みたなものをね、こう〜サラッとヒョイッと小瓶とかに収穫するとパウダー状のものになるの。


 うん……! あれ、あの〜、最初に期待しないでね。って言ったから大丈夫。私にしては超絶がんばった方!


 あと、うすうす気づいてると思うけど、食レポも期待しないでね!


 え〜と、とにかくひっくるめて、それこそ心で感じて!





あ、やめて石なげないで!

あんまり苛めると、また引きこもって苔生やすからね!




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