我儘
……以前から決めていた事です。
第252話 我儘
リムクラインは笑っていた。
「リム!!」
とっさにリムに向かって走っていく。
そこが危険だとか、司祭が近くに居るなんて考えなかった。
「今怪我を……」
治そうと知るが、リムは首を振る。
「大丈夫です……」
どこが大丈夫なのか。
普通に受け答えしているが、見た目のわりに重症だ。
「真緒様……私は我儘なんですよ」
笑う。
場違いなのに。
「私は貴方様は貴方様らしくしている姿を見ているのが好きなんですよ」
好きって……。
恥ずかしい事を言ってくれる。
この赤面した顔をどうしてくれる。
じゃ、なくて……!!
「リムっ!!」
「だから、私は我が君をこの世界で留めて人として死なれるのを見たくない」
寿命の違い。それを歪めるつもりはなく。
「我が君は我が君らしく生きてもらいたい」
この世界に留まって死を見送り。我が君が……我が君でなくなる姿は認めない。
リムの声が聞こえた気がした。
真っ直ぐなこちらを想う心の声。
「リムクライン……」
「この世界で死なれては、我が君は強制的に高位の者になるでしょう。……なら、元の世界に戻られた方がいい。ですが、私は付いて行けません」
だから、
「我がままなんですよ……。私は」
その言葉が最後だった。
リムクラインは笑ったと思った瞬間。
リムクラインの身体から金色の光が流れ出て、包むように中に入ってきた。
それが終わると………。
その身体は一匹の山羊の姿に変貌して、完全に動かなくなった。
「リムクライン……!」
アカネが同僚の名を呼ぶ。
「えっと……。これって…?」
勇者が信じられないと呟く。
「――かつては一介の山羊だった。それが幾つかの偶然と欲望で魔人として進化したんだろうね」
「じゃな。そして、魔族としてではなくただの山羊として死んだ……」
冥王。精霊王の声が遠くで聞こえる。
「魂を逃がしたか…」
舌打ちする声。
「まあ、全部逃がしたわけではないし、我が君に群がっていた虫の退治も出来たから丁度いいと思うべきか」
触れる手。
「我が君。いえ、真緒様。邪魔者は居なくなりましたよ」
馴れ馴れしく触れる手。
「さあ、その汚い山羊を話して。――穢れますよ」
汚い物を見るような眼差し。
「……れ」
「はい?」
その手を払い除ける。
「真緒様?」
何時までもそこで座っていたら痛いでしょう。さあ、ワタシの上にお乗りください。
無理やり動かそうとする動き。
――勇者を上回る空気の読めなさ。
「黙れ!!」
叫ぶと同時に司祭を吹っ飛ばす。
「新庄さん……」
呆然と呼ぶ声。
一介の女子高生では出来ないはずの事。
それをやってのける。
それは――。
「リムクラインを馬鹿にするな!!」
黒い髪。黒い目だった。
どこにでもいるような普通の女子高生だった。
だが、叫ぶ声に合わせるように姿が変貌する。
白銀の髪。
紫の瞳。
頭には狼の耳をはやし、狼の尾をはやす。
魔人。
「新庄さん……」
「ありゅじ…魔力が……」
信じられないと声がする。
「リムクライン」
だけど、私は分かった。
この奇跡の立役者を――。
「そなたの忠義を感謝する」
告げると生のままかつて魔人だった山羊を喰らう。
誰もが絶句するが、その行動を止められない。
そう――泣きながら喰らう姿がそこにあったから。
かつて狼だった頃の獣の王は親友の馬が亡くなった時その死を悼んでその肉体を喰らいました。
獣の王は大切な生贄を喰らうのを迷い止めました。
肉体は埋葬しても魂は己の過ちで同化させてしまったから。魂をすでに喰らっていたから。
現代。
かつて獣の王だった少女は、信頼している部下の肉体を喰らいました。
――それがその魂の中で一番の供養でした。




